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6 高潔な剣士

 フィリアは巨大ムカデに飛び掛かると、ウィズによって強化された短剣を振るう。


 その衝撃で巨大ムカデの硬い装甲がへこみ、図体を地面へ隆起させた。フィリアはそのまま倒れたムカデの体に着地し、尻尾の切断を試みる。


「……ッ!」


 短剣で尻尾の付け根を斬るも、その刃は三分の一ほどで止まり断ち切るには至らなかった。


 『魔剣』を巨大ムカデから取り出すには、尻尾を完全に切断する必要がある。それはフィリアも分かっていた。


『GAAAAAAAAAA!!!』


 巨大ムカデが自身の体に乗ったフィリアを振り払おうと、体をくねらせてたりよじらせたりしはじめた。


 このまま巻き込まれるわけにもいかず、フィリアは巨大ムカデの上から飛び降り、距離を取る。


「……」


 それをウィズはじっと見つめていた。


(……『アーク家』、想像していたよりも……)


 ウィズが巨大ムカデと対峙するフィリアを見て思ったこと。それは疑問であった。


 いくら市販の短剣であろうと、ウィズが『祝福付与』を施した短剣だ。剣聖御三家なら尻尾ぐらいは軽々切断できるはずである。しかしそれは叶わなかった。


(本当に、こいつに期待できるのか……?)


 ウィズが感じた疑問。それは単刀直入に、フィリアが力不足ではないかということ。


 剣聖御三家の次期当主ならば――少なくとも『クロス家』や『ブレイブ家』の次期当主ならば――この程度はできてようやく及第点だろうに。


(それともまだ何か……)


 フィリアには実力を出し切れない理由があるのか――ウィズがその可能性にすがろうとしたところで、局面は動いた。


「そこ……ッ!」


 巨大ムカデの攻撃を回避し、再びフィリアが尻尾へと飛び掛かる。そのままさっきの切り口に短剣を振りかざした。


『GAAAAAAAAAAッ!!!』


 巨大ムカデの悲鳴とも取れる咆哮が森中に響き渡る。


 今のフィリアの攻撃により、巨大トカゲの尻尾はほぼ切断間近まで迫った。今やすでに数十センチの肉が尻尾を繋ぎとめているに過ぎない。


 紫色の血飛沫を浴びながら、フィリアは完全に尻尾を切断さしめようと、短剣を振り上げる。


「……っ」


 しかしそれが振り下ろされることはなかった。


「あっ」

『GAAAAAAAAA!!』


 ウィズも思わず声を出してしまう。


 フィリアが短剣を振り下ろすよりも早く、巨大ムカデがのたうち、尻尾でフィリアを叩きつけたのだ。その衝撃で、彼女の手からポロリと短剣が零れ落ちた。


「ぐぅ……!」


 フィリアは尻尾の直撃を両腕で掴み、なんとか耐える。しかしながら、その手に剣はない。


 フィリアは今まで短剣を主力に戦闘をしていた。しかしそれがなくなった今、彼女がこれ以上戦えるとは思えなかった。



 ――期待外れか。


 そう思い、ウィズはフィリアごとムカデを殺せる魔法を放とうとした。



 ――が、その直前で、彼の腕が止まる。



「はぁぁぁああああ!」


 フィリアの叫び。同じくして飛び散る紫色の鮮血。ウィズはまたもや見開いた。


 そこには巨大ムカデの尻尾を両腕で抱きかかえ、そのまま力に任せて振るうフィリアの姿があった。


 その衝撃で、一皮でつなぎ止められていた巨大ムカデの尻尾が、ついに千切れる。


 尻尾を千切られた巨大ムカデは悲鳴を上げながら、地面をこすって素早くフィリアから離れた。


「……!」


 直後、巨大ムカデの本体から切り離された尻尾――それが黒い霧となって霧散していく。それを両腕で抱えていたフィリアは思わず腕を離し、目を腕で覆いながら黒い霧の根源から半歩下がった。


 霧が逆巻き終わると、その地面には剣が刺さっていた。それは黒い刀身を持ち、中心には赤く煌めく一筋の線が迸っていた。


「出たな……」


 ウィズはそれを見て、当時のことを思い出しながら言葉をこぼす。そう、黒い霧の中から解き放たれたそれこそが『魔剣』――『フレスベルグ』。


 かつて、全身に呪いの装備を纏った『人間(ダレカ)』が携えていた、筋金入りの『魔剣』――。






 それはいつかの出来事を思い出させる。



『ワタしは『魔物殺し(デーモン・スレイヤー)』。魔物を殺ス旅を続ケている者ダ。だが、最近わたシの中ノ人間性が薄レていってイる……。この、セめてものリセイが保っテいる間に、ヨリ多くの魔物を倒しておきタい』



 突然、ヒトならざる瘴気を漂いながら血まみれの鎧が来店してきた時にはどうしようかと思ったウィズであった。けれど落ち着いて話を聞いてみたら、なんとも協力したくなってしまったのは人間の(サガ)だろうか。


