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4 森の社

 『怒りの森』の中はやけに薄暗かった。フィリアは肌に感じる寒気に唇を噛みしめる。


(何……この感覚……!)


 明らかに異様だった。まるでフィリアを絡め取ろうとしているような、そんな寒気が全身を覆っている感覚があった。


 空は木々の葉に覆われている。高速で走る馬車の上にいながらも、森の四方八方から魔獣やらがフィリアを捉える視線も感じていた。けれど、サラマンダーの馬車の行く手を阻もうとはしてこない。


 フィリアは少し疑問に思っていた。これほど魔獣の気配があるのなら、馬車の進行を邪魔して襲ってくる群れがあってもおかしくないはずだ。しかし、その兆候はまるで見られない。


 それが何を指し示しているのか。フィリアは気を引き締め、喉を鳴らす。


 ――この森に、フィリアたちは誘い込まれているようだった。


 ふと、フィリアはサラマンダーの馬車を停める。馬車を停めたすぐ先の脇に、歪な獣道があったのだった。


 まるで何かが這いずった跡が、そのまま獣道となったような道だ。草木は押しつぶされ、土が見えている。


 そしてその周辺の草木は、何故か獣道を避けて生い茂っているように見えた。


 それを見たフィリアは指先で腰の剣をなぞる。


「……フィリア様」


「ええ」


 隣で乗車していたソニアも、神妙な顔つきでその獣道を見ていた。彼女にも分かったのだろう。――()()()()|、()()()()()()()()()()()


 この獣道は馬車では通れないだろう。二人は馬車から降りると、それぞれの武器を抜いた。


 フィリアは剣、ソニアは短剣だ。


 フィリアは予備の剣を握りながら、今まで愛用していた豪剣が使えないことに残念な気分になる。


 そのまま二人は奇妙な獣道へと足を進めた。


 心なしか、森の中から見える空の色が()せて見える。


 相も変わらず周囲から感じる視線は未だ健在で、フィリアは息を呑んだ。


 数分歩くと、開けた場所に出た。フィリアとソニアは慎重な足取りでそこへ入る。


 フィリアたちが踏みしめた地面。そこにはさっきまでの獣道のように、全く雑草が生えていなかった。茶色の微妙に水分を含んだ土が、その開けた場所一面に広がっている。


 そしてその中心には古びた(やしろ)があった。


 その周囲には見るからに異色をした水貯まり――恐らく、毒沼であろう――があって、この社が曰く付き(いわくつき)であるのは明らかだった。


「これは一体……例の化け物と関係があるんでしょうか?」


「さあ、分からない……分からないけど……」


 ソニアの不安そうな声色にフィリアは強めの音色で返した。気を張らざるを得ない、そんな雰囲気がこの社からは漂ってきている。


 ――それは威圧(プレッシャー)。具体的には社そのものから感じられているのではない。フィリアは恐る恐る毒沼を見下ろした。


 その威圧(プレッシャー)は、社の下から。この目の前の、毒沼の下からだった。得体のしれないモノが蠢いている――そんな虫唾が走るような感覚と一緒に、フィリアを尻込みさせる威圧(プレッシャー)が湧き出ていた。


 ――そして、突如、その感覚がフィリア自身にキバを向く。


 毒沼の下で"蠢くナニカ"――そいつの目玉が、フィリアを見た気がしたのだ。その嫌悪感にフィリアはピクリと反応し、その感覚を振り払うように叫んだ。


「来る……ッ!」


「え……?」


 ソニアがあっけらかんとした表情を見せたのもつかの間、毒沼の中心にある社を破壊しながら大きな怪物の頭が顔を出したのだった。


 破壊された社の残骸や、そこに貯まっていた毒が周囲へと飛び散る。


「な……こいつが……!」


 ソニアは出てきた化け物を見上げながら、息を呑んだ。フィリアの頬にも汗が流れる。


 それは、人の数十倍もあるムカデのような化け物だった。頭には赤い二つの目玉と、その上には二本の触覚。


 (からだ)は白く鈍い光沢がある。そして極めつけのは、その体に生えている何十本もの手足であった。


 白い光沢のある躰は一つ一つ大きな丸いブロックが連なる形であるのだが、そのブロック一つに四本の手足が生えている。それが連なって大きな体を成しているため、何十本もの手足が蠢いていたのだ。


