執念からの解放
不定期更新が続きます
コロナ休みを利用してどんどん進めたいですね
男が振り向くと、そこには少女の首を掴んでいた大男よりも一回り大きい青年が立っていた。
「な、なんだてめぇ!!」
「…その言葉、そっくりそのまま返すぜ。ゲス野郎が」
一瞬、青年の腕が橙色に光ったと思えば、目にも止まらぬような速さで大男の頭に強烈な一撃が放たれた。
少女を掴んでいた腕は離されて、落下していくのをまた別の青年が受け止める。
「怜虹…お前、分かってるだろうが、殺すことが任務じゃないぞ」
「わーってるよ、いちいち言わせんな。幻夢」
怜虹の放った攻撃はあの悪魔にとって強大なダメージを与えていたようで、相手の足元はグラグラしていた。
しかし大男は強く地を踏んで持ち堪える。
「怜虹、次の攻撃が来る、一旦引け!」
二人は咄嗟に一歩後方に引く。幻夢の読み通り、大男の不意を突いたような速さの腕の振り払いを躱す。
「チッ…躱されたか」
「怜虹、こいつは任せた。瞹をラベンダーの所へ連れていく、持ちこたえてくれ」
「おう」
幻夢は攻撃を躱したときの重心の傾きを使って2回目のバックステップ、大きく後ろに跳んで退いた。
「オォラァ!!!!!」
怜虹と男の拳がぶつかり合う。お互いの力は互角のようで、同じ距離に弾き飛ばされた。
「お前やるじゃねえか…ならこれはどうだ!」
男が腕を後ろに向け、勢いをつけて前面に振りかぶった。さっきまで岩のように膨れ上がっていた腕が今度は鞭のように伸び、怜虹に殴りかかる。遠心力を応用した手刀だ。
怜虹は両腕でその攻撃を受けるが、勢いのついた手刀はさすがに鍛えられた怜虹の体にも堪えた。
その傍ら、幻夢は瞹という名の少女を抱えて奥の紫の長髪少女の所へ連れていく。
「ひゅ…ひゅぅ…げほ!、っごほっ!…がはっ!!!」
血を吐きながら嘔吐く瞹を見て焦る幻夢。
「喉がやられてるようだがまだ致死傷ではない。ラベンダー、治癒を急いでくれ!」
「分かった。瞹ちゃん大丈夫だからね…お姉ちゃんが治してあげるからね」
ラベンダーが瞹の喉元に手をかざす。すると手が紫色に光り、紫色の泡が膨らみ始めた。
するとさっきまで苦しそうに悶えていた瞹が落ち着きを取り戻し、不安定だった呼吸も落ち着いてきた。
「よかった…でももう少し治癒と心傷ケアが必要みたい」
「そうか、そっちは頼んだぞ」
片膝を立てて瞹の様子を見守っていた幻夢はおもむろに立ち上がり、振り向いて男の方へと向かう。
「幻夢!」
ラベンダーが呼び止めた。後ろを振り向かないまま立ち止まる幻夢。
「無事に…帰ってきてね、約束」
「ああ、いつもの約束だな」
幻夢は走り去っていく。ラベンダーは手に全集中を込めながら、その背中を眺めていた。
幻夢が戻ると、パンチのラッシュを躱すのに精一杯な怜虹の姿があった。
「おい幻夢!お前おせぇんだよ増援がよ!」
「知るか…!というかそんなことバラすな!折角の奇襲のチャンスを……」
男が黒光る目を睨みつかせて幻夢の方を振り向く。
「やはりこいつ、悪魔か…」
「お前はこいつに比べて細いな…ならこいつから片付けることにする!!!!!」
怜虹への攻撃の手を止めて、男は幻夢に飛びかかってきた。幻夢はそれを身軽に躱し、距離を取るように走り出した。男はそれを追うように走り、互いに平行移動するように円を描きながら距離を詰め合う。
幻夢は男の鞭のような伸びる腕の殴打攻撃を受け流しながら、攻撃の隙を伺っている。
