12 えぐられた傷口
余裕無さげに歯を噛み締めおし黙るソニアと、腕を組んで余裕そうににやけるヒューレットとシャリリ。
その二点間にある優劣は、火を見るよりも明らかであった。
「ソニアは毎日暇そうでいいよね。こっちは忙しくて困ってるよ」
「シャリリ……ボクだって毎日修練して――」
「おいおい、嘘つきっぽい顔で嘘なんてつくなよ、バレバレだぞ。つーか便所くせぇ」
「……」
ソニアを友人と称するなら、ウィズは彼女を何らかのかたちで擁護するべきなのだろう。
しかしウィズは『友人』という言葉の意味を理解しながら意図的に履き違えていた。聞こえが良いから、『友人』という言葉を隠れ蓑にしているに過ぎない。
――ウィズにとって『友人』とは、自らに"きっかけ"を生む可能性を持つ者というだけのことだった。
なので、ソニアが言葉で殴られていようが正直あまり気にならなかった。
それよか、ウィズの視線はさっきからずっと店の中を少数人でまとまって動いている黒いフードの人間らに向いていた。
(……あの連中……いや、あの"フード"か。この感じ、『存在隠蔽』の『祝福付与』を施しているな……。通りであんなヘンテコ連中にオレ以外の人間が注目していないわけだ)
『存在隠蔽』とは、周囲の意識から自分の存在を隠すことができる『祝福付与』だ。
証拠に、ソニアやヒューレットたちを含む一般の客は、黒いフードの連中に気付いていない。
だがウィズだけは彼らに気付いており、『存在隠蔽』の効果を受けていなかった。それはウィズと魔力がほとんど一体化しているために、ウィズはちょっとやそっとの魔力由来の妨害を受け付けない体質になっているのだ。
(こんなところで『存在隠蔽』で身を隠している連中なんて、どうせロクな奴らじゃない。早々とこの場を去った方がいいな)
ウィズはそう思って、ようやくソニアの方へ意識を向けた。
「ソニア、そろそろ――」
ウィズがソニアへ語り掛けたのとほぼ同時に、ヒューレットがソニアを引っ叩いた。
「っ……!」
ソニアは頰を打たれても、反撃せずそのまま噛み締める。
反撃してこないのをいいことに、ヒューレットはさらに罵倒した。
「――そもそもお前は弁えるべきなんだよ! 父親にも捨てられた分際で、よくもまぁまだ父親の跡を継いで『未開領域探索隊』になるなんて大それたことが言えたもんだ! 才能もなければ身の程も知らない虚しい奴め」
「……父親に捨てられた?」
ピクリ、とウィズの瞼が反応する。
そんなウィズのことなど気にもせず、ヒューレットは続けた。
「未開領域探索だかで行方不明だって? お前の父のことなんて知らんが、俺はお前のことは知っている! お前は無知蒙昧で、別大陸に逃げたんだろうが!」
「それは……違う……だって……ボクは……」
口ごもるソニアへ、シャリリが追撃する。
「違くないでしょ。望み無しのアンタを前にしたら、誰だって嫌になるわよ」
「……でも、そう思われてもボクは――」
ソニアは夢を馬鹿にされたことで、初めて瞳を前に向けて二人を正面から見つめ返した。
「なんて言われようと、夢を諦めない……! 未開領域に消えた両親を、迎えに行くんだ……!」
それは強い意志がこもった瞳だった。
その気迫に不意にヒューレットとシャリリは押されたように、息を呑む。それはウィズにも見せたことがない表情だった。
「だがお前ごとき――」
それでも食い下がって言いがかりをつけようとするヒューレットだったが、その背後から何者かによって力任せに肩を引かれた。そのせいで言葉が途切れる。
後ろに倒れそうになるも、慌てて体勢を立て直すヒューレット。
体勢が安定するや否や、今度は自分の方を引いた青年――ウィズの方へガバリと向き直り、彼の胸ぐらをつかんだ。
「てめぇ一体何を――」
と、そうやって悪態をつこうとするが、ウィズの表情を見て思わず口をつぐんだ。
何故なら、ウィズは一週間前から楽しみにしてきたピクニックへ来た時のような微笑みをしていたのだから。
ガン飛ばしながら胸ぐらを掴んできてくるヒューレットに、そのような笑顔を向けるなんていうのは『不気味』の一言に限る。
胸ぐらをつかんだヒューレットはともかく、その隣にいるシャリリ、果てには二人といがみ合っていたソニアさえもがギョッとしてウィズを見つめていた。
さっきまでは罵詈雑言の場外にいたハズのウィズに、三人の視線が集まっていた。そんな中で、ウィズはそのまま笑顔で告げる。
「言葉だけじゃ、なにも解決しませんよ?」
人差し指を立てて、胸ぐらをつかまれたままでウィズは柔らかい物腰で笑う。
「言葉の証明は行動で示せますから」
笑顔のまま、淡々とウィズは言葉を放つ。
『父親にも捨てられた』。
『望み無しのアンタ』。
それらのソニアへ向けられた言葉。奇しくも、その刃はウィズ――否、『アレフ・ブレイブ』の傷口を引き裂いた。
ヒューレットとシャリリは意図せずウィズの地雷を踏んだのだ。逆鱗を踏みつけてツバを吐く行為に等しいそれらの暴言は、ウィズの闘争心を燃やす絶好の燃料だった。
「ほら、もうすぐ鳴りますよ。始まりを告げる号砲が、白黒つける絶好の機会がね」
ウィズの瞳には『存在隠蔽』が施された黒いフードを脱ぐ複数の人影が映っていた。
フードを脱いで露になった顔には、それぞれ白い仮面がかけられていた。
その集団の一人が買い物カウンターを土足で踏みしめ、その向こう側にいる店員に剣を突き立てる。
その他の仮面をかぶった人物もそれぞれ剣やら杖やらを取り出し、周囲へと向けた。
その中でより一層大きな杖を握った人物が、天井にその先を天井に向ける。
「――ご清聴願おうか!」
大声で店内に響き渡った男の声。
そして一拍遅れて、天井に向けられた杖から火炎が迸り、天井を破壊する。爆音と砂埃が巻き起こり、怒鳴り声もあってか店内が一斉にシーンと静まった。
「諸君らには結構な話だが……ここは我らが占拠した!」
そうやって宣言した仮面の集団に、ウィズは無表情で天井を仰いだ。




