32 浮き沈み
「そうか……」
ソニアの微笑みにウィズも視線を落としてちょっとだけ笑う。
人生には『浮き沈み』があるとよく聞く。それが正しいというのなら――『浮き沈み』がセットになっているというのなら、沈んでばかりだったソニアの人生はこれから浮上するのだろうか。
だが、沈んでばかりの人生だった者をウィズは熟知している。
(……アレフ)
"彼"もその一人だったはずだ。浮き沈みと評するにも値しない、沈むだけの"生"だった。
そんな人生の円環の中でソニアはどうなるのか、ウィズにも分からない。
「覚えてるかな……? 初めて会ったときのこと」
ソニアが話し始める。ウィズはイスのひじ掛けに腕を置きながら、得意そうに答えた。
「もちろん。僕がボコボコにされたやつでしょ?」
いっても、その思い出は今では笑って語れる。なんてこともない、ただの信用稼ぎに殴られてあげただけだ。
というのも、それはウィズが魔道具店――諸事情で今は雑貨店ということになっているが――を構える前の話になる。
かいつまんで話すと、ポッと出の魔道具店で生活費を稼ぐのは現実的ではなかった。ウィズには『祝福付与』の才能はあったが、それを知る者はいない。知る者がいなければ、例え質が良くても客は来ない。
そこで、『商い』としてのお墨付き――つまり、商品の品質保証を表す称号を得る必要があった。それを発行している中でも、メジャーな場所の一つが商業独立国家『カットスター』である。
『カットスター』。その地こそ、ウィズとソニアが出会った都市である。
ソニアは懐かしそうに言った。
「ボクが『カットスター』に行った時、通りかかりの男の冒険者たちから無理やり仲間に勧誘されてたんだよね。かなりしつこくてさ。そんなところを、ウィズが割って入ってくれたんだよね」
「ん……。そう、穏便に済ませようとしたら殴られたんだよなぁ」
ウィズも相槌を打ちながら笑う。
ウィズが『カットスター』を訪れた際に、たまたま男たちに絡まれているソニアを見つけたのだ。
ソニアの主観でいえば、男に絡まれていた彼女をウィズが割って入って助けた、ということになっているし、それは概ね正解だ。
だが、ウィズの主観でいえば情報不足。付け足すとするなら、周囲にはちょっとした人だかりができていた。
数人の男に絡まれて困っているソニアを、周りの人間は気付き困惑しつつも、誰も手を出せずにいたのだ。
そこに偶然通りかかったウィズ。ウィズは絡まれているソニアなど普通にどうでもよかったので、そのままスルーしようとしていた。
しかし、絡まれているソニアを見る人影の中に、ウィズが知っている顔があった。その人は『存在隠蔽』の『祝福付与』をされたフード付きの召し物をしていたために、周囲からは気付かれていないようだった。
しかしウィズは生半可モノどころか、最上級モノの『存在隠蔽』でさえも、基本的には影響を受けない。その人の存在はウィズにバレバレであった。
その人というのが、『カットスター』で国家運営に携わっている幹部の一人――『レグザイア』という男だったのだ。彼はじっと、ソニアとそれに絡む男たちを見るふりをしながら、助けに前へ出る人が来るかどうかを探っていたようであった。
――こりゃ、印象付けとしては最高かもな。
そう思いたったウィズが行動に出るのは早かった。ソニアと男たちの間に繰り出しては、わざとらしいぐらいにピシャリと男たちを非難する言葉をかけ、そのまま彼らにタコ殴りにされたわけだ。
「ウィズが助けにきてくれたすぐ後に、たまたま通りかかった『カットスター』のレグザイアさんも助けに入ってきて、それで事態は収まったんだよね」
「うん。……彼には世話になったよ」
なんてこともない、ソニアを助けたのはウィズの小汚い企みの中で丁度良かったからである。
ウィズもソニアの感情と同調して、懐かしき情景を思い浮かべながらソニアを優しく見つめた。
「あの時に渡した短剣……今でも使ってくれてるんでしょ? ほら、あの『自動治癒』と『地形感知』がついてるやつ」
「うん……。あれからずっとお世話になってる」
ソニアは少し赤面しながら、胸に手を当てて告げる。
ウィズはあの時、"もしものために"とソニアに『祝福付与』済みの短剣を渡したのだ。もちろん、レグザイアが見ている前で。好印象稼ぎと、高品質な自作商品を見せつけるために使わせてもらった。
(幸せそうだなあ。何も知らないで。……まあでも、知らない方が良いこともあるか……)
ソニアはウィズの心情を知らない。まあでも、誰も不幸になってないので良いではないか、とウィズはなんとなく思っていた。
それもあってか、ウィズは比較的あっさりと高品質を約束されるお墨付きをもらったわけだ。
比較的――といっても、それでも結構厳しく品定めをされたが。そこは商業独立国家なだけはある。情よりも品質、といった姿勢が垣間見えた。
「でもさ、ウィズ。キミってフィリア様が認めるぐらい強かったのに、なんであの時手を出さなかったの?」
単純な疑問だったのだろう。ソニアは首を傾げてウィズに問うた。
(まあ……強さが判明すれば色々と面倒なことになりそうだったしなあ……)
ウィズの目的は『ブレイブ家』。報復を成すためには、不要な観衆への露出は避けるべきだというスタンスは当時から思い描いていた。
あの場で力を示したところで、何もメリットはなかったのだ。
というのがウィズの本音だが、それを丸裸に話す気など毛頭ない。
「……僕は暴力沙汰が苦手なんだ。できることなら、喧嘩とかは避けたかったんだよね」
こう答えるのが無難だろう。ウィズは少し疲れた具合を演出し、ため息交じりにそう告げたのだった。とても白々しく感じるのは、ウィズが演者であるからだろうか。




