抱擁と思い
今回はいつにも増して色々と酷いです。
ニュアンスで感じ取って頂けると幸いです。
もう、あれから何年の月日が経つだろう。
少なくとも百、いや、二百年くらいは経った。
私はやっと、仇であるあの竜を討ち取ることができた。あの時、村を焼き尽くした眷属たちも皆殺しにした。
鮮血とむせ返る様な臭いに満ちた洞窟を進む。
大切な物でもあったのだろうか。奴らは私と闘っている最中、ずっとこの奥に行かせないようにしていた気がする。
(宝や食糧? それとも仲間?)
どのみち進んでみれば分かることだ。宝物であれば放置するし、食糧であれば持っていく。もし奴らの仲間がいれば、殺すだけのことだ。
しばらく歩いていくと、長い洞窟の最深部に着いた。
広いドーム状になっているそこは、太陽の光が一直線に差し込む神秘的な空間だった。
そしてこの部屋の中央の、差し込む光に丁度当たる位置には、楕円形の大きな物体がある。
大きさこそ、馴染みのあるそれとは比べ物にならないならないけど、その形と内から感じる気配で、これが《卵》だということがわかった。
(奴らが護っていたということは、アイツの子供。)
だったら殺さなくちゃ。その発想に善も悪もなかった。ただ、アイツとその仲間を殺すことは、彼女にとっての《当たり前》であり、彼女の思考の基盤そのものだった。
・・・・・ザッッ!!
何の躊躇いもなく薙ぎ払う。この数百年ずっと使い続けてきた大鎌は、この世界でも屈指の硬度を誇る《竜の卵》おも容易く切り飛ばす。
上半分が吹き飛び、背の低い彼女でも覗けるようになった卵の中には、羽毛のような物に包まれた幼竜が居座っていた。
薄灰色の鱗は光を反射し、真っ白に光っている。そして、同じく光を反射して輝く瞳は、はっきりと私を捉えていた。
神々しく光るその幼竜の姿に、一瞬心を揺さぶられる。的確に首を狙った彼女の大鎌も、すんでのところでピタとその動きを止める。
その瞬間、少女は久しく忘れていた感情を、その瞳に写した。
目の前の瞳は生命で燃えて、私の冷たい眼とは比べようもないほどの力を映している。一体私は、その瞳にどう映っているのだろう、私には想像すらできない。
少女が、不意に口を開いた。
「・・・・キミは、・・・私、恨む?」
自分自身思っても見なかった発言に驚く。恨む恨まれるなんて考えたこともないはずなのに、すっと口からこぼれたのはその言葉だった。
私は、恨まれたくないのだろうか。
私は、この幼竜に懺悔しているのだろうか。
私は、奴らに復讐したことを悔いているのだろうか。
そんなはずはない、そんなはずはない。心の中でそう叫ぶも、混乱する頭の中に掠れて消える。
大鎌を持つ手が少しずつ震えていく。目に映る情景も、段々と色褪せてきはじめた。
身体の輪郭が溶けて、グチャグチャに崩れていく感覚。嘆きなのか呻きなのか分からない何かが、ゲル状になった意識の泥沼に気泡を浮かべる。
真っ白なのか真っ黒なのかさえ分からない視界の中で唯一、一対の眼光だけはかろうじて判別ができた。
「・・・・・キュゥ!」
不意に幼竜が鳴く。私はその鳴き声に引き戻されるかのように、呼吸をまたはじめた。
そしてそれから間もなく、私は血だらけの身体で幼竜を抱いていた。
理由は今になっても分からない。もしかしたら、あの時の私は他者との関わりを無意識に求めていたのかもしれない。幼竜に、自分の荒んだ心を癒してもらいたかったのかもしれない。
でも、あれからいくらか時間も過ぎたけど、私は今でもあの時とった行動を後悔はしていなかった。
最初こそ、『何でこんなことしているんだろう』『何故私はこの子を殺さないんだろう』。そんなことばかり考えていたが、可愛い幼竜の姿を見ていると、それも何だか馬鹿馬鹿しくなってきていた。
この子を見ていると、時間はあっという間に過ぎていった。
成長が早く頭もいいこの子は、私が何もせずとも色々な事を吸収していった。
空を飛んだり、言葉を覚えたり。異常なまでの成長速度に戸惑いはあった。でも反対に、自分の事でもないのに嬉しくなったりもした。
(こんな楽しくて早い時間は、今まで過ごしたことがない。)
