救助
鬱蒼とした暗い森の中、道なき道を草木を掻き分け進んでいく二人の影。
そのスピードは速く、すんでのところで障害物を避けるため、別の視点から見ればまるで草木が二人を避けているかのように錯覚するだろう。
「あと少しです。」
「分かった。」
徐々に緊張が強まる、近づいている証拠である。足場が悪いこともありかなり息が上がっているが、もう少しだけならまだ加速しても持ちそうだ。
予告なしに足を速めるが、さすがはシヲン、息すら上がっていない。というより、かなり余裕そうな表情で俺を追ってきていた。
しばらく走ると、大きな崖に当たった。ビル5・6階建てほどの大きな崖には、そこそこ大きな横穴がぽっかりと空いている。
俺たちは、速度を少し落としてそのまま洞窟へ突っ込む。一瞬あの一件が頭をよぎったが、さすがにあそこまで特殊な洞窟はそうそうない。警戒だけは怠らないように、暗い洞窟を駆け抜けた。
落ちるように斜面を下っていると、今まで段々と募っていた負の感情が逆に急激に弱まり始めた。確証はなくとも、それが『衰弱』なのは嫌でも分かっている。
(あと10、・・・いや5分も持たない。)
感情に身を任せさらに加速する。岩を蹴り壁を走り、気付けばすぐ近くのところまで迫っていた。
そこまで来ればシヲンは気配でそこに誰がいるのかが分かっていたようだったが、少し嫌そうな顔をしてるだけで何者なのかは言わなかった。
邪魔な岩を蹴破り、現れた大きな扉も止まることなく強引に突破する。
落ちるように転がり込んだのは、人工的な巨大な空間だった。
探すより先に目に入ったのは、かなり年季の入った謎の壁画と、その中央から崩れ落ちたのであろう瓦礫の山。
壁画のほかにも興味深いものが山のようにあったが、それには目もくれず瓦礫の山に直進した。
「シヲンさんっ! この下にいます!」
「ん、・・・伏せて。」
珍しく声を荒げるユルに少し驚くシヲンだったが、冷静さは欠かさずに短く何かを唱えた。
数秒ほどすると、シヲンの背後から黒い魔法陣と共にどこかで見たような大鎌が現れる。シヲンはそれを回しながら構えると、間髪入れずに虚空を薙いだ。
「『グラム・スラッシュ』!!」
グゥゥウン・・・・・・ザッ!!
神速の横薙ぎは、鋭く空を切りながら数十メートル先の瓦礫を勢いよく吹っ飛ばす。
いつもなら目を輝かせてその技に見入っていただろうが、今は技そっちのけで瓦礫を掘っていた。
シヲンの助けを借りつつ掘り進めていくと、ついに黒い毛のようなものが見えてきた。急いでマナの反応を確認すると、微かではあったがまだ生きていることは分かった。
安心するにはまだ早い。俺は安堵のため息を飲み込んで、瓦礫を掻き分けていった。
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気付けば俺は床に倒れていた。疲労は凄いが今まであった恐怖や悪寒はすっかり消え、今はむしろ清々しいほどになっている。
大きな氷柱石がいくつも生えた、見ているだけで疲れるような天井から横に目線を移すと、前世で言う大型犬よりも大きい、すす汚れた真っ黒な狼が横になっていた。
今にも死んでしまいそうなほど魔力の流れが弱いこの子だが、瓦礫から救出したときは今よりもっと酷い状態だった。至る所に巻かれた包帯とそこに滲んだ血の量を見れば、その深刻さが容易に想像できる。
正直、自分が何をしたのかはなんとなく覚えている。ただ、無我夢中でやっていたせいか『記憶を遡る』というより『第三者視点で見返す』みたいな感覚だった。
この子を掘り出した時には、すでに死んでいると言っても過言ではない状態だった。
すぐに瓦礫は吹き飛ばし、同時に身体に触れ魔力を流し込む。シヲンはすぐに魔法で水とバッグから包帯を取り出す。
外傷がそこまで酷くなかったこともあり、幸い狼相手でも自分の応急処置が通じていた。
しかし、問題は『マナ』だった。
この子は、本来生きるために必要な魔力すら枯渇していた。
いつかシヲンにやったように自分の魔力を分けていたが、この子は一生物が保てる量じゃないはずの膨大な俺のマナ、その四分の三あまりを持っていってしまう。
まあ、精神的な疲労感と凄まじい倦怠感はあったものの、それと引き換えに何とかこの子の一命を取り留めることができたので良しとしよう。
「大丈夫? ユル・・・。」
心配そうな声が頭上から聞こえる。・・・・って俺、シヲンにまた膝枕されてたのか。心地よすぎて気づかなかった。
シヲンは俺の頬を優しく包むと、そっと顔を覗き込んだ。
「シヲンさん・・・・ありがとうございました。」
「・・・・・。」
シヲンの表情は変わらない。何か伝えたいことでもあるのかと考えていると、不意に頬に触れる手に力が入っていることに気付いた。
「シヲン・・はん? はいしゅてるふへふか?」
「・・・・むっ。」
ギュッ。
「しょっほ・・ふうしひへふ・・・!」
俺は顔を挟まれる中声を上げも、何故かシヲンはそれを止めない。
抵抗の出来ない俺の顔はされるがままになっていたが、しばらくして俺も何となくシヲンの言いたいことが分かった。
「・・・・しゅひはへんへひは。」
怒っていたシヲンは、一旦ユルを解放する。
「・・・説明して、何が起きたのか。」
表情は全く変わらないが、声のトーンからしてシヲンが相当ご立腹なのはよくわかった。まあ、説明もなしにこんなところまで来させられたのだから、ごもっともである。
俺は最初から包み隠さず全て話した。信じてもらえないとも思ったが、何故か彼女は何か納得したように頷くだけで、疑おうとさえしなかった。あの洞窟の時と同じだ。
・・・何かが頭に引っかかる。
なにか、シヲンが重大な何かを隠しているようでならない。
・・・・そう言えば、俺自身はここには来たことがないはずだが、なぜかこの空間にも不思議な違和感を感じていた。
(なんだ、なんかつっかかる。 泉? 瓦礫? 壁画? ・・・・『壁画』?)
