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110 交差する思想

 ウィズとの模擬戦闘を終えたフィリアは、魔術師タイプを相手にした際の魔剣『フレスベルグ』の扱いについて、少しはペースが分かったのだろう。


 一応目的は遂げたようなので、フィリアに続いてウィズはそのまま魔法陣に乗って、その部屋を出た。


 『東棟』の廊下に出たものの、やはりその空間は異質であった。ヒトの知覚認識機能にこざかしいほど働きかける術式が埋め込まれているようで、気にすれば気にするほど、精神がすり減っていく気持ちになる。


「『ノルハ』の祭事……。『メストマター祝福祭』とか言ってましたよね。どんな祭りなんですか?」


 ウィズはフィリアの隣を歩きながら、疑問を口にした。ウィズに護衛の連絡を告げられた時には『祭事』としか教えられておらず、その内容が不明瞭なままであった。


 フィリアは答える。


「『メストマター』は古い言葉で『魔表の奇跡』というような意味を持つみたい。『魔法』という自然的現象に対する感謝を示し、それによって人々が受けた恩恵を大地にお返しするお祭りらしいわね」


「『魔表の奇跡』……ねぇ」


 その言葉にウィズは良い表情をしない。フィリアはそんな彼に少し怪訝そうに眉を顰める。


「……あっ、いや、すみません。『魔法』は『奇跡』なんて優しいものじゃないというか……その……」


「……」


 ウィズは少し墓穴を掘ってしまったようだ。慌てて違和感のないように言葉で返した。


 代わりとして咄嗟のことながら、ウィズは『怒りの森』の出来事の後で、フィリアに『優秀な魔術師の家系から、才能がなくて追い出された』と話したことを思い出した。


 『魔法』を『奇跡』という言葉で――例え意味合いが違っていたとしても――装飾されているのは、『魔法の才能がなかった』というただの一つの要素で勘当された者からしてみると、あまり心地の良いものではない。


 それを利用して、ウィズはその曇った表情の理由付けを行った。そしてそれはうまくいったようだった。


「……ごめん」


 しかしその効果は効きすぎた。気まずい雰囲気が流れ始め、言葉は途切れる。


 そこでウィズは吹き出した。


「冗談ですよ。知れば知るほど『魔法』は『奇跡』のようなモノだと思い知らされます」


 まさか適当に当てつけを繰り出しただけで、そこまで雰囲気が悪化するとは思っていなかった。からかいたかったつもりではないが、フィリアのそういう感受性はまるっきり『アーク家』と家訓と合っていない。


 お人よしというのか、それとも単純な優しさと表すべきか。まあどっちでも良い。ウィズのテキトウなウソに騙されて気を使っている彼女の姿は滑稽であった。


 それで少し調子に乗ったウィズは、吹き出したウィズに対しちょっと目を丸くするフィリアに続ける。


「あははは! そんな傷心してたら魔法なんて使っていられないって! そう悲しそうな顔しないでくださいよ! 面白いひとだなあ」


「なっ……! わたしはすごく心配してたのに!」


 ニコニコ笑うウィズに、フィリアは機嫌を悪くしたようでそっぽを向いた。『フィリア・アーク』を演じている時は絶対に見ることができない姿だろう。


 その姿といっても、ウィズが心配するフィリアを無碍に扱ってしまった故のものだ。これは完全にウィズが悪い。ウィズもそう思いつつ、なんだかんだ許してくれるだろうという甘えがあった。


「知ってます。ありがとうございます。フィリアさんはそういう人ですよね」


「う……。よくもそう、ぬけぬけと……」


 納得がいかないという彼女の表情に多少の羞恥が混ざる。


 実際のところ、ぬけぬけも何も、ウィズの態度は全て打算だ。自然体ではない。そう思わせようと、『ウィズ』がそういう人物であると認識させるための故意である。


「……? えっと、すみません……?」


 ウィズはそのまま、天然を演じて煮えたぎらないフィリアへ追撃を仕掛けた。フィリアはそんな彼を見るや、小さくため息をつく。


「……何でもない」


 それを見たフィリアは色々と諦めたのだろう。それ以上は言及するつもりはなさそうであった。


 その辺りで、二人はとうとう『東棟』から抜け出した。エントランス部分に出ると、フィリアは一足先に階段を上がって、まだ一階部分にいるウィズへ告げる。


「今日は助かった。まあ……ありがとう。『ノルハ』の件は頼むわ。今後のことに何か不明点があればまた来ると良い」


 淡々と告げられる『フィリア・アーク』の言葉。さっきまでとは切り替わって、そこには『アーク家』を感じさせる圧があった。


 しかしそれは、言葉尻に近づくにつれ早口になった上に、言い終わるやすぐに前を向いて早足で行ってしまった辺り、ウィズのからかいの余波はまだあるようだった。


(……ありがとう、か。おいおい)


