今を、未来を、守る
いや疲れた〜〜〜
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「…ごめん、重いよね…私、一人で歩けないから……」
「気にしないで。これぐらい別にどうってことないから」
「…ありがとう、幻夢くんは優しいね」
あの帰り道。俺はラベンダーを背負って、いつもは一人で歩く道を二人で歩いていた。彼女の長い長い髪の毛がふさふさうなじや足元に当たってくすぐったい。
あの時は、ラベンダーはすごく痩せていて、背負っていることはそんなに苦ではなかった。むしろ、一つ何か彼女のためにしてあげられることをしていた、という事実だけで気が軽くなった気がした。
「見てあの子…すごく汚い服。ずっと山の中にいたんだってね。髪の毛もボサボサだし」
「それに、あの連れてる子よ。あの子もしかして施設の子じゃない?出歩くのも物騒だからやめて欲しいわね…」
俺は思わず立ち止まって、声のする方を振り返った。
「げ、幻夢くん…!?」
「お前ら、何でそんな人の事を悪く言うんだよ!この子の痛みも苦しみも何も知らないくせに!…俺の事はいくらでも悪く言っていい…だけど、この子の悪口だけは絶対に口にするな!」
陰口を叩いていた人たちは罰が悪くなったようでそそくさとどこかへ立ち去っていった。興奮して息を荒らげてしまったので、少し深呼吸をしてからまたずんずん歩き出した。
「幻夢くん、しょうがないよ。そういうこと言われるのは…それに、幻夢くん、…どうして、そんなに自分を投げ出してまで、こんな私を庇ってくれるのかなぁ…」
ラベンダーが心配そうに、見えないはずの俺の顔色を覗き込みながら気遣いの言葉をかける。
俺は、振り返らないまま、強い声でラベンダーにこう言った。
「優しいからじゃない。俺は、強いから」
「えっ…?」
「男ってのは女を守るために強くなるんだ。君が傷つくぐらいなら、俺がいくらだって身代わりになってやるさ」
俺の真っ直ぐ見据えた視線の先には、煌々と光る太陽があった。
「………幻夢くん、どうしてそこまで…」
ラベンダーは俺の肩をぎゅっと握った。
「……なぁ、俺、決めたんだ。男として、君を守るって。どこまで行っても、必ず君のところに帰る。そうやって自分に約束した」
「約束…?」
「そう、約束」
だんだん夕日が目の前で沈んでいき、空がだんだん赤に染まっていくのが見えた。5時を示す夕方のパンザーマストが至る所から聞こえてきて、子供たちに早く帰れと急がせるように促している。
「ねぇ、幻夢くん…それ、」
「それ?」
「私を守ってくれるって、絶対帰ってくるって…それ、『私にも』、約束してくれる…、かな?」
ラベンダーの声は震えていた。そして、少しの呼吸の乱れも、胸のドクドク脈打つ音も伝わって感じ取れるくらい、彼女の緊張は俺にも伝わっていた。
…もちろん、俺は笑って答えた。
「うん、約束する!そういや、よく考えたらそれ本当は君にしなきゃいけない約束だったんだよな!」
「うん、そう、だよね…」
「ふ、ふふ…あはは…!!」
俺は何故か面白くって笑いが漏れてしまった。
「ど、どうしたの…??何かおかしかったかな…??」
「い、いや、流石に当たり前過ぎてちょっと面白くなって…!!あはは…!!」
「ふ、ふふ。なにそれ、あはは」
オレンジ色の陽の光に照らされて、俺たちは太陽よりも明るく、大きく笑い合った。
ラベンダーとの約束。彼女を守るって約束。
俺はこの約束を死んでも守り抜くって、自分に、あの日の太陽に、その日の夜の星々に、そしてラベンダー、彼女にも。「確かに」誓ったのだ。
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俺は、夜の道を歩いていた。
街灯の冷たいスポットライトを通ると、自分の影がどんどん後ろに伸びていくのを感じる。
今日はなんだか足取りが重くて、中々家に帰りたいと思う気が起きない。なぜ俺がこんな夜中に外を出歩いているのかと言うと…事の発端は、数時間前の事だった。
俺には妹がいる。志選という名前の、可愛らしい妹。家が貧しくて、親父がいつも乱暴したりで散々な生活に窮屈するけど、そんな生活の唯一の支えが彼女だった。志選は俺とどんな事も一緒に支え合ってきた大事な妹だ。
けど、今日は生まれて初めて、妹と喧嘩をした。
「兄ぃは可愛いと思わないの!?このヘアゴム」
「いや可愛いよ、可愛いけどさ!俺は志選が勝手に外に出てたことが心配でしょうが無いんだよ…!」
数時間前、志選は髪の毛をビー玉つきのヘアゴムで縛った姿で俺の前に現れた。けど、家にそんなめぼしいものは無く、彼女がこのヘアゴムを手に入れるために外に出た、と俺は思って彼女を詰問した。