そうだ、壁画だ! 俺は四方全部の壁画を見てない!
(・・・・違う、見られないんだ。)
同時に、シヲンにも抱いていた『違和感』の正体が分かった。
「シヲン・・さん? なんで今日は・・その位置なんですか?」
少女のふとももが分かりやすく震える。
なにか違うと思っていたが、それはシヲンの位置だ。ありがたいことに毎日のように膝枕されているが、例外なくそれは俺の頭の横にシヲンの身体がある体勢だ。俺の頭の上にシヲンの身体がある今の体勢ではない。
『だからなんだ』となるかもしれないが、実は後者の膝枕をシヲンはあまり好いてはいない。理由は教えてもらえなかったが、何故かシヲンは頑なに前者の膝枕をするのだ。
変なところで頑ななシヲンは、よっぽどのことが無い限りそれを曲げることはない。
「体勢・・・もそうですけど、シヲンさんさっきから・・・。いや、僕がこの広間に入った時からずっと、『何かを見せないように』してません?」
救助している間も手当している間も、シヲンが変に視界に出入りしていた。気に留める余裕がなかったので分からなかったが、今になって思えば『何故あそこに居たのか』と思う場面は少なくない。
この膝枕の位置で確信に変わったが、シヲンはずっとある部分を隠している。この広間から察して、何を隠しているのかは容易に想像できていた。
「壁画・・・・。『絵』ですね?」
「うっ・・。」
シヲンは案の定、苦い顔をして目を逸らした。彼女が感情を表に出すときは、大抵それなりに理由がある時だ。俺にとって重要な何かを隠していることに間違いはないだろう。
「シヲンさん。」
「・・・い、いや。」
「シヲンさ・・」
「だめ・・!」
シヲンはのそれは、駄々をこねる外見相応の『子供』の姿だった。ようは図星である。
しかし、それで引く訳にもいかない。こっちもこっちで、事の核心に触れられそうなのだ。
俺は少しだけ・・・・怒ってみることにした。
「・・・・シヲン。」
「っ!?」
突然、ユルは私に対して敵意を放った。凄みのある・・・冷たい威嚇。
・・・・―だけど、アイツには劣る。
・・・劣る・・・はずなのに・・怖い。
今のシヲンが感じる恐怖は、戦闘なんかで感じる『危険信号』ではない。暗闇や未知のものに対して抱く『分からない畏怖』だった。
(イヤだ、このユルは・・・イヤだ。)
そして、シヲン自身も気づいていないが、彼女は自分とユルとに『距離』が生まれることへ異常な恐怖を抱く。今もそれが、真っ白になったシヲンの頭をまた一層激しく揺すぶっていた。
俗世にいくら疎いシヲンであっても、ユルの怒りは無意識に感じてしまう。
無意識に手足が震え、身体全体が今までになく強張る。さっきまで逸らしていた目も、今はユルから離すことができない。ユルのことも今の自分も、理解できない。
「・・そこに、何が描いてある?」
「・・・・言ったら・・・ユル・・離れちゃう。」
シヲンは目に涙を滲ませ、小さくそう呟いた。決して嘘などではない、それがシヲンの本心だった。
確証こそないが、可能性は大いにある。いや、彼女に余るほどの罪を犯した私に『離れる』なんて想像は、むしろ甘いとすら思えてしまう。
それを見たユルは、静かにため息をはいた。いつもニコニコしているユルのこんな顔は、嫌な意味で新鮮だった。
何を考えているのか分からない。私を許して、見逃してくれるのだろうか。はたまた、幻滅して私から離れていってしまうのだろうか。・・・そんなこと、考えるだけで吐きそうになる。
でも、・・・・言わなきゃ、いけないんだ。
『ユルの成長』なんて免罪符で、今まで目を逸らしてきたもの。今こそそれに向き合うべきなんだ。
それこそ吐きそうなほど苦しい、しかし逃げられないことも十分に分かっていた。
「シヲンは僕の、味方じゃないのか?」
「・・・味方には・・なれない。」
「敵なのか?」
「・・・敵にも・・なりたくない。」
「じゃあなんで・・・」
(・・・時間はあった。してあげられることは、全部できた。・・・・もう、嫌われてもいい。)
ユルの問いに、私は一呼吸置いて答える。
「・・・・私が、・・・『ドラゴンスレイヤー』だから。」
ユル。作中で初めて出てきた『スキル』ぐらい、スルーしないで欲しいかな。
・・・―改めまして、夜凪です。
『スキル』の概念は今後、魔法以上に重要になる予定なので、こんなサラッとした初登場で若干後悔したりしなかったり。
(因みに、忘れられているかもしれませんが『グラム・スラッシュ』のことです。)
そして、しばらくマンネリとしていたユルとシヲンの関係にも変化が、・・・・あると思います、多分。
出来る限り閲覧してくださる方々の期待に応えられるよう、がんばります!
(訂正:部屋に入る前の『扉』の記述がなかったため、一部文章を書き変えました。)
今回もご閲覧、ありがとうございました!
ではでは。