『……この近く森に、デッカいムカデの魔物が住み着いてるね。まだ危険度は低いけど』


『そウか、ありがトう』


『でもさ、君……今の状態じゃ、多分、死ぬよ?』


『心配ハいらヌ。ワタシには――夢がアる。それまでは、死ネないノだ』


『夢……?』


 その人間(ヒト)の素顔は鬼気迫る兜に隠れてみえなかったが、それをその人物が語った際には、歴戦の笑みを浮かべていただろうと、ウィズは思った。


『このイノチの最期は、高貴で優レた剣士との斬り合イ――我が人生、(しめ)るのならば、そうでありたいのだ』


『へぇ、そりゃ……。なるほど』


 木漏れ日がかかる店内で、ウィズは静かに微笑む。


『なんとまあ、()()()()()だね。名前を伺いたい』


『名前……カ。死に逝く者ノ名前など、語るに値シない』


 そう言って、その人間は呪いの装備をガチャガチャと鳴らしながら、(きびす)を返したのだった。


 ウィズが見たその後姿。それが"高潔な剣士"の最期の姿であったことは、語るまでもないだろう。






「……この力は」


 ――場面は現在に戻る。


 フィリアは黒い霧の中から現れ、地面へと突き刺さっている魔剣『フレスベルグ』に手を伸ばした。


 フィリアの手が『フレスベルグ』の柄に触れると、黒い旋風が巻き上がる。彼女の銀色のロングヘアが巻き上がった。


「さあ、どうなるのかな」


 ウィズはそれを見ると、目を細めて事の運びを見守る。


 フィリアが手にしたのは正真正銘の『魔剣』だ。ただの剣とは違い、『魔剣』はその所持者を見定めると云われている。もし半端者が『魔剣』を手にしたら最後、その体を『魔剣』に奪われるのだ。


 そしてその果てには、『首無し騎士(デュラハン)』のような魔物として存在していくことになる。


 今、まさにフィリアにその選択が為されていた。『魔剣』に服従させられるか、打ち勝つか――黒い旋風は『魔剣』の瘴気そのもの。フィリアは『魔剣』に値踏みされているのだ。


 易々と乗り越えられる壁ではない――それは『首無し騎士(デュラハン)』の生息数からして、火を見るよりも明らかであるのだが。


「……そう」


 一言、たった一言。


 黒い旋風の中で、どこかつまらなそうなフィリアのぼやきが、ウィズの耳に入った。


「……!」


 直後、黒い旋風が飛び散った。その中でフィリアは堂々と魔剣『フレスベルグ』を手に持ち、その刀身を見つめる。


「及第点だわ」


 そう言うフィリアの長い髪が虚空から漂ってきた黒い霧に撫でられ、白銀から漆黒へと変わっていく。それはまさしく深淵(アビス)混沌(カオス)の象徴である"黒"の色であった。瞳は清純なる青から激情の赤へと変わっている。


「……あははっ」


 それを見たウィズは思わず笑ってしまった。


「魔剣の瘴気を……逆に吸い上げた……!」


 『魔剣』が人間を値踏みし、持ち主を選別するのが常である。


 しかしそれは、人間が『魔剣』を値踏みし、選別することへの不可逆性を証明することにならない。


 『魔剣』がフィリアを選別する中で、逆に『魔剣』を選別し、その全ての所有権を根こそぎ奪いとったのだ。


『GAA……AAA……』


 それを察知したのか、事の顛末を見届けつつ、今まで身構えているだけであった巨大ムカデの魔物は、フィリアから体を引いた。


 無理もない。『魔剣』も『魔物』も、同じ原動力を有しているのだ。故に、巨大ムカデはフィリアが『魔剣』から吸い上げた瘴気を肌で感じているに違いない。


 フィリアは『フレスベルグ』を構える。そして、小さく唱えた。


契約権限(クロニクル・ルーラー)起動せよ――我が元に(ひざまず)け、久遠(くおん)なる服従を今ここに、静謐(せいひつ)なる支配者の名を」


 何重をも歪な魔法陣がフィリアを包む。それを見たウィズは思わず身を乗り出した。


 フィリアを取り囲む術式――それはウィズでさえも初めて見るものであった。見る限りは強力な『契約』――否、どちらかというと『同化』に近い三位一体の契約術だと思われる。


 それはウィズですら納得に時間がいるほど、不明瞭な魔法であった。ウィズはまだ知らないが、これが『アーク家』を『剣聖御三家』たらしめる所以(ゆえん)であった。


 ――フィリアを取り囲む魔法陣が役目を完了すると、バラバラに散っていった。光の粒子が舞う中で、フィリアは黒髪を揺らして、その刃を巨大ムカデの魔物へ向ける。


「わたしは、こんなところで止まれないの」


 ――それは一閃。遅れて毒沼の飛沫が舞い、森は割れる――。


『GAA……?』


 真っ二つになった巨大ムカデは、フィリアに斬られたことにも気づかず、単純なる疑問の声を上げたのだった。


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