 加え、そのムカデの化け物は毒沼から完全に体を出し切っていない。飛び出しているのはまだ半身といったところか。全体の体長はこれよりも大きいとみて良いだろう。


「これは確かに化け物ね……!」


「フィリア様……もしかしてこいつを……?」


「当然ッ! 倒すッ!」


「はぁぁぁ……やっぱり……」


 ソニアが顔に手を付け、長い溜息を吐いた。その中で、フィリアは剣を大きく振りかぶった。


「我が『アーク家』に伝わる剣技――とくと味わいなさい!」


 フィリアが剣を振るう。するとその太刀筋から、白く発光した斬撃の刃が放たれ、ムカデの化け物に向かっていた。その余波でフィリアの足元の土が舞い込む。


 その斬撃の刃はムカデの化け物の頭へヒットし、ガキン! と金属音が鳴り響くと同時に、その頭をガクンと後ろへのけぞらせた。音からして、切断はできず弾かれてしまったようだ。


 それでも、大きな衝撃は与えられたようだが。


《GIIIIII!!》


 周辺へ鳴り渡ったのは、その化け物の怒声だった。斬撃で頭を切断することはできなかったものの、与えた衝撃は化け物を怒らせるのは充分だったのだろう。


 ムカデの化け物は体をくねらせ、のけぞった頭を戻して、地上に立っているフィリアを見下ろした――つもりだった。


「行くわよ……!」


 フィリアはムカデの化け物が体勢を立て直している隙に、化け物の目の前まで跳んでいたのだ。そのまま剣を構える。


「皮膚は硬い……なら!」


 フィリアの剣が化け物の赤い目を突いた。皮膚は硬くても、眼球はそうとは限らない――急所にすらなりえる箇所であると、フィリアは直感していたのだ。


「……!」


 しかし、それははたまた"ガキン!"という弾かれた音を前にして、間違いだと証明された。


 眼球にすら剣が弾かれたのだ。フィリアは舌打ちしつつも、まだやることは残っていた。


「まだ……っ!」


 眼球を突き、弾かれた勢いのままフィリアの体は落下する。その最中に、ムカデの丸いブロックが連なっている体の、関節部分を目掛けて剣を振るった。


 皮膚も眼球もダメ、ともなれば、体を接続している関節部分を狙うしかない――フィリアはそう考えていた。


 しかしそれも、結果は同じに終わった。


「な……!」


 関節までもが、皮膚や眼球と同じく強豪な装甲に守られていたのだった。


 眼球か関節か――どちらかには斬撃が通るだろう、と思っていたフィリアの考えは思いっきり否定される。


「フィリア様!」


 ソニアが叫んだ。直後、ムカデの尻尾が毒沼の下から勢いよく現れ、落下するフィリアを目掛けて突き刺してきた。


「ッ!」


 その尻尾の矛先が視線に入った瞬間、フィリアは悪寒を感じて一瞬体がこわばった。


 それでも変わらず迫りくる尻尾。フィリアは慌てて剣で突き刺してくる尻尾を防御する。


 が、ムカデの尻尾の先端は鋭く尖っており、フィリアの体を弾き飛ばすと同時に、防御した剣をへし折ったのだった。


 弾き飛ばされたフィリアは毒沼の外に何とか着地するも、その顔は穏やかではない。


 再び化け物を見上げたフィリアの端正な顔は苦しそうに歪んでおり、そして剣で防御してもなお、衝撃で顔には三つほど切り傷ができていた。ツー、とその傷から赤い血が流れる。


