あるギルドメンバーの遺書(裏)
本作は、少し前に日間ランキング2位・月間9位をいただきました「あるギルドメンバーの遺書」という短編の後日譚になります。
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ですが単体でも楽しめるようになっている作品ですので、お気軽にお楽しみください。
拝啓、善良なる世界中の人々へ。
これを読んでいるということは、既に世界の終わりは始まっていて、そしてもう止められないところまで来ているということだろう。
俺が仕掛けた遺書の罠。最期の最後に仕掛けた世界の終焉をもたらす魔術。
それは恐らく発動して、あいつらは……まあつまり俺を虐待していたエルザ達は、世界と自分達を救う術を自ら捨ててしまったわけだ。
終焉魔術は魔術を無効化する「解呪魔石」でないと止められない。けれどエルザ達は自分の保身のために、魔石を呑んだ俺の死体を魔石と一緒に捨ててしまった。
隠蔽したことでエルザ達は世界中に責められて、きっとひどい目に遭い続ける。つまり俺の復讐は成った訳だが――良識ある世界の人々にとっては冗談にもならないだろう。何一つ悪くない、一方的な終焉なんだからな。
ではこれを読んでいる君に問おう。
俺が憎いか?
殺してやりたいか?(もう死んでるけどね)
何故こんなことをしたと問い詰めたいか?
俺が代わりに答えてやろう。
正解は……「お前なんか知らない」だ。
そうだよな。
世界は今、悲惨なことになっているはずだ。
終焉魔術は魔石でしか止めることが出来ない。その魔石が永久消滅した今、世界の終わりを止める方法などない。すべてを巻き込んで世界は滅びに向かっていく。
大人も子供もみんな、土煙と灰に変わって死に絶える。世界にはただ死骸と、降り積もった灰だけが残りあとは何も残らない。
動物や草木を除いた全ての生き物……人間やエルフは死に絶えて死の世界になる。終焉魔術を発動して一年もかからず人間は死に絶えるんだ。地獄の方がマシだと思える世界になるだろう。
……でもそんな世界、本当は俺だって望んでなんかない。
ちゃんと大切な人だっていたんだ。
世界を終わらせるなんて、そんな恐ろしいこと、俺にできるわけないじゃないか。
この手紙は、俺が遺した遺書の「裏側」だ。
世界でたった一人だけに向けて書いた、本当の遺書。
俺はこの遺書を、「表側」よりずっと見つけ難いところに隠しておいた。
どんな強大な魔導師でも見つけることはできない、世界で一人しか見つけられない場所にだ。ーーそう、今これを読んでいる君だけにな。
俺は君に託したペンダントの中にこの手紙を隠していた。終焉魔術が発動した数ヶ月後に、まったく別回路の魔術で、この手紙は君の前にだけ現れる。
これは本当は君だけに書き残した遺書だ。読むも読まないも君の自由。
内容を胸に秘めても、誰かに言いふらしてもらっても構わない。
まあ俺はもう、死んでるしね。
とりあえずまず君は、「どうして自分が」と思うだろう。何故世界が終わっていく中、自分だけにこんなものを遺したんだと。
理由は単純だ。少しバカみたいと思うくらいに―ー君はいつもどんな相手にでも優しかったから。それだけだ。
虐げられて心が弱っていた俺を救ってくれたのはいつも君だった。
多分君は、意図してそうしたわけじゃないのだろう。
君にとっては当然のことをしたまでなんだろう。きっと誰が相手でも同じように優しいんだろうね。
ただ、ギルドの連中に虐待を受け、散々殴られたり罵倒された後の俺にとっては、君の優しさは暖かく染みた。何も食べられなかった日に、手作りの夕食を置いていてくれたこと。
あいつらに殺されかけて傷だらけになって、モンスターにやられたと苦しい嘘をついた時、何も言わず俺の手当てをしてくれたこととか。
それで自分も酷い目に遭ったのに、君は俺にずっと優しくしてくれた。
他人のことを真に考えられる、優しいひとだった。
そんな君が俺の自己満足で死ぬのは忍びない。だから俺は、君にだけは救いの道を用意しようとしていたんだ。
他の誰が滅びても君だけは死なない。あと君の家族もかな? とにかく、君の人生を俺の復讐に巻き込むのは申し訳ないと思ったのさ。
だけど君はかつて言ったことがあるね。「もしみんなが幸せになれるなら、私一人が不幸になっても構わない」と。
俺はそれを思い出した。
自分以外のすべてが滅ぶような、そんな世界を君はきっと受け入れない。
もはや世界のことなんてどうでもいいけれど、君が受け入れない世界を遺して逝くのは本意じゃない。
だから君に、最後の希望を――世界にとっての希望を託すことにする。
終焉魔術の解呪魔石はなくなった。魔術を止める方法はない。
でも、人類が生き残る方法はあるんだ。終焉の対象から外れる……つまり、死ぬことを回避する方法が。
魔術自体は発動するけど、その魔術が効かなくなる方法、といった方がいいかな?
