22 姉と弟と
ウィズはフィリア一行の馬車を狙った襲撃者たちを蹴散らした。
その中でもダントツで戦闘力があったヴェルナスを逃がしてしまったことは第三者からすれば失態だが、ウィズからすればそうでもない。
それにフィリアたちを逃がすということ自体には成功している。なので良しとされるはずだ。
(まあそれはそれでいいんだが……)
ウィズは周囲を見渡す。そこにあるのは倒れている襲撃者たちとたくさんの木、そして暗闇だった。
襲撃者は無力化した。それはいい。あとで情報を聞き出せる。
けれど、今現在目の前にあるものは何もできないという現実だった。
フィリアを追うにも、ここから『アーク領』への道をウィズは知らない。恐らくフィリア達が『アーク領』についたら、事情を話してこちらに増援と移動手段を持ってきてくれるはずだ。
それまでどのくらい時間がかかるのだろうか。ウィズはため息をつく。
「う~ん……どうしよ。暇だ……」
ウィズは途方に暮れて、その場で立ち尽くしたのだった。
◇
ソニアが操縦する馬車が『アーク領』についたのは数十分後であった。
突然前方に複数の明かりが見え始め、ソニアは警戒しつつキャレッジに潜むフィリアへ告げる。
「明かりが見えますが……あれは」
「ええ、『アーク領』よ。……この気配」
キャレッジから飛び出して、フィリアは助手席に立った。そして目を細め、その先を見つめる。
「アルトか」
ぼそりと、フィリアは呼び慣れた人の名を口にした。
二人を乗せた馬車が『アーク領』へ侵入する。入ってすぐのところで、数人の人影を前にして馬車は止まった。
フィリアが馬車から飛び降り、ソニアもそれに続く。フィリアはそのまま一直線に馬に乗る銀髪の青年の前までぐいぐいと歩み寄った。
フィリアを前にすると、そのきめ細かな銀の短髪の青年は青い瞳で笑って歓迎する。
「おかえり、姉様。剣は調達できたのかい?」
「ええ。それは問題ないわ。それよりもアルト」
フィリアを姉と呼び、フィリアと同じ銀髪の青年――フィリアの弟であるアルトに、フィリアは油断ならぬ表情でそのまま告げた。
「帰る途中で何者らかに襲われた。護衛の内の一人が囮になって残ってくれている。このまま見捨てるわけにはいかないわ。すぐに増援を向かわせて。場所はそうね、子供ころ巣箱を作ったあの木の近くで――」
「ちょっと待ってくれ、姉様」
アルトはフィリアの言葉に待ったをかけた。フィリアは少しムッとしてアルトを見つめる。
今は囮に残ってくれたウィズに、一刻も早く増援を送らなければならない状況だ。
フィリアはもちろんウィズの実力を知っている。しかし事故とは常に付きまとうもの。主としてはもし万が一という状況も考えなければならないのだ。
アルトの言葉を代弁するように、その隣に仕えていた老人が口を開く。
「護衛の内の一人とは……? 護衛はそちらの方一人だけと聞いておりましたが……」
その老人――白髪に緑色の瞳をしたローデウスは身にまとった鎧をかさりと揺らしながらフィリアへと問うた。
ローデウスはアルトの付き人だ。幼少期から彼の世話をしてきた。故に今もアルトに特別忠誠を誓っており、彼の右腕として動くことが多い。
そういうことかと、フィリアはローデウスとアルトに説明した。
「『ドルチア』で会った『祝福付与者』が予想以上に強者だったから、護衛として拾ったのよ。戦闘自体は彼一人で充分だろうけれど、道案内として誰か人を向かわせないとここに辿り着けないわ」
「なるほど……」
ローデウスは納得した様子で手をポンとつく。それから乗馬しているアルトを見上げて告げた。
「アルト様。こちらから三人ほど行かせましょうか。それとも――」
「待て、ローデウス! ……姉様、その囮になったというのは『祝福付与者』なんだな?」
アルトは馬の上からローデウスに向かって手をかざして制してから、フィリアへ視線を向けて問う。
その真剣な眼差しがフィリアを見据え、フィリアは少し満足そうにうなずいた。
アルトは恐らく、囮として残したウィズがフィリアの剣を『祝福付与』する必要があることを推理したのだろう。
ウィズの存在はそういう意味でも不可欠だ。聖騎士団長の選定よりも前に、フィリアの装備を万全にしておく必要がある。
そんなウィズを囮として残したのは一見悪手だったように見えるが、ソニアでは囮として出るには力不足であった。彼女はまだ成長途中なのだ。なのでソニアは出せず、もちろんフィリアも出るわけにはいかなかった。
消去法で残ったのがウィズであり、そうするのが最善であった。
「そうか……」
フィリアの肯定にアルトは顎に手を当て、うんうんと小さくうなずく。
ウィズを迎えに行くという重要性をかみ砕いているのだろう。フィリアはちょっとは成長した弟の姿を見て、ちょっと嬉しくなって口元を緩ませた。
――が、それが杞憂だったと気付くのに、時間はかからなかった。
「くそ! 姉様たちを逃がすために一人で囮になって残っただって!? そんなんかっこよすぎるだろーー!!! しかも非戦闘者の『祝福付与者』!? 『祝福付与者』なのに戦えて、しかも姉様に強者と言われるほどの実力だって……!? そんな奴、こりゃ迎えに行かなきゃ男が廃るぜ!」
「……」
前言撤回。アルトはやっぱりアルトであったと、フィリアは再認識した。
フィリアの弟、アルトは子供のころからかなり直情的だった。そんな弟なので、もちろん『アーク家』の家訓をガン無視し、父親からは顰蹙をかっている。
しかし本人は全く気にせず、その振る舞いを積極的にやめようとはしていない。
「ローデウス! 俺は行く!」
「アルト様! 少しお待ちを……」
「愛馬『ハーリエル』よ! これは名誉のため! さあ行こうぞ!」
馬が鳴き、凄いスピードで急発進する。アルトはローデウスの制止など聞かず、そのまま『アーク領』の外へと消えていった。
「フィリア様……あの方は……」
嵐のように去って行ったアルトを前にして、あっけからんとしていたソニアがフィリアへ問う。
フィリアは頭を抱えて小さくぼやくように言った。
「愚弟よ。……ハァー。ローデウス、頼める?」
「――お任せください。アルト様の世話は、わたくしの仕事です故」
老兵ローデウスは困ったように笑って、彼も自分の馬に乗り込んだ。
そのまま彼は数人を連れて、アルトの後を追い暗闇に消えていく。
それを見送ったフィリアは見えなくなってからもう一度ため息をつくと、立ち尽くしているソニアへと優しく言ったのだった。
「私たちは先に屋敷の方へ行きましょう。……何も、あの馬鹿に付き合うことはないわ」