「チッ…こいつチョロチョロと…!!ならこれはどうだ!!!!!」
男は腕をゴムのように伸ばして、幻夢の方へ薙ぎ払いの攻撃をした。
「幻夢アレはまずい!奴の腕の伸びた長さはその攻撃の威力とスピードに比例するぞ!」
フヒュン!!!という風切り音を鳴らしながらその攻撃は幻夢の方へ走っていく。その速さはまるで車のような、目にも止まらぬスピードを出していた。
しかし、幻夢はその攻撃を見向きもせず、バク宙で華麗に躱した。
「…ハハ、やるじゃねえか小僧……この攻撃を無事に避けたのは褒めてやろう。お前の強い証拠だ」
男は伸びた腕を元に戻し、大きく後ろに跳んだ。
「だがなァ!!!お前はこの攻撃で死ぬ!!!なぜならこの攻撃スピードは時速200キロ近くまで加速する俺の最大級の必殺技だからなァ!!!!!」
跳躍後、男はまたもや腕を伸ばし、幻夢の後ろの両端にある手すりに手をかけ、まるでゴムのようにその腕を縮ませて幻夢の方へと飛び込んだ。そしてその腕をまた岩のように硬質化させ、両手を組み合わせて振りかぶる。
「喰らえ俺の必殺、モーニングメテオ!!!!!」
「幻夢ーーーーー!!!」
ドゴォン!!!!!
爆音が響き、衝撃で地が揺れる。その攻撃はまるでパチンコで岩を撃ったような威力で、その周りの物体はもれなく跡形もなく崩れ去っていった。
「幻夢っっっ!!!」
怜虹は叫ぶが返事は返ってこない。もはやこれまでか…そう思った時だった。
「ぐうぉあああああああああぁぁぁ!!!!」
さっきまで威勢の良かった男の、痛々しい叫び声が響いた。もくもく煙る砂煙からは、両腕を落とされた男が見えた。
「な、何が起きて…」
怜虹があっけらかんと眺めていると、蹲る男の背後に幻夢が立っているのが見えた。
幻夢は男の方を見ないまま、蔑むように冷淡に言った。
「お前…、『何を見ているんだ?』」
「…貴様ァァァァァァ!!!!!」
男は瞬時に腕を修復し、またもや黒く硬質化させて振り向きもしない幻夢に怒りを吐き出した。そして大きくその腕を振りかざして幻夢に渾身の一撃を放とうとする。
「お前みたいな…お前らみたいな人間さえ死ねば!!!我が子の無念は晴らされる!!!俺もそれで救われる!!!なのに貴様ら人間はその思いを踏みにじりやがって!!!お前らはこの世に必要のない存在なんだよォオオオ!!!!!」
「…お前の『防衛欲』は視えた。『非難・軽視から自己を守る』、『また自己正当化を行う欲求』…お前の欲に塗れたその無念を、今解き放ってやろう」
幻夢の手から緑色の光が出る。その光は長細く伸び、刀の形へと変化した。その光剣を握り、振り向き様に彼はこう言い放った。
「『アイ 解放』、……『六根清浄の業風』」
一瞬、よりも短い時が流れた。
その瞬きの内に、幻夢はその刀を高速で振り払い、悪魔の首を斬り落とした。
速さに関しては、周りで流れている時間とは次元の違う、無限に無に近く短い時の世界が流れ、その剣が振りかぶられるのを見たものは誰もいない。
幻夢の白くなった目はだんだん黒に戻り、すっかり元の色に戻った。
「こいつに取り憑いていた欲は今俺が断ち斬った…闇は晴れ、光が戻ることを俺は祈る」
幻夢は怜虹の方を向き、手に取っていた光剣を振り落とす。光剣は溶けるように消えていった。
読んで頂きありがとうございました
やはり戦闘シーンは難しい……でもちゃんと着地できてよかった