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刻印の魂魄竜  作者: 夜凪_
一章
16/23

休みの日


 洞窟の一件から、早くも半年ほどの時が過ぎた。


 ・・・・と言えば割と軽いように聞こえるが、この地獄の鍛錬の日々はとても一言で表しきれるものではない。

 身体作りのための走り込み、素振り、打ち合いに加え、体内魔素量の底上げのための訓練や、魔力を固めたり放ったりなどの練習。とにかく、心身ともに堪えるような鍛錬ばかりだった。


 そんな苦行に何故耐えられたのか。確かに、アホみたいに丈夫なこの身体の恩恵は大きいが、俺はそれ以上にシヲンの教え方が上手いことがその理由にあると思う。

 シヲンは、俺の体力、筋力、魔力諸々をミリ単位で把握しているんじゃないかと思えるほど、俺以上に俺の限界を分かっている。

 だから、俺の心が折れるギリギリのラインで休ませ、回復したら再び鍛錬。といった形で、延々とそれを繰り返させるのだ。

 おかげで、強大な力とそれを扱う術を身に付けることができた。まだまだ力ではシヲンの足元にも及ばないが、魔法禁止かつシヲンは武器無しという超ハンデであれば、勝率一割という・・・・ん? いやまあ、基準がおかしいだけで成長はしているんだ。そのはずだ。



 ちなみに魔法に関してはまだまだである。

 シヲンの言っていた、自分の魔力(マナ)を掴む・・・というのはできているのだが、どうも体内の魔力と大気の魔素の見分けがつけにくい。何と言うか、『輪郭』という境界線自体は分かるのだが、その内側も外側も同じ透明なので、それに対応して、錯覚のようにその輪郭の存在も薄くなってしまうのだ。

 これは村にあった『魔術教書』の受け売りだが、俺のこの魔力はシヲンも言っていた通り()()だ。

 人の身体に宿る体内魔素(マナ)は、一人一人に違った『色』と『形』がある。

 誰一人として被ることのないそれは、前世で言う『遺伝子』や『指紋』を想像すれば分かりやすいかもしれない。

 俺はいわゆる、『世界で数人しかいない、突然変異が起きた稀有(レア)な生物』的な存在だった。


 結論から言うと俺の魔力は透明で薄い円柱、言わばコイン状の形をしている。

 透明な事はもちろん、ここまで整った形のマナというのは、他のソレから見れば『歪』の一言に限る。

 そして何よりもおかしいことが一つ。


 俺は、本来一生物につき一つしかないはずの形を、()()()()()()()

 『姿が変わると、カタチも変わる』と言った方が正しいだろうか。どちらにせよ異常でしかない。


 話が少し逸れたが、ようは魔力を扱う感覚がほかの者と大きく違うため、教本やシヲンを参考にし辛いのだ。

 マナの総量の膨大さ故、制御が大変で数をこなすこともできず、魔法関連の上達スピードは他に比べ著しく遅い。

 もちろん、だからと言って魔法を諦める気は毛頭ない。というかこんな夢の技(ロマン)を捨ててなるものか。

 シヲンの後押しもあるので、しばらくは粘り強く頑張っていこうと思う。



 この半年の間で変わったことは、何も俺の技術だけではない。


 実は、この村には一つだけ損傷がほとんどない家があった。

 こんな廃屋群がる家々の中で、外れに一軒だけポツンと綺麗なままの家だったため不気味で近寄れなかったが、せっかくあるのに勿体無いとのことで、数か月前から利用させてもらっていたのだ。