 そんなフィリアの後ろ姿をウィズは見つめていた。


(そうちゃんとした感謝を伝えるってのは、『フィリア・アーク』としてどうなのかね)


 ――まあ関係ないことか。


 面倒な事を終えたウィズはそのまま自室への帰路についたのであった。




 ◆




「……」


 ウィズと別れたフィリアは微妙な表情で廊下歩いていた。


(慣れないなあ……。家族以外とあんな自然に会話するのは久しぶりだから……)


 ひとつ、ため息をついた。フィリアの頭はウィズとの模擬戦の経験値の自己概算と、天然ともいえる褒め言葉の受信で忙しかった。


(そういう人……か)


 フィリアは目を細める。


 ウィズの自分に対するその評価は、言わずもがな『家訓』に従っていない状態の自分のことであろう。


 しかしフィリアの行動の大半は『家訓』の下での『フィリア・アーク』であり、本当の自分で時間は少ない。


(確かに褒めてくれたのは嬉しいけど……。その『フィリア』は、本当にわたしなんだろうか……)


 現実世界のほとんどで『フィリア・アーク』として生きている自分。傍若無人な態度の自分。時間的比率からすれば、そんな自分が圧倒的大多数を占める。


(例え心が穏やかでも、過激な態度を取っていれば、それは穏やかな人じゃないよね……)


 人は人をまず態度で悟る。どんな人格か、どんな性分か。


 その態度が問題なのだ。今のフィリアはウィズの言っていたようなフィリアではない。


(『家訓』……くっ……! やっぱり、少なくても領民の人に対しては『選定式』前に……!)


 フィリアの目標。それは『家訓』の撤廃とこれまでの謝罪。謝罪程度で精算できないであろうが、まずは第一歩だ。


 しかしそれもフィリアが『アーク家』当主の座を得てからでないと難しいだろう。『選定式』前となると、その機会も――。


 フィリアは考えていた。そう、その意識は脳内の中層へ向かわせられていた。


 だから、分からなかった。


「あの、フィリア()……?」


 ふと、背後からの誰かの声で意識が外界へ再接続される。しかしながら、考え事をしていたせいで誰の声だか認識ができなかった。


 けれどもこのタイミング、つまり彼と別れたばかりのタイミングで声を掛けてきたということは、声の主はその彼である可能性が高い。不明点があれば来てくれ、みたいなことを言っておいたのだし。


「どうしたのかしら、ウィズ。例のことならもう気にしてないから大丈夫――」


 そう言って振り返った矢先にいたのは、フィリアが想定していたウィズではなかった。栗毛色の髪をした少女――ソニアであった。


 ソニアはフィリアの言葉に首を傾げる。


「え……? ウィズ、ですか?」


「あ、いや……」


 自分らしくないミスをしてしまった。困惑するソニアの前で一旦咳払いをすると、いつもの『フィリア・アーク』として口を開く。


「……考え事をしていたわ、失礼。今までウィズと行動を共にしていたのよ。さっき別れたところだから、彼が私に質問があって出戻りしてきたのかと思ったの。……何か私に用があるのかしら、ソニア」


「あ……いえ……すみません……」


「……? あ、ソニア……?」


 ソニアは何も告げずに頭を下げると、その場からそそくさと立ち去っていった。その場に残されたフィリアは立ち尽くし、彼女の背中を見つめていたのだった。



 ◆



「……」


 フィリアから去ったソニアは独りトボトボ歩いていた。


(お洋服がぼろぼろだったから、つい話しかけちゃったけど……)


 彼女は立ち止まって窓から空を見る。


「……例のこと、かぁ」


 屋敷に来てから、ある程度の時間は経ってきている。それでもソニアは、どこか孤独を感じてならなかった。


(まあ、ボクなんかよりもウィズの方が色々できるし、頼るならウィズだよね……)


 フィリアはさっきまでウィズと行動を共にしていたようだ。自分の知らないところで、二人は今後のために働いていたのだろう。


「……はぁ」


 比べても仕方がない部分はあるというのは分かっている。けれども比較対象が身近にいるのなら、否が応でもついつい比べてしまう。


「ボクは……ここでも足手まとい……なのかな」


 重い言葉をもらすソニアの瞳にはいつかの情景が浮かんでいた。


 学舎にいた時よりも少しはマシになったと思っていた。確かにあの頃の自分と比べれば大分良くなったとは思う。


 けれども学舎を出れば、周囲のレベルも変わってくる。ソニアが選んだこの環境においては、過去との比較は全く役に立たない。


 全ては周囲との相対評価。そう考えると、学舎にいた時と今の自分に、どんな違いがあるというのか。


「……弱いな、ボク」


 ぽつり。寂しい廊下で一つの言葉が消え入った。


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