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5 決意と覚悟


「面白そうだったからさ、来ちゃった」


 ウィズがつけている片翼の髪飾りが髪の隙間で揺れた。


 突然フィリアの隣に現れたウィズ。さっきまで暴れていたムカデの化け物は、彼が放った氷柱の魔法がささり、一時的に身動きが取れなくなっていた。


 フィリアが使っていたのは予備として調達した形ばかりの剣であったにしても、『アーク家』のフィリアが工夫して振るってもムカデに刃を突き刺すこともできなかった。


 そんなムカデの硬い装甲に、今突然現れた『雑貨屋』の男の魔法が通る道理など、まかり通らない。


 しかしそれ以上に、ウィズのどこか楽しそうな表情が、フィリアは気に食わなかった。


「面白そうって……()()()は必死で……!」


「そうだよ。――()()()()()()()()()()()のが面白そうだったって言ってんの」


「……!」


 アハハ、と笑いかけてくるウィズに、フィリアの中でふつふつと沸きかかっていた怒りが限界を迎えた。ぎゅっと握りしめた短剣がウィズへ向けられる。


 微かに怒りで震えた刀身を見ながら、ウィズは両手をあげた。


「……剣聖御三家の方に刃を向けられるなんて、怖いなぁ」


 言葉とは裏腹にケラケラとフィリアをからかうウィズであったが、その目は笑っていない。


 その冷たい瞳が細まり、ウィズは口を開く。


「ところで、あそこに倒れてる女の子、僕の知り合いなんだけど……? こんなところに連れてきた上に、なんであんなところに倒れてるのかな? 舞台劇の練習か? 笑わせんなよ」


「それは……!」


 ウィズは丁度ソニアが倒れていたことを利用し、わざと冷たく言い放った。フィリアがウィズへ向けていた殺意に対し、何か動きがあれば仕留め返してくるであろう威圧がウィズにはあった。


 フィリアは瞳を細め噛み締めると、ゆっくりと短剣を下ろした。


「……そうね、わたしはここに独りで来るべきだったのかも」


 フィリアは視線を下げ、うなだれる。


 同時に、動きを止められていたムカデが、自身に刺さっていた氷柱を弾き飛ばし、自由の身となった。大きな咆哮を放ちながら、体をのびのびととぐろを巻いていく。


 しかしそのムカデの姿に、フィリアは目も向けなかった。ウィズも、無表情で彼女を見ていた。


「でも、わたしは『アーク家』のフィリア・アーク……こんなところで死んでしまうなんて、許されてない……! ()()()の犠牲も、必要ならば受け入れる覚悟はある……! だから――」


 フィリアは短剣を地面に落とす。そして彼女がその後取った行動に、ウィズは思わず目を見開いた。


 膝も地面について、腰を曲げて頭を下げたのだ。それはいわば土下座、というものだった。手入れの届いた艶のある綺麗な長い髪も、土にまみれていた。高価そうな御召し物が汚れるにも関わらず、地面に這いつくばって、頭を地面にこすりつけ、彼女はただ告げる。


「助けて、ください」


「……」


 ウィズは少しの間、思いっきり面喰ってしまっていた。確かに面白半分でこの場所に現れたが、決して、フィリアのこんな姿が見たかったわけではない。


 雑貨店では高飛車な態度でウィズの店や本人に対し、ボロクソな文句を言っていたので、ウィズが彼女に良い印象を持っていたといえばウソになる。目の前で惨めに土下座する彼女を見て、留飲が下がらなかったといえば、それもウソになる。


 だが――ウィズは息を呑んだ――剣聖御三家、その上流貴族である彼女が、自身のプライドなど捨て去って、こんな惨めな格好で庶民のウィズに助けを求める行為は並大抵のことではない。