病気と薬みたいな関係だよ。要するに。
終焉魔術の理論を構築したのは魔導師のエルザだが、あいつは終焉魔術が何を代償にして発動しているかはわかっていなかった。
すべての魔術は代償が必要だからな。世界を終わらせるほどとなれば相当なものが必要だ。もちろん、俺一人の魔力なんかで補えるわけがない。
世界を終わらせる魔術の代償は、すべての人間やエルフが持っている魔力そのものだ。
世界は緩やかに滅んでいるけれど、動物や草木には及んでいないはずだ。それは何故だかわかるか?
この魔術はもともと動物や草木には効かない魔術だからだ。
動物や草木は魔力を持っていない。人間やエルフなら誰もが持っていて、そして終焉魔術の媒介になってしまう魔力をね。逆に言えば、魔力を失えば終焉魔術の対象からは外れるというわけだ。
そして俺はその「魔力を喪失させる魔術」を作っておいた。
長いから、喪失魔術とでも呼ぼうか。この魔術をかければ、終焉は回避できるということになる。
一応、君と君の家族にはあらかじめ喪失魔術をかけてある。冒険者じゃない普通の人間なら、魔力がなくなってもあまり支障はないだろう。
だから世界中が滅んでも、君達は魔術によってなら死ぬことはない。あと何人か、世話になった人にも同じ魔術をかけたかな。まあそれは後で確認するといいよ。
本題に戻ろうか。
今言った喪失魔術――それを別の人々に広げる方法が存在すると言ったらどうする?
善良な世界中の人間に、だ。
……まあ、正確にはギルドの連中以外、だけどな。あいつらは許さない。
君は反対するかもしれないが――たとえその方法を君が実践したとしても、あいつらは世界を終わらせかけたんだから、まあ誰にも赦されることはないだろうけどね。
やり方は簡単だ。
この手紙を破り捨てればいい。今すぐにだってできる。
ただしそれは君にしかできないし、君は「あるもの」を犠牲にしなくてはならない。
本来なら莫大な魔力と魔術理論が必要なものだから、ただの人間である君が使うなら代償が必要というわけだ。
でも君にとってはまあ、あってもなくても大して変わらないものだし、問題ないとは思うよ。
もちろん、このまま全部終わらせたっていいと思うけどね。そこは君に任せる。
君の心赴くままに従って欲しい。
何があっても、悪いのはエルザ達と俺だ。
君が犠牲にするものはなんということはない。「俺に関しての全ての記憶」だ。
この手紙を君が破り捨てた瞬間、喪失魔術は発動し、同時に君は俺に関するすべての記憶を喪う。
君に残るものは大切なひとたちと、平和な世界。そしてその世界を救ったという栄誉。
まあ、悪くはないはずだ。
君が世界をどうするのか。俺はそれを確認できない。出来ないけれど、俺は信じている。
君の優しさと残酷さを。
こんなくだらない遺書を、一顧だにせず破り捨ててくれることを。
俺なんかのことは全て忘れて、幸せになってくれていることをね。
それじゃあな、リナリー。
元気で。
ーーーーーーーーー
手紙の裏側なんて誰も見てないよな?
もうそろそろ時間だ。いかなくちゃならない。
けれどその前にこれだけは書き残したい。
リナリー、君を愛していた。好きなんじゃなくて愛していた。
俺がいなくても幸せになってくれればそれでいい。そのために俺の記憶は邪魔なだけだ。
だからこの裏側はどうか見ないでほしい。見ていないと信じている。
この想いが、誰にも気付かれていなければ良いけれどーー
お読みいただきありがとうございます。
面白かったと思っていただけたら、画面下部の☆☆☆☆☆を星で評価いただけると作者がとても喜びます。
また、ブクマしても良いぞ、という方がいらっしゃいましたら是非いただけると幸いです。
これからも作品づくり頑張ってまいります。
よろしくお願い致します。
※日間ランキングに載せていただきました。ありがとうございます!
※リナリーがどう思ってるのかを書いてる一人称短編を投稿しました。
https://ncode.syosetu.com/n0493hs/
是非どうぞ♪