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9 王国聖騎士団

 ウィズとフィリアはサラマンダーの馬車のところへ戻るため、獣道を歩いていた。


 二人で並んで歩く中で、ウィズは気絶したソニアをだき抱えている。彼女の様子からして、まだ目は覚めそうにない。


 そんな中、フィリアは事の顛末を語りだした。


「……二週間前、王国から指令が届いたの」


 フィリアが言う王国というのは、この土地を収めている『セリドア王国』のことであろう。


「今まで『セリドア王国』を他国の魔の手から救ってきた『剣聖御三家』……それを()()()()()()()、という旨の書状がね」


「……一つに?」


「そう……『剣聖御三家』を一つの組織に組み直し、より強力な布陣を形成する――『セリドア聖騎士団』の発足を切り出したの」


 ウィズは目を細めた。


 確かに、今の『セリドア王国』の軍事力は大きく分けて四つに分かれており、それらの間の連携は取れていないに等しい。


 『セリドア王国』に代々引き継がれゆく王国騎士と、『アーク家』『クロス家』『ブレイブ家』といった『剣聖御三家』の、計四勢力に別れている。


 王国騎士においては国家の礎と直に繋がっているため、基本は国政に忠実であった。


 しかしながら、剣聖御三家は少し違う。


 もとは侯爵家であり、いわば国とは異なる意志と権力を持った勢力だ。基本は国に忠実とはいえ、王国が完全に操ることはできない。


 そこで王国は、意のままに動かすのが難しい『剣聖御三家』を何とかして懐に取り入れたいと、こんな思い切った政策を打ち出したのだろう。


「なるほど……王国は王国騎士団とはまた別の、『剣聖御三家』を一つにまとめた、国営の兵士団を作ろうとしているわけですね」


「うん、たぶんそういうことだと思う。まあその事自体には別に不評はないんだけどね。それぞれの家系は尊重されるままだし、今まで以上に国から支援が受けられる。文面ではそういうことになっていたし、使者には確かに確認を取った。国とこちらとでメリットばかりの画策だった」


 ウィズの言葉にフィリアはうなずいて、その国策に対する所存を述べた。


 フィリアら『剣聖御三家』はこういう政策に否定的であると思っていたのだが、案外肯定的のようだ。それほどまでに、国から受けられる『援助』というものが大きいのだろう。


 ウィズはそのまま横目で空を見つめながら、思案する。


(『剣聖御三家』が結集した新しい騎士団……。クソ、そんなものができたら『ブレイブ家』を潰すために『アーク家』と『クロス家』も相手にしなければならなくなる……!)


「……貴方、今疑問に思ったでしょ?」


「……へっ? あっ、はい」


 フィリアは思案するウィズを見て、何かを察したようだ。ウィズは『ブレイブ家』に対する復讐の難易度に関して考えていたのだが、それを説明するわけにもいかないので――。


「――疑問に思いました」


 ――ウィズは適当に便乗してみた。


(よく分からないが、まあ分かってるフリをしておこう……)


 ウィズは心の中で息を吐く。


 そんなウィズの心中など知らず、フィリアはそのまま続けた。


「貴方、私に言ったよね? 『焦ってる』って。その原因は察しての通り、この『セリドア聖騎士団』の発足が原因なの」


「あー……」


 ウィズは納得して空を仰いだ。


 『剣聖御三家』が集結して一つの強力な騎士団ができることに思考が囚われていて、フィリアに関しての考えを張り巡らせられなかった。


 確かに彼女の言う通り、説明では『セリドア聖騎士団』発足にメリットしかない。それならば、フィリアがこんなところで死闘を繰り広げたりする理由には繋がらないはずなのだ。


「……貴方がこんなところまで来てまで、焦燥しながら"力"を欲する理由……」


「ええ……それはね、『セリドア聖騎士団』における騎士団総長――その席にどの御三家が腰を下ろすか、それが未だ決まってないのよ」


「……なるほど」


 ウィズは顎に手を当て、フィリアの焦燥の理由を軽く推測した。直後、顎に手を持ってきたことで、背負ったソニアを落としそうになり、慌てて手を戻す。


「要するに、『セリドア聖騎士団』の騎士団総長を『剣聖御三家』の代表者同士の中から決める必要があって、その決め方っていうのは……やっぱり、剣聖御三家なんだし……?」


