四靄碧の憂鬱
碧ちゃんパート来ましたね!
「ねぬのねにーねんのになーい…ねのあなななにっののなななななーい……」
子音を全てnに変換したハミングを口ずさみながら夜道をとぼとぼ歩く碧。彼女の付けているイヤホンからは、近頃話題のポップミュージックが少し漏れ気味に流れている。コンビニのビニール袋を揺らしながら、リズミカルに足を次から次に前に進めていく。
「いや〜豊作豊作。まさか推しのイベントがやってることに気づかなかったとは〜…この私、四靄碧の一生の不覚…くっ!」
意味不明でかつ不審な独り言を呟きながら、街灯に照らされた夜道をてちてち歩く14歳女子。何も起きないはずがなく…
ふと碧の肩が、すれ違った男に当たった。しかもそいつは明らかに不良少年そのものの風貌だった。
「おいコラテメェ、どこ見てんだこのチビ」
「ふふーふーふーん♪ふーふふふふふふふふーん♪」
イヤホンの奥で発せられる声は彼女には届かない。そのまま歩みを止めない碧に不良たちは痺れを切らせて、ついに碧のイヤホンを引き抜いた。
「テメェどこにガンつけとんじゃゴルァァァァァアアア!!!!!!」
「んに゛ぃや゛ああああぁぁぁ!!!?!?!?」
イヤホンを引き抜かれた衝撃とゴロツキに絡まれた驚きで異常な奇声を上げた碧は一目散に走って逃げ出した。不良たちの手にイヤホンが握られていたため、携帯に繋がっているコードがそれを引っ張って、ついには碧の履いていたジャージのポケットからそれがポロッと落ちてしまった。碧はそれに気づかないまま、動物本能の赴くままに走り出していた。
「はぁ…はぁ…はぁ…はひ…ふっ…ふう…」
碧が駆け込んだのは路地裏。多少差し込む程度の明るさしかなく、少しばかりか悪臭もする劣悪な場所だった。
しかし彼女は不良から逃げてきた身である故、ここを動くことは出来なかった。奴らに気付かれないように呼吸を整えながら、その場をやり過ごす事だけを考えていた。
「あ…、そういえば幻夢に遅れるって連絡しなきゃ…」
碧がジャージのポケットからを弄るが、何の手触りもない。さっきまで自分の手元にあったのに…こういう種類の人間は携帯が無くなると格段に生命力が下がるという特徴があるため、携帯を亡くしたという事実そのものが碧に多大なるダメージを与えた。
「や、やべぇ…これマジでやばいやつ……」
体の震えが止まらなくなってきた。本当に不幸だな、自分は。数日ぶりの外出なのにこんな酷い仕打ちに合わされなければ行けないのか私は…と自己卑下に陥る碧。背筋が凍るような体験は今まで何回もしてきたが、ここまで絶体絶命のピンチに陥ったのは記憶にある中で数回しかない筈だったのに…
「…お腹空いたな…」
たまたま持っていたコンビニの袋を覗くと、その中に入っていたのはカップラーメン2カップとポテトチップス、そしてコーラ。
「…お湯がないからカップラーメン食べられないな…、でもまぁ背に腹はかえられない、ポテチでも食べようかな…」
ポテトチップスの袋をバリッと開けて、ポリポリ食べ始めた。本当はうちに帰ってゴロゴロゲームしながら食べるはずのポテチだったのに、と思いながらも寂しい頭とお腹を少しでも満たそうとした。
いつもは美味しいと感じるポテトチップスも逃亡劇の最中ではおちおち味わう余裕すらもない。しかし自分の欲望が、胃袋が欲しているのであれば、それを食べることを止めるという考えにはまず至らなかった。
「見つけたぞこのクソガキ…」
「え」
突然かけられたその声に、碧の体は文字通りフリーズした。
顔を上げてその声の主を見上げてみると、なんとここまで逃げ込んで来たにも関わらず、あの不良たちはここまで追いかけてきたのだ。
「あ、あ…」
碧がうろたえていると、強引に胸ぐらを掴まれた。
「おい…お前慰謝料は持ってんだろうなァ…??」
「え…いいいいしゃりょう…???」
「金出せっつってるんだよ金をよォ!!!」
「びひぇええええ!!!!!!」
