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カレーのない世界

 夕食の時間よりもはるかに早い時間に、しかも一人で帰ってきた私を、エマさんが、


「ずいぶんお早いお帰りですね」


 と迎えた。


「あの、ギルバート様は?」


 当然こう聞かれるだろう。


「知らない、あんなヤツ!」


 それだけ言うと、私はさっさと自室に引きこもった。




 その後、ギルバートは連日私の元を訪れて、色んなところへ私を連れ回した。


 何でも、私の啖呵を聞いて、面白いヤツだと思ったらしい。こっちからしてみたら、鬱陶しいから放っておいて欲しいんだけど。


 でも、何度も会っているに、それほど嫌なヤツじゃないかも? と思うようになってきた。




 その日、ギルバートが私を連れて行ってくれたのは、マルシェだった。


 私のゲーム以外の趣味は『食べ歩き』だ。そんな私が食べ物がいっぱい売られているマルシェに来ているのだ。テンションが上がらないはずがない。


(夕食のデザートに果物でも買っていこうかな……)


 と果物が売られている店を物色しているときだった。私はとある店の前で足を止めた。




 その店で売られていたものは、スパイスだった。


 私は食べること全般が好きなのだが、特に好きなのはカレーだ。カレーに関して言えば、カレーが好きすぎて、家でもオリジナルのスパイスカレーを作るようになってしまったくらいだ。


 そう言えば、この世界に来てから、一度もカレーを食べたことがない。エマさんに作ってもらうか、ギルバートにカレーが食べられる店に連れて行ってもらおうと考えていた時、


「そんなところにいたのか。勝手に歩き回るから探したぞ」


 とギルバートに背後から声をかけられた。


「それ、欲しいのか?」


 ギルバートは、スパイスにくぎ付けになっている私に気がついたようだ。


「え……うん……」


 私が肯定とも否定ともつかない返事をした。


「お前、どこか悪いのか?」


「はあ?」


 ギルバートの予想外の問いかけに、私は思わず素っ頓狂な声を上げていた。


「病気? 私が? 何で?」


「だってここ、薬屋だぞ」


「薬屋? スパイス屋じゃないの!」


「スパイス?」




 ギルバートとスパイス屋こと薬屋の店主に教えてもらったことによると、この世界では、スパイスを料理に使用することは、まずあり得ないとのことだ。


 スパイスの使い道は、ほとんどが民間療法。熱湯で煎じてお茶にして飲んだりするらしい。


「じゃあ、カレーってないの?」


「カレー? 何だ、それは」


 ギルバートと店主は顔を見合わせて、首を横に振る。


「あのね、カレーって言うのは……」と私は二人にカレーについて説明をするが、二人はチンプンカンプンらしい。見ればわかる。


「まあ、とにかく、すっごくおいしい料理なのよ、カレーは」

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