 ムカデの化け物の顔が、着地したフィリアを一瞬だけ見た。しかしすぐに、化け物の視線は違うものに移った。


「フィリア様ッ!」


 化け物の視線の先となったのはソニアだった。彼女は即座にそれを感じ取ると、フィリアの名前を叫び、自分の武器である短剣をフィリア目掛けて放り投げる。


 それと同じくして、ムカデの化け物はソニアへと突進した。毒沼から生えていた尻尾が引っ込み、代わりに胴体が伸びるように毒沼から抜け出ていく。


「ソニア!」


 フィリアの叫びも虚しく、避けることも難しいほど速い速度で、ムカデの化け物はソニアへ突っ込んだ。そしてソニアを弾き飛ばしたのだった。


「っ!」


 ソニアは声にならないうめき声をあげ、右側の木に叩きつけられた。その衝撃で、叩きつけられた木が折られて倒れる。


 それを見たフィリアは唇を噛みしめながら、最後にソニアが投げてくれた短剣をその場でキャッチした。


「……フィリア様ぁ! 『契約』を!!」


「……ッ!」


 最後の力を振り絞り、大木に叩きつけられたソニアはそう叫んだ。しかしその後、ソニアの体は完全に倒れた。意識を失ったのだろう。


 フィリアは黙って折れた予備の剣を投げ捨て、短剣を構えた。――ムカデの化け物を鬼の形相で睨みつけながら。


《――!!!!》


 ムカデの化け物の体が跳ねる。それほどまでに、今フィリアが放った殺気は大きなものだったのだ。そのまま、化け物はソニアから気を離し、フィリアの方へ向いた。


「……やってやるわ、この化け物……!」


《GAAAAAAAA!!!!!》


 短剣を振りぬいて、フィリアは構える。それを見たムカデの化け物が咆哮した。


 フィリアはなんとなく分かっていた。このままこの短剣では、目の前の化け物に勝てないと。


 ソニアの言う通り、『契約』を行えばこの場を乗り越えられるだろう。しかしそれは、得策とは言えなかった。




 ――ここで勝ち生きて帰っても、その後も勝てなければ意味はないのだ。




 フィリアは苦い顔をしながら、それでも短剣を構えていた。


 この瞬間で『契約』は使えない。だから、この状態でどうにかして目の前の化け物を倒さなくてはならない。


 そして、名剣士が残しているハズの剣を、なんとしてでも持って帰らなくてはいけないのだ。それが今のフィリアの使命だった。


《GYAAAAAAAAA!!!!!》


 ムカデの化け物がフィリアに向かって突撃を始めた。フィリアは足に力を入れ、その化け物の動きを()る。

 

 化け物が迫りくるスピードを読み、ぶつかる寸前で上空に跳ぶ。それから背中に飛び乗り、全力の斬撃を加えまくる――それがフィリアの策であった。


 ――が。


「……!」


 ムカデのスピードが、急に上昇したのだ。フィリアは目を見開いた。


 ムカデに一瞬で目の前まで距離を詰められ、フィリアは上空に跳んで躱すタイミングを失ってしまったのだ。


 ――終わった。フィリアの本能が、そう実感した。



《GAY……!?》



 が、意外にもフィリアが次に見た光景は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()


「え……?」


 驚きで腑抜けた声が、フィリアの口から洩れる。そしてその時になって初めて、フィリアの隣に灰色の髪をした少年が立っていることに気付いたのだった。


「『氷磔(shAckLes)(of)痺枷(cross)』」


 ぼそりと、少年がそう唱えたと思うと、吹っ飛んだムカデの頭上より大きな氷柱が降り注ぎ、その大きな躰に突き刺さった。


《GAAAAA!!!》


 ムカデは身をくねらせながら、その痛みに咆哮する。


 その中で、フィリアは突然現れた少年を見つめながら、震えた唇でぼやいた。


「何故……貴方が……」


「――いやね」


 その灰色の髪の少年――ウィズはフィリアの方を見ると、年相応の悪戯好きの子供のような表情で、薄く微笑んだのだった。


「面白そうだったからさ、来ちゃった」


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