恐怖により意識を失いかける碧。白目を剥いて、まるで魂が抜けたように全身の力が抜けていく。
あぁ自分ももはやこれまでか…死ぬ前に…推しとデートしたかったな…格ゲー大会で世界狙いたかったな…走馬灯のように自分の記憶がグルグル思い出させられる。
もう私はここで死んで生まれ変わろう。美少女か美男子になって、めちゃくちゃお金持ちで、友達や恋人に恵まれた家庭に転生して…ステータス全部カンストしてて、文明持ち込んで異世界の人たちに驚かれ称えられて…魔王ワンパンして「また俺なんかやっちゃいました?www」って絶対言ってやろうかな、もし、もし異世界転生したら…
こんな時にまでこんなつまらないことを考えている自分が悲しくてしょうがない。しかしもう自分の人生に悔いはない。あとは任せたよ、幻夢、怜虹、ラベンダー、そして瞹ちゃ…………
「待ておめェらァ!!!!!!」
勇敢な青年の声が聞こえた。こちらもまた違う不良メンバーの一人と思いきや…学ランはぴちっと下から上までボタンを止めているし、髪も染めてない。不良たちは振り向いて「なんだてめェ!?」と口々に言う。
「その女の子に手ェ出しやがったらテメェら病院送りじゃ済まさねぇぞコラ!!!!」
「なんだとこいつ生意気なッ…俺たちを怒らせたらどうなるか解らせてやらァ!!!!!」
青年の武器は、なんと木の枝1本。枝先に着いた葉っぱ1枚がひらひらと雅に靡いている。
「死なないでくださいねそこの女の子!俺が絶対あなたを守り抜くから!」
「けッ!お前その枝1本で何とかしようと思ってるようだが、俺たちァここの辺りでは死の拳と恐れられてる筋金入りのステゴロだぜ?武器があろうが無かろうが俺には関係ねえんだよォ!!!このヒーロー気取りの偽善者がぁ!!!!!」
「か弱い女性に手を出そうなどと…男として見苦しい!ここでお前らに俺の正義を叩き込んでやらァ!!!」
学ランは枝を後ろに構えて戦闘態勢をとる。そこに男たちが飛びかかっていく。しかし学ランは寸分の焦りも見せず、一瞬の隙も与えずに的確に薙ぎ倒していく。まるで無駄な動きがない、ただ殴り合いをやって来ただけの奴らとは格段に違う、プロの立ち回りをしていた。
学ランの男は一瞬で周りの不良たちを倒してしまい、碧の安否を確認する。
「大丈夫ですか!?気を確かにしてください!もう奴らはいませんから!」
「へ…?は…はひ…」
虚ろ虚ろとした意識の中で辛うじて返事をする。体を揺さぶって気を戻そうとするが、強烈な精神的ショックを受けているようでもう一人で歩けるような状況ではなかった。
「大変だ、このままお家まで連れて帰ります!案内して頂いてもよろしいでしょうか!?」
「あ、はい…よろしくお願いします…」
「分かりました!」
そういうと学ランの男は碧をひょいっと抱き上げ、お姫様抱っこで道を歩き出した。碧は顔から火がでそうなくらい恥ずかしい思いをしたが、まぁこれもいいかとふわふわとした意識の中で帰路へと向かい始めた。
コンコン。
「はーい」
「夜分遅くに失礼致します!この子が襲われて危なかったので私が助けてここまで運んできました!この女の子は怪我をしていませんが強いショックを受けているようで意識がほぼ無いようです!」
「あ、あぁそれはどうも…」
幻夢が突然の来客とその見た目に反して誠実すぎる態度に戸惑いを隠せないでいる。
「それはそうと、ついでになって申し訳ないですがもう一つ要件がありまして!私はあなた達に一つ挨拶をしに参りました!」
アレ…何かしたっけ…?と幻夢はまた戸惑う。怜虹が碧のことが心配で玄関まで来たところで彼はこう言った。
「明日より『ソルジャー日本部隊 先鋭』に入る事になりました、鬼重院 楓丸と申します!これから何卒よろしくお願い致します!!!!!!」
読んで頂きありがとうございました
「先鋭」を名乗る鬼重院楓丸、一体何者なのだろうか…!?次回もお楽しみに!(しないでね)