 これは『決意』と『覚悟』がなければできないことだ。彼女はそれらを背負っている者だ。


「君は……」


『GAAAAAAAAAAA!!!!』


 ウィズの小さなぼやきが、巨大ムカデの咆哮にかき消された。こちらを見下ろし、突撃の兆しを見せている巨大ムカデ。しかしウィズは目もくれない。


 その無関心さに魔物ながら腹が立ったのか、巨大ムカデは三度目の咆哮を上げた。その音に地面が揺れる。しかし、


『GA……!?』


 巨大ムカデの体が静止したかと思うと、大きな音をたてて地面に倒れた。


 ウィズが放った『氷磔(shAckLes)(of)痺枷(cross)』。実はウィズが即興で思いついた魔法なので、特にスゴイ魔法とかでは無い。


 しかしただ氷柱を刺すだけの魔法というわけでもなかった。氷柱で傷ついた者の神経を麻痺させる効果も孕んでいたのだ。これでまた少しの間、巨大ムカデは動けない。


 ウィズはフィリアに問う。


「君は、どうしてそこまで……」


「全ては、家族のため。わたしはどうしても、乗り超えなくてはならないものがある……!」


「……」


 困惑して言葉が濁るウィズとは正反対に、フィリアは即答ではっきりと言った。


 ――ウィズの心境の変化は早かった。


 その場でしゃがむと、頭を下げるフィリアの近くに落ちていた短剣を手に取る。そしてその短剣に向かって、『祝福付与(エンチャント)』を放った。


「……顔をあげてほしい、フィリアさん。僕は君を誤解していたらしい。手を貸しますよ」


「……ほんと?」


 恐る恐るといった感じで、フィリアは頭を上げる。ウィズはそれを見ながら、自然な笑顔を演じた営業スマイルで返した。


「こんなところで冗談は言いません」


「ありがとう……えへへ、なんか、ちょっとだけ安心しちゃった……」


(……ん?)


 急に、フィリアの態度が柔くなった気がして、ウィズは疑問符を浮かべる。


 が、次の瞬間にはフィリアは咳ばらいをしており、すでに表情は今までと同じようなものに戻っていた。とりあえず、ウィズは短剣を渡しながら言う。


「……ただ、これは君が乗り越えなくちゃいけないことなんでしょ? だから、君がやるべきですよ。そうでなきゃ、筋が通らない。何より、今後に続かない」


「……ええ、その通りですわ」


 フィリアは短剣を受け取ると、その姿をまじまじと見た。


 その短剣はウィズが施した『祝福付与(エンチャント)』で切れ味と強度が底上げされている。剣の達人は『祝福付与(エンチャント)』を手に持つだけで把握するというが、フィリアはまさにそれであった。


「ここまでとは。……わたしも、貴方を誤解していたようね」


「お互い様ですよ。……さて、と」


 両者とも視線をかわすと、立ち上がった。そして目の前に這い上がる大きな影を見上げた。


『GAAAAAAAA……!』


 丁度のところで、巨大ムカデも麻痺から回復していたのだ。長い胴体をゆらゆらと揺らしながら、二人を見下ろしていた。


 ウィズはその化け物を見上げつつ、フィリアへ告げる。


「多分、君がここに来た理由は『魔剣』を手に入れるためでしょ? ソニアから『あの剣士の話』を聞いたんじゃないかな」


「『魔剣』……ええ、その通り。わたしはこの化け物に敗れた剣士……彼が持っていた得物を、回収しにきたのですわ」


「まあそうでしょうね。でも実はちょっと厄介なことになってましてね……」


 巨大ムカデは全身を震わせ、その大きな尻尾で二人を薙ぎ払ってきた。


 ウィズは動かない。動いたのは短剣を持ったフィリアであった。


『GA……!?』


 向かってきた巨大な尻尾に対し、片腕で短剣を振るう。


 直後、その太刀筋の圧でムカデの尻尾が跳ね返り、その本体の体までのけ反らせたのだ。巨大ムカデは今度は毒沼へ倒れ込み、大きな毒の飛沫をあげた。


 ウィズは続けて言う。


「彼はこの場所でムカデの化け物と戦い……それで、『相討ち』になったんだ」


「『相討ち』……?」


「うん、そう。実は『相討ち』。どっちも死亡。で、本題は彼が身に着けていたのがいわゆる『呪いの装備』だったってこと。


 どっちも死んだあと、双方の魂の無念と『呪われた装備』の執念が森の瘴気を伝って悪魔合体しちゃったみたいで……あの化け物が生まれたわけなんです。各所に『呪いの装備』が形を変えて顕現してる」


「なるほど……。ということは、やけに圧を感じるあの尻尾が……その『魔剣』が変化した姿、とみていいのかしら?」


「『アーク家』の才能が『魔剣』の気配を感じた……ってところなのかな。それで合ってると思いますよ」


 フィリアの結論にウィズはうなずいた。


 異様に硬い巨大ムカデの装甲は『呪いの装備』がもとになっていたからなのだ。そしてフィリアの剣をへし折り、彼女の顔に傷をつけた尻尾こそが、フィリアが探している『魔剣』の具現化した姿であった。


「見せてもらうよ」


 ウィズがそう言うのと同時に、フィリアの姿が消える。――否、速すぎる跳躍をしたのだ。


「――剣聖御三家、『アーク家』の剣をね」


 『アーク家・次期当主、フィリア・アーク』は空中より、その青い瞳で巨大ムカデを見下ろしたのだった。


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