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Ep.4 似た者同士?

「まぁ、イグニス殿下が公爵家にわざわざいらっしゃるんですか?」


「えぇそうなの。だから一応、最低限はおもてなしの用意をしておいて貰える?」


 翌朝、カナリアはいつも通り起こしにきてくれた五つ年上の専属侍女・マーガレットに昨晩の出来事を話した。

 カナリアお気に入りのアッサムミルクティーを淹れながら事の顛末を聞いたマーガレットが『あらあら』と口元に手を当てる。


「貴族嫌いでいくら誘われようと滅多に他家に訪れないと評判のイグニス様が直々にお嬢様に会うために公爵家まで足を運ばれるだなんて……。お嬢様ったら、リヒト様と言うものがありながら不貞はいけませんよ」


「違うわよ!夕べは本当に大変だったんだから、もーっ!」


「ふふ、冗談です。本当に災難でしたね。さ、ミルクティーをどうぞ。本日は特別にクリーム割り増しで甘~くしてありますからね」


 よしよし、とマーガレットに頭を撫でられ、差し出されたカップに口をつける。柔らかな甘さがじんわり染み渡って、ちょっとだけ気持ちが落ち着いた。


「それにしても、イグニス様がお嬢様に婚約破棄を強要しようとするほどリヒト様に屈折した愛情をお持ちだとは存じませんでした。世間では、殿下お二人の仲の悪さは有名ですものね」


「そうねぇ、憎さ余って可愛さ100倍って感じなのかしらね。実際話してみたらすっごく残念な性格されてたわ、イグニス様」


「あらぁ、せっかく絶世の美男子なのに勿体ないですわねぇ。ですがお嬢様、いくら残念でも王子様なんですし、頬面を扇で張り倒したのは流石に……」


「わかってる、わかってるわ、やりすぎだったって言いたいんでしょ。皆まで言わないで頂戴、自覚はしてるから!!あぁ、今日の勝負、負けちゃったらどうしよう。不敬罪で斬首なんて、ゲームのバッドエンドの比じゃないわよ……!」


 頭を抱えて枕に突っ伏したカナリアを見て、『ゲーム?』と首をかしげつつマーガレットは苦笑を浮かべる。


 ここ数年、淑女として常に正しくあらなければとカナリアは生家であるバーナード家の中ですら感情をあまり態度に出さないように振る舞っていた。幼い頃、人買に売られそうになっていた所をカナリアに救われて以来ずっと彼女に仕えてきたマーガレットは、リヒトの前ですら人形のように“完璧な淑女”でいるカナリアのその変化を心配していたのだ。


(こんなに表情豊かなお嬢様は、久しぶりに見たわね……)


 そうクスリと笑い、マーガレットが閉められていたカーテンを開く。外には、カナリアの心中とは真逆の爽やかな青空が広がっていた。


「さぁ、お着替えしましょうお嬢様!大丈夫です、何も嘆くことはありませんわ」


「もうマーガレットったら、他人事だと思って軽いんだから」


「だって、私達のお嬢様が負けるわけがございませんもの」


「ーっ!」


「お嬢様がどれだけ努力家なのかは、私達が一番存じています。だから大丈夫です、お嬢様は絶対勝ちます!」


 目を見開いたカナリアに新品のドレスを着せた後、ぐっと拳を握りしめたマーガレットは笑って言い切った。


「そっか……、そうよね。あんな残念な暴走王子に私が負けるわけが無いわよね!こてんぱんにしてやれば良いだけの話だわ!!ありがとう、マーガレット!」


 マーガレットの激励であっという間に復活したカナリアが立ち上がったのと同時に、廊下がバタバタと騒がしくなった。何事かと、カナリアはマーガレットと顔を見合わせる。


「カナリア嬢の部屋はここだな!?」


「さ、左様ですがお嬢様のお部屋に勝手に入られては困ります!お待ちくださいイグニス様!!あぁぁぁぁっ!」


 大慌てな侍女の声にまさか、と思ったときには遅かった。

 バーンッと勢いよく開いた扉の向こうでふんぞり返っているイグニスの姿に頭が痛くなる。


「さぁカナリア嬢、来たぞ!早速勝負だ!!」


「えぇ、お待ちしておりましたわイグニス様。ですが、レディの私室に殿方が許可もなく強行されるだなんてマナーがなっていないのではなくて?」


「ふん、案ずるな。私は端から貴方を異性として見ていない!!リヒトに優しく扱われているからといって、自意識過剰なのではないか?」


(はぁ!?なんっだこの男!あんたが構わなくてもこっちが構うわ!!)


 まだ15歳だからギリギリ、そう。本当にギリっっっギリ許される範囲だが、それにしたって紳士であるべき王子の行動じゃないだろうと怒りが込み上げる。


(……決めた。こいつ絶対泣かす!!) 


「さぁ勝負といこうじゃないか、なんでも構わんぞ!どうせ私が勝つからな!」


「あら、そのお言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ!」


「なんだと!!?」


「何よ!!」


 睨みあったイグニスの紫紺色の瞳とカナリアの翡翠の瞳の間にバチバチバチと火花が飛び散る中、バーナード家のベテラン執事が至って冷静に『種目は来賓用の広間と中庭にてご用意が整っております』と告げる。

 それを聞くが早いか、先に走り出したのはイグニスだった。


「あっ、ちょっと!!」


「ははははっ、勝負はもう始まっているぞカナリア嬢!先に勝負の舞台に着くのは私だ!」


「こんの卑怯もの……!お待ちなさい、負けませんわよ!!」


「お嬢様、ご武運を!!!」


 イグニスを追いかけ飛び出していくカナリアにマーガレットがそう叫ぶと、彼女はにこっと一瞬笑顔で振り向いてから走り去っていった。

 嵐が去った主人の部屋を改めて整えながら、マーガレットがポツリと呟く。


「お嬢様とイグニス様、実は本質が似てるんじゃないかしら……なんて言ったら、お嬢様きっと怒るだろうなぁ」


 そのマーガレットの勘が実は中々的を得ていることを、カナリアとイグニスはまだ知らない。






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