「なんで!?志選、髪の毛縛っちゃいけないの!?」
「だから、とにかく今は髪の毛縛るのやめろ…!志選、お前が外に行ったの親父にバレたらどうすんだよ…!?」
「……しらない、」
「…志選?」
「兄ぃなんて知らない!兄ぃ、私の事何にも分かってくれない…もう嫌い!!」
志選は立ち上がって、どこかへ駆け出して行ってしまった。
「お、おい、志選!外に行くな!戻ってこい!」
俺は志選を呼び止めたが、志選は聞く耳を持たず、玄関のドアを勢いよくバタンッと閉めて外に出て行ってしまった。
…結局、小一時間ぐらい志選の名前を呼びながら探したけど、志選の姿形も見つからなかった。仕方なく帰ろうとしたけど、俺は立ち止まる。
「…そういえば、今日は志選の誕生日だったな」
今まで外に出させて貰えなかったし、親父が俺や妹に何かプレゼントをやるなんて行為も一切無かったから、せっかくだし何か買ってやろうと思って、こっそり自販機の底に手を突っ込んだ。
出てきたのは、500円玉。これはラッキー。俺と志選、両方の飲み物が買える。帰って、妹と仲直りしたらこっそり一緒に飲もう。そう思って俺は大事な、大事な500円玉を自販機に投入した。
「…ただいまー、あれ、志選帰ってきてたのか」
志選の靴があって、俺は少しほっとした。でも、玄関の縁の向こうには、点々と血が落ちていた。…2回も勝手に外に出たんだから、相当怒られたんだろうな、と思って俺は家に上がろうとした。しかし、
「……ちょっと待て、何か焦げ臭くないか…!?」
玄関の縁を登った瞬間、鼻にツンときた焦げ臭い匂い。まさか志選、火にでも炙られてるんじゃないのか…!?俺は靴を勢いよく脱ぎ捨てて、飲み物の缶をゴロゴロ落としながら廊下を通って突き当たりにある台所を見た。
「…………志選?」
俺が見たのは、倒れた親父と、その上に乗っかっている黒い何か。いや、あれは志選か!?確かに姿形は志選だ。けど、全身が真っ黒に変色している。志選の周りには稲妻が流れるのが見えて、彼女の周りの家具や床、壁は真っ黒焦げになってしまっていた。
俺は後ずさりした。その時テレビから「…えー、先日事件があった悪魔についてですが…」と聞こえてくる。外に出てなかったせいで知らなかった、出会うと思ってなかったが、そのテレビの声を聞いて俺は衝撃の事実を目撃した。
「…俺の妹は、悪魔になってしまった」
志選…だったもの、が、振り向いて俺の方を見た。もう彼女の顔は跡形もなく真っ黒で、左眼の水色だけが睨むように光っていた。俺は怖くなって、一目散に家を出た。まさか志選があんな化物に成り果ててしまうなんて。
…あの後、志選がどうなったかは俺は知らない。ソルジャーに狩られて、もうこの世にはいないかもしれない。俺は、妹を守れなかった、弱虫で最低の兄だ。あの時こうしてたら。あの時ああしてたら、妹を救えたかもしれない。俺は後悔ばかりしていた。けどそれも虚しかった。
あの後、俺は施設に入って安全なところに身を置くことになった。けど、あの妹のことがまだ気がかりで未練があるような気がする。
それから俺はソルジャーになることを決めた。
誰でもいい。志選の代わりといえば彼女に申し訳ないけど、誰かの未来を守るために、不幸せな人がいなくなるように、俺は強くなる。俺の希望に火が灯ったような気がしたのは、それからだった。
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「俺は約束を破らない…絶対にだ、俺の体が散り散りになったとしても…俺はラベンダー、そして俺の大切な仲間を、命をかけて守る!!!」
「ここで俺が頑張ったところで、犯した罪は拭えねぇ…けどよ、もう二度と同じ後悔はしねぇぜ。…憎しみを喰らえ、希望を燃やせ…!こんな所でくたばってたまるかよ!!!」
二人の左目が光る。周りの空気が膨張し、ベアルとスクラーヴ、そして悪魔の軍隊たちはその覇気によって遠くに吹き飛ばされた。
「ぐっ!!!貴様らァ…!!!」
「がっ、ゴミ虫が……今度こそ八つ裂きにしてやる!!!」
「『烽火連天の憎喰』………幻夢、まさかとは思うが、お前死んでんじゃねえだろうな?」
「『六根清浄の業風』………それはお互い様だな」
「「『アイ………、解放』!!!!!!」」
読んで頂きありがとうございました
まじで回想シーン何回も書き直してやっと数日ぶりの投稿にこぎ着くことが出来ましたねー…ちょっと長くなってしまいましたがまぁ最初に断っておいたのでだいじょうぶですよね?
次回からは反撃開始です!乞うご期待!(しないでね)
☆Babyfaced Rumors
「ラベンダーが改名する前の名前は、「玉蜜 薫衣奈」ちゃんだったそうです!ストーリー上覚えとしても何もありませんが可愛い名前ですね!それではまた!」