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7 黒と白の両翼

 一瞬だった。


 まるで閃光のように、フィリアはムカデの魔物に駆け出し、その通りがかりに胴体を半分にする斬撃を放ったのだ。


 巨大なムカデの背後で、フィリアは『魔剣』を小さく素振りしてみせた。


 彼女の背後には若干の黒い粒子が漂っており、それが『魔剣』由来の魔力であることは誰の目から見ても明らかであろう。


『GAA……!』


 そこでようやく、自らの体が上下真っ二つになったことに巨大ムカデは気付いたようだった。上半身が毒沼に墜落し、胴体から生えている無数の手足が毒沼でもがいている。


 ウィズは彼女の後ろ姿を見ながら、密かに悪だくみをする。


(これなら……)


 ウィズがわざわざフィリアと自ら関わった目的。それは慈善事業だとか、情で彼女に近づきたかったとか、そんな理由ではなかった。


(剣聖御三家……ふふっ。こりゃあいい……)


 全てはアレフ・ブレイブの追悼のため――。


(『ブレイブ家』……()()がぶっ潰してやる……!)


 フィリアに関わったのは『ブレイブ家』と接点を持っていたためである。『アーク家』の彼女に絡めば、小さくともそれが可能になるのでは、とウィズは踏んでいた。


 そして今の一件でフィリアに恩を着せることができたはずである。さらにフィリアは何か問題を抱えているみたいだ。それはフィリアが時折見せていた焦燥と謎の誇張心から垣間見えていた。


 上手く利用できれば、不自然なく『ブレイブ家』に近づける。そうなれば――ウィズの復讐は、現実のものとなるだろう。


 そんな風にウィズが企んでいる中、毒沼でおぼれかけていた巨大ムカデに変化が現れた。


『GA……GA……GAAAAAAAAAAA!!』


 突然、毒沼が飛沫をあげた。ウィズは目を細め、フィリアは黒髪を揺らして振り返る。


 下半身を切断された巨大ムカデ。しかし無数の足で何とか毒沼から這い出ると、なんと驚異的な再生能力で下半身を再生した。黒い液を垂らしながら、再生されたばかりの下半身がピクピクと脈動している。


「……そうでなくては」


 そんな怪物の姿を見ても、フィリアは怖気づいたりはしなかった。むしろ、復活した巨大ムカデの魔物を見据えて、勇敢にも口元を緩ませる。


「あのひと振りで、ようやく勝手が掴めてきたわ」


 そう言いつつ、フィリアは『魔剣』を振り切って矛先を下に向ける。するとその矛先から白と黒の粒子が瞬く間に発生し、フィリアを中心に散らばり始めた。


「……へぇ」


 ウィズはその粒子を肌で感じながら、その正体を確定させる。


 黒と白の粒子――それは魔力の元素であった。俗に『魔粒子』と呼ばれているものであり、魔法のみならず体術にも使われる、エネルギーのもとである。


 そしてその『魔粒子』は『悪性』と『善性』の二つのタイプに分類される。


 一般的には魔物などが発するものが『悪性』であり、聖職者が発するものが『善性』だ。そして生まれたばかりの無垢な赤子が発するとするならば、それは『悪性』と『善性』と中間である『中性』となる。


 つまり、『魔粒子』は使用者の憎悪などの負の感情が大きければ『悪性』へ、慈愛などの正の感情が大きければ『善性』へと変化するのだ。


 それを踏まえて考えると、目の前で放出されている黒と白の粒子――その正体は、『悪性』と『善性』の魔粒子だ。


(……やはり、黒い粒子が『悪性』の『魔粒子』、白い粒子が『善性』の『魔粒子』だな。魔剣『フレルベルグ』の瘴気をモノにしたついでに、『魔粒子』の濃度変換も体得したってわけか……)


