後悔の少女
前回に引き続き、今回も少女目線の回です。
(昨日は全く眠れなかった・・・。)
寝ている間も無意識に周囲を警戒するため、ほとんどぐっすり眠ることのない少女。もちろん寝ること自体、数週間ほどしなくても平気な身体ではあるはずなのだが、今日に限ってはそうでもなかった。
(だるい・・・、魔力も枯渇してないのに、身体が重い・・・。)
いつも以上に重い瞼をこじ開け、日課の鍛錬を行う。愛用している大鎌の柄を模した棍棒のような物を、縦横無尽に振り回す。
凄まじい速度で移動しつつ棍棒を振り回すが、その動きにいつものような『キレ』はなかった。
昨晩の事を考えないようにと思いっきり動き回ったが、いくらやっても吹っ切れることはできない。
(あの子に・・・・、アイツと同じことを・・・・。)
私と同じように、辛い思いをさせてしまう・・・。
何故だか私は、
《奴らと同じことをした》という事実よりも、
《あの子に許されないことをしてしまった》事の方が何倍も辛かった。
《仇として殺されるかもしれない》なんて心配よりも、
《あの子に恨まれるかもしれない》事の方が何倍も怖かった。
気付けば視界は霞んでいた。静かに動きを止め、涙を拭う。
自分には何ができるだろうか。全てを打ち明け、素直に殺されるのがいいのだろうか。いや、そんなのは自己満足だ。あの子には何もしてあげられていない。
(なら黙って過ごす? ・・・いや、あの子にはホントの事、知る権利がある。)
俯き、考える。幼竜に自分を重ねていたのかもしれない。ただ、自分と同じような思いはさせたくない一心だった。
しばらくの間悶々としていたが、一向にいい考えは浮かばなかった。
萎えてしまった少女は鍛錬をする気にもなれず野営地に戻ろうとしたとき、不意にとある気配がして立ち止まった。
(幼竜が、起きた?)
今まで片時も探知を怠っていなかった幼竜の気配が動いた。少し頭が上がっただけの微々たる変化だったが、たったそれだけでも彼女が幼竜の状態を把握するには十分だった。
(何を探してるんだろう?)
朝に鍛錬をしていることはあの子も知っているから、少なくとも自分じゃない。・・・と思う。
一応自分の気配を消しておきつつ、幼竜の視界に入らないように森の中を迂回する。
移動している間、あの子は幾度となく気配を探っていた。
それにしても、竜とはいえ幼いはずのあの子は、どうしてああも容易く魔力を使いこなせているのだろう。
あの子は、種族的な事を無しにしても異常だ。幼いはずなのに、もう何年も生きているみたいに落ち着いていて頭が回る。それなのに、おかしなところで驚いたり首を傾げたりする。本当に不思議だ。
だけど、そんなところも可愛いんだ。外見もそうだけど、頭が良いし、優しいし―・・・・
・・・・―そっか。私はそんなあの子が、とっても大事なんだ。
気付けば幼竜の真後ろにいた少女は、目の前の幼竜を抱きしめていた。
「キュ!? キュウ!!」
いきなりの事に驚いたのか大きく身体を震わせ、叫びにも似た鳴き声を発した。
「起きた・・・?」
「キュ! キュウ!!」
何を伝えようとしているのか、幼竜は少女の腕の中でもがきながら必死に鳴き始めた。
「・・・お腹、空いたの?」
怒っているとは微塵も考えていない少女は、それから暫くの間自分のことを無視し続ける不機嫌な幼竜に、首を傾げる事しかできなかった。
しばらくして、私は自分がまだ身体を洗っていないことに気が付いた。
奴らを討つまでは気にしてすらいなかった事だった。こんなことを気にするようになったのも、この子の影響なのかな?
