第壱話 綺麗ている
殺してやろうと想った。
まるでこの世は綺麗れているから。
彼女、を。
これは、追憶。
◆*◆◆*◆
黒く細い幹に、幾重にも分かれた枝。
それはリンゴの木で。
そのリンゴは 甘い甘い 蜜が
神をも魅了したと言ふ、極上の甘美。
そのリンゴの木は、神の夢の中に生える。
そして何故その極上のリンゴが実る木の葉が、
緋いのかを、
人間は誰も
知らない。
◆*◆◆*◆
引きずる自分の身体が重い。足も、腕も、まぶたも。めまいがする。
死ぬほど痛い、とは、こういうことを言うのか。
咳が出て、口から血が顎に伝った。
その雫の先がどこに行くのかなんて考える時間はない。
まさか妻が裏切るとは思わなかった。
『母』のすすめで政略結婚したことが、向こう側の作戦だったのかもしれない。
それなりに可愛がったつもりだったのに。
こちらの被害を見て、手を貸す者は少数だった・・・
元々、手を組んでいた群・・・
父の奴隷から妃になった女が、俺を産んだ。
そうきっと、最初から誰も『母』ではなかったのかもしれない。
寒い。鼻腔は熱い。
目の前は黒くなったり、赤くなったりしている。
自分の荒れた吐息が、耳をうがつようにうるさい。
飛ぶ力も絶えてきて、羽根をしまったばかりだ。
壁伝いに歩いていたが、足元がよろめいて、壁にぶつかる。
この場所に詳しくない。
建物の間にある、路地・・・
ああ、道が繋がっている。
まるで希望の道じゃないか?
低い階段を通って角を曲がったら、どうせ民家で行き止まりだ。
笑いそうになった。
「・・・どうしたの?」
気配が読めなくなっている程、弱ってる?
ははは。
「・・・血っ?待って、待ってね、なに?危ないの?なに?お姉ちゃん。クレアーっ」