 ウィズはフィリアの才能を嘲笑った。もちろん、それは単純に"凄い"という意味合いで。


 『悪性』と『善性』、双方の『魔粒子』を同時に扱える人間は少ない。その理由というのは簡単で、基本人間は『善性』か『悪性』かの片方に属することしかできない。


 何故なら、『天使』は『善性』、『悪魔』は『悪性』――その中で人間の道徳は『天使』か『悪魔』かの片方しか選べないのだから。


『GAAAAAAAAAAA!!』


 巨大ムカデの咆哮が森を揺らした。


 刹那、その白い胴体から黒い斑点が浮かび上がったと思うと、そこから黒い光が周囲へと放たれる。


「おっと」


 それはフィリアだけに向けられた攻撃ではなく、無差別に周囲を巻き込む攻撃であった。当然、ウィズの下にも黒い光が放たれる。


 瞬時にウィズは倒れているソニアに向かって、魔力の球を放つ。その瞬間にもウィズの頬に黒い光がかすったが、まずは気絶しているソニアの保護が先だ。


 魔力の球がソニアのもとに届くと、膨張して彼女を包み込んだ。魔力の球は防御壁として機能するので、これでソニアは安全だろう。


 それを確認すると、ウィズは瞬時に手の甲をかざし、魔力による防御膜を形成した。黒い光をそれで防ぐも、ジュっという焼き焦げるような嫌な音がした。


 一方、フィリアはウィズよりも巨大ムカデの近くにいたので、光線の数は倍以上に多かった。けれども、それを彼女は地面を駆けてすべてをかわしていた。


 加えてフィリアは、無数の光線をかいくぐってムカデへと接近する。


『UGAAAA!』


 ムカデの体がくねる。すると、胴体の光線の出どころの黒い点の向きも変わっていき、光線は変則的に動き始めた。


「っ!」


 不意に直撃する軌道を取った光線を、フィリアは魔剣『フレスベルグ』で弾き飛ばす。


 そして、フィリアは力強く地面を踏み込んだ。


「――!」


 刹那――フィリアの背中から『黒い魔粒子』と『白い魔粒子』が発現する。


「……」


 ウィズはあっけからんと、それに見入っていた。


 フィリアの背中に『黒い魔粒子』と『白い魔粒子』が(そび)えるそれは、ウィズには翼に見えた。


 『白い魔粒子』の片翼と、『黒い魔粒子』の片翼――その二つを持った天使とも悪魔とも取れるフィリアは、巨大ムカデを見据える。


「これで、さよならよ」


 ――風が舞った。否、フィリアが飛び立ったのだ。


 フィリアの踏み込みで地面は大きく崩れる。まるで稲妻(いなづま)の如く轟音(ごうおん)をまき散らし、フィリアは巨大ムカデへと一直線に駆けた。


『――』


 そして真正面から、フィリアは巨大ムカデを一刀両断にする。フィリアの一閃が巨大ムカデの体を真っ二つに割り、白と黒の片翼が通り過ぎただけで、その残りの体を魔力の圧で消し去っていった――。


「……なんて魔力だ」


 ウィズでさえも、冷や汗が出るほどの魔力であった。


 フィリアの背中にある魔力の翼は、高く燃え上がる炎なんて出力ではない。それは、落雷が放つ一瞬の巨大なエネルギーを濁流(だくりゅう)のように放出していた。


『GA……GA……』


 真っ二つになった巨大ムカデは、毒沼に落ちる。フィリアの翼に焼かれたその肉体は、再生もできていないようだった。傷口近くの体から溶けていって黒い霧となり、少しずつ消え始めていた。


 『怒りの森』、そこに棲む巨大な魔物の朽ちる時が来たようだ。


「……良かったね」


 それを見ながら、ウィズはぼそりとぼやいた。


「最後の最期に、凄く強くて高貴な騎士と斬り合えたじゃないか」 


 今は亡き命に、ウィズは優しく語り掛けたのだった。


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