「一緒に来る・・・?」
試しにそう聞いてみた。今だほとぼりの冷めていない幼竜は、案の定そっぽを向いてしまう。
幼竜もまた、たまに清流で身体を清めたりはするが、何故か私と一緒に来ることは嫌がる。無理やり連れて行く気はないが、いつか一緒にそういうことが出来れば良いなと思う。
「いつか・・・か。」
・・・・そんな『いつか』なんて、来ないだろう。
歩きながら呟くも、同時に内心では自嘲気味にそんなことを言っていた。
特に何事もなく川へとたどり着く。
流れの穏やかな場所を見つけると、おもむろに服を脱いで川の中へと足を踏み入れた。
浅瀬に座り込み川の冷たい水をすくうと、ベタベタとしていた身体に掛ける。肩や背中、腕などの汗を一通り流すと、次はその澄んだ水を頭に浴びた。
大きな水しぶきは頭を濡らすと共に、頭の中で淀んでいた薄暗い何かを、綺麗に洗い流してくれた。
視界や音、水の触感や冷たさまでもクリアに感じる。
一瞬、自分が何を考えていたのか分からなくなるほど、頭が真っ白になったが、それも徐々に戻っていってしまった。
再び、黒雲のような何かが立ち込める。
しかし、今の少女にはそれを取り払おうとする気力すら、萎えてしまっていた。
なけなしの抵抗なのか二度三度と頭に水を被るが、頭の中が再びリセットされることはない。
力なく項垂れる。
(私はどうすればいい?)
その問いに答えを返してくれる自分はいない。
(あの子なら、答えられるのかな)
本人に聞いてしまっては元も子もない話だが、頭のいいあの子ならきっと答えが出せるのだろう、そんな確信があった。
幼竜の話題が出たところで、ふと気づく。
「・・・・あれ、幼竜は・・・どこ?」
ずっと気配をマークしていたはずの幼竜が、いつの間にか消えている。
「逃げたのかな。」
そんなこと嫌なはずなのに、それを望んでいる自分もいた。
幼竜を探そうにも、身体の中の魔力が乱れて上手く操れない。身体の外に出そうとするも、空気に溶けていくかのようにして消えてしまう。
気付けば川の水に混じって、自分の頬に熱い一筋の涙が流れていた。もはや拭う気すら起きない。
眼頭は熱いのに、体は凍るように寒い。少女は川の浅瀬で立ち尽くしたまま、動かなくなってしまった。
(あの子がいれば・・・・抱いていれば、温かいだろうな・・・。)
悲しいのか寒いのか、それとも寂しいのだろうか。とにかく幼竜に会いたい一心だったが。その想いとは裏腹に、心身ともに凍りついた私は、その場から一歩も動けなかった。
《刹那》
馴染みのある気配に驚く。
気のせいだろうか。・・・・いいや、確かに感じた。
魔法じゃない、ただの第六感だけど、今だけは『絶対』と言い切れる。
そしてまた、《刹那》
突如、その気配が凄まじい速度で迫ってくる。
掴みたい。抱きしめたい。手だけでもいい―・・・・『動け』!!
ピシッ!!
気付けば、私は両手でしっかりと幼竜を掴んでいた。横方向に加わる圧力もお構いなしに、しっかりと。
「・・・ギュ!」
それと同時に、幼竜から呻きにも似た声が聞こえる。
それを掴んだ当の本人である少女も、今の状況に困惑していた。まさか本当に掴めるなんて思ってなかった、・・・ということもあったが、それ以前に捕まえた先の事を全く考えていなかったのだ。
「・・・キミ。」
何を言おう。傍にいてよかった? 一緒に居たかった?
こんな顔でそんなこと言えるわけないし、そんな気分でもない。
・・・でも、まだ本当の事は伝えたくない。この関係を壊したくない。
・・・この温もりを離したくない。
「・・・キミは、・・・キミはきっと、私を恨む。・・・いや、恨んでる。」
また逃げるのか。本当の事を伝えずに問うのか。きっと何も分かっていないこの子に、隠すのか。
イヤだ、隠したくない。・・・・でも、伝えたくない。
俯き、黙り込む。本当は伝えたいことが、喉から先に出ようとしなかった。
いつもは簡単に曲がる腕が、幼竜を抱かせまいとそれを拒む。幼竜との距離が、今は無性に遠く感じた。
「・・・キュゥ、・・・キュゥ、」
何を言われているのか、今の状況が全く分かっていないはずなのに、私の手から逃げるどころか、私を慰めてくれる幼竜。
その温もりに、癒されていたい。無意識に、私は幼竜を胸に抱いた。
「ごめんね・・・、ごめん・・ね・・。」
私はきっと、この子に、この優しさに、甘えているんだ。
伝えなきゃいけない。この子には、私の口から言わなきゃいけないんだ。
「・・・まだ、分からないよね・・・。
・・・・もう少しだけ、このままでいさせて。」
これが今の私が言える、精一杯の言葉だった。
前回は、六話の『抱えこむ物』
今回は、七話の『涙』
に対応した話となっていました。
何だかマンネリ化していたような気がしなくもないですが・・・
次回からは、また主人公目線に戻ります。今後ともよろしくお願いいたします。