「――そう、"力"よ」


 フィリアの瞳に強い闘気を覚え、ウィズは身震いした。


 さすが『アーク家』の次期当主なだけはある。魔術を極めつつあり、戦闘力にある程度の自信があるウィズを震え上がらせる闘気――まさしく『剣聖御三家』の器であった。


 ウィズは密かにニヤりと笑った。


(そうでなければ、困る……)


 『ブレイブ家』と同じ御三家である『アーク家』のフィリア。彼女の威圧が、『剣聖御三家』という存在の強大さを実感させた。


 ――アレフの魔法研究がようやく牙を剥くという時に、その圧倒的な魔術を前に『ブレイブ家』が簡単に触れ伏してしまうなんて、つまらないだろう。こうであってこそ、『剣聖御三家』だ。


(じっくりと……潰してやるよ。『ブレイブ家』……!)


 改めて決意を心の中で固めるウィズであった。だが今度はフィリアの方にも気を配っていた。


 ウィズと『ブレイブ家』の因縁はここでおいておいて、単純に気付いた疑問をウィズは口にする。


「でも、どうしてそんなにも騎士団総長の座を欲してるんですか? そこまで待遇が違ったりするのですか?」


 そう、フィリアがここまでして騎士団総長の座を欲する理由が不明瞭だ。


 他の御三家に後れを取るわけにはいかない、というプライドの問題であるとは考えにくい。フィリアの焦り具合からして、もっと重大な理由があるとウィズは思っていた。


 ウィズの考えの通りだったようで、フィリアがその答えを口にする。


「待遇自体は変わらないわ。けれど……わたしたち『剣聖御三家』は互いにいがみ合って生きてきたの。……『アーク家』以外が騎士団総長になったら、『アーク家』もその家に従わなくてはいけなくなる。……とんでもなく不利な命令でも、合理的であるなら発令は可能よ。特に、今でこそ平和だけれど、隣国と戦争にでもなったら……」


 フィリアは瞳を伏せ、その先は口をつぐんだ。ウィズも神妙な眼差しでフィリアの横顔を見つめる。


 そして、静かに言葉を繰り出した。


「騎士団総長になるということは、同時に『アーク家』を守ることに繋がる……というわけですね」


「……そうなる。『アーク家』という括りは何もわたしたち家族だけじゃない。領地にいる領民も含まれる。……あの人たちを、残らずわたしは守りたい……!」


 フィリアはぎゅっと拳を握りしめ、静かな声色ながらも力強く言葉を吐き出す。その姿はまさしく洗礼されていて、当主の器が垣間見えるようだった。


 ウィズは彼女に柔らかく笑うと、励ますように言った。


「……やってやりましょうよ、フィリアさん。これも何かの縁だ。僕は、貴方に全力で協力します。僕の『祝福付与(エンチャント)』や魔術もお役に立てれば……!」


「ウィズ……! ありがとう……!」


 笑いかけるウィズを前にして、フィリアの顔がパッと明るくなった。それからウィズの笑顔につられるように、頬を少し赤く染めて、年相応の笑顔を見せたのだった。



 サラマンダーの馬車が見えてきた。その時点でウィズは足を止め、背負ったソニアを再び背負い直す。


 フィリアだけが一足先に馬車へと向かっていた。ふくよかな胸に大きな瞳、若干くせっ毛であるが綺麗に手入れがされた長い銀髪――その容姿はまさに美少女と形容するにふさわしい。


 純粋な男性ならば、彼女の魅力に見とれてしまうほどだろう。しかしそんなフィリアは目に入れながらも、ウィズはフィリアの事などすでに思考から吐き出していた。


(――騎士団総長の選定。それに当たって『剣聖御三家』同士で争うとするなら……)


 視界にフィリアの姿を入れているが、その瞳にフィリアは見えていない。見えているのは――。


(一時はどうなるかと思ったが、この時期にフィリアと接触できて良かった……。『ブレイブ家』を潰すには、絶好の時じゃないか)


 見えているのは、復讐のみ。


(この混乱に乗じて……潰す……!)


 ウィズは小さく、本当に小さく、本物の笑みを一瞬だけ浮かべると、すぐいつもの表情に戻って、フィリアの後を追ったのだった。


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