止まっていた少女の歯車は、幼竜によってゆっくりと少しずつ動き始めていた。
・・・ーそれは、昨日の事。
夕飯の時間になり、肉を焼いていたときの事。
暇だったので、私は気まぐれに抱いていた幼竜の顔を気付かれないようにそっと覗き込んだ。
幼竜は何をするでもなく、ただただジッと焚火を見つめていた。何が楽しいのだろうか。そんなことを考えて、ふと思い直した。
(この子の瞳はいつも輝いている。多分きっと、この世界が私とは違うように見えているんだ。)
・・・この子の見る世界、私も見てみたいなぁ。
不意にそんなことを思った。つい一月前の私からは想像もできないような発想に、自分のことながら少し笑ってしまう。
そんなことを考えていると、ふと焚火の向こう側に奇妙な二つの気配を感じた。それまで気にも留めていなかった、鹿の親子だ。
魔物や動物は、ほとんど私たちに近寄らない。多分、力の差を本能的に理解しているんだと思う。
狩り以外では滅多に見かけない動物に首を傾げる少女だったが、何となく状況は察していた。
(子鹿がここに迷い込んで、親鹿がそれを追いかけてきた・・・・)
何故追うの? 親鹿は私の存在を嫌でも把握しているはずなのに・・・・
そう思っていると、とうとう子鹿が私たちの目の前までやってきてしまった。さすがに小鹿も私たちの存在に気付いたようで、張り付けにされたように動きを止めて、怯えてしまった。
その頃になると親鹿もすぐそこまで来ていたが、すでに手遅れだったようだ。しかし、一瞬戸惑いつつも木陰から飛び出し、子を守るような立ち位置で止まった。
・・・何で逃げないの・・?
あの二匹にとっての私は『脅威』。
子供とはいえ、一動物を座っているだけで竦み上がらせるほどの、大きな脅威。
ただ、大きな脅威ではあるけど、そこに『敵意』や『殺意』はない。そしてそれは、あの親鹿も理解している。確証はないけど、目を見れば分かる。
・・・つまりあの親鹿は、自分たちが逃げられることを分かっているはずなんだ。
なのに、逃げようとしない。・・・・―何故?
・・・・それが『親子』なのか。
無意識に幼竜を抱く手が強くなる。
その繋がりを遠い昔に奪われた少女は、溢れそうになる悲痛の涙をぐっと堪えると、また無意識に手を伸ばした。
それと同時に、二匹の鹿は全力で逃げて行ってしまった。少女の手が虚しく空を切る。
胸の内に隠した悲痛は、私を壊さんばかりに暴れだす。私は、それを堪えようと俯いた。
そこには、抱いていた幼竜の心配そうな顔があった。大きな瞳いっぱいに私を映して、首を傾げている。
(あぁ、さっきまでこの子はあの二匹を見つめていたのか・・・)
そう考えると合点がいく。
・・・・なら、この子はあの親子がどう見えたのかな。
胸の苦しみを忘れようとしているのか、少女はそんな事を考えたが、自身を蝕む痛みはそう簡単には消えてくれない。
(この子には、まだ私の事、言いたくないな。)
涙を見せまいと幼竜の頭を自分の胸に埋める。
ゴツゴツとしていて温かい幼竜。いつもはこんなことをすれば嫌がって逃げてしまうけど、気を使ってくれているのか今は為されるがままにしてくれてる。この子は本当に頭がいいし、とても優しい。
(この子には・・・・この子・・・には・・・。)
この子に私は、何をしてあげられるだろう。養うことができるだろうか、何かを教えてあげることが出来るだろうか、私はこの子の親のように―・・・・
そう考えて、ふと思考が止まる。
・・・・―私はこの子に、・・・・・何をした。
今まで感じたことのないほどの悪寒を感じる。血の抜けるような、頭が真っ白になったような感覚。
きっと今まで、考えないようにしてたのかもしれない。気付きたくなかった、紛れもなく確かな事。
「・・・・ごめんね。・・・ごめん・・ね・・。」
・・・・私はこの子に、拭いきれない過ちを犯したんだ。
私は幼竜を一層強く抱くと、静かに嗚咽を漏らしていた・・・。
私にはこれが限界でしたorz
今回は少女目線の回です。
伏せている情報が多い上、感情の描写が多かったので、かなり苦戦しました。
結果、かなり酷いものができてしまいましたが、次回も少女目線の回は続くので、頑張っていきたいと思います。