 『綺麗な状態』とはいえ相対的になので、日本基準で見れば名実ともに廃屋である。そのため、暮らす前の二週間は地獄の掃除だ。


 おかげで一階部分の掃除は完了し、二階の部分もあとちょっとで清掃が完了する・・・というところまでこぎつけた。

 もちろん俺もシヲンも建築の技術なんてある訳もないので、補強紛いの継ぎ接ぎだらけではあるが、住めるだけ十分である。

 ・・・・なんだか、この異世界(せいかつ)に段々と価値観が侵食されている気がした。



====================



『・・・・・る、・・・・ゆる、・・・ユル!』


 グッと重い瞼を開ける。

 俺の上に乗り身を揺すっているのは、言わずもがなシヲンである。

 危機迫っている感じではないし、俺たち以外に生物の気配はない。何事だろうか。


「シヲンさん・・? もうちょっと寝かせ・・・・でっ!!?」


 布団を掛け直そうとした直後に、脇腹に強烈な一撃を食らう。

 的確すぎる急所を射た攻撃に、身をよじり悶絶する俺。


「い・・・いだ・・い・・・・。」

「ユル、朝。」


 悪びれる様子もなくそう言い放つ。俺に(またが)り腕を組む姿に腹立たしさを覚えるが、痛みでそれどころではない。


「ユル、起きて。早く。」


 シヲンはそう言って俺の身体を激しく揺らすが、できる訳がない。

 首を前後に振り回される中、俺は何とか言葉を紡いだ。


「し、しをん・・はん・・・。離しれ・・くだはい・・・・。」

「起きた?」


 起きない筈がない。

 シヲンから解放された俺はうずくまりながら彼女を睨むが、当の本人は少し首を傾げただけで何の意味も無かった。

 ・・・・彼女(シヲン)には勝てそうにない。

 俺は自分に跨る幼女を横目に、苦笑いを浮かべるのだった。




 起床して数時間、俺たちは朝食をとりつつ一枚の紙を広げていた。

 子供二人が使うにしては大きすぎるテーブル。その卓上いっぱいに広げられているのは、村長の家と思しき廃屋から拝借した、この村とその周辺を記した手書きの地図である。


「茶色は普通の民家、赤いのが・・・村長の家?」


 地図がそれっぽいので、こうして地図を指でなぞっていると、まるで海賊かトレジャーハンターにでもなったような気分になる。


「・・・バツ印とかあるかな?」

「? ある。」

「やっぱさすがにないで・・、・・・あるんだ。」


 シヲンは両手で村の端と、村から少し離れた地図の西側を指す。目を移すと、その先には確かに黒でバツ印がつけられていた。


 ・・・ん?


(村の中心、村長の家から見て南西にあるこの場所は・・・)


この家(うち)・・・ですね。」

「ん、多分そう。」


 何だろう、いやな予感しかしない。本来ならこういうときワクワクしたりするのだろうが、俺は何故か不吉な事が起きそうな気がしていた。

 対してシヲンは地図自体初めてなので、どんな印がどんな意味を持っているのかさっぱり分からず、ユルの顔色で判断する他ない。


「ここ、危険?」

「補強とか掃除をした限り、特に何かあった訳じゃないから大丈夫だとは思うけど、警戒はした方がいいかもですね。」


 断言できずに言葉を濁すが、シヲンは俺の意思を汲み取ってくれたようだ。理解が早くて助かる。

 現状は『用心に越したことはない』程度の関心でいい。が、こんな印が描かれている以上、ここには何かがあるのだろう。


 ・・・・―此処には、俺たちにとって重要な『何か』がある気がする。


 この家に初めて入ったときにも感じたこの予感を記憶の片隅に置き、俺たちは再び地図を調べ始めた。



 朝食が終わってからも数十分ほど地図を眺め続けていたが、特にこれと言って気になるものはなかった。めぼしいものと言ったら、せいぜい薬草の採取ポイントぐらいだ。

 俺は諦めて部屋に戻る。シヲンの部屋より少しだけ大きい俺の部屋だが、これと言って私物がある訳でもないので、ベッドと机、それと申し訳程度にポールハンガー(枝のような短い棒が点々とくっついた、衣服を引っ掛ける家具)しかない、質素なものとなっている。

 俺はベッドに腰掛けると、隅に立て掛けてある木剣を手に取り、窓の光に当てそれを眺めた。


 今日から数日は、周辺の探索のため日課が無い。

 この村に来てから結構経つが、あの洞窟の一件を除いて、今まで俺たちは一度も日課を欠かしたことはなかった。どうもそのせいか、朝に何もしないことに違和感を感じてしまう。

 こんなこと、恐らく前世の俺には感じたことがない感覚ではないだろうか。


「ない・・だろうな。少なくともこんなに充実してはなかった。」


 前世の記憶は未だにはっきりとしていないが、不思議とそんな気がした。

 運動も魔法も、鍛錬は辛いが正直楽しい。もしかして前世で、俺は剣道や柔道なんかを習ったりしていたのかとも考えたが、だとすればサッカーやバスケットボールの大体のルールが知識としてあるのに、武術系のスポーツのルールがさっぱりなのはおかしい。

 勉学が好きだった・・・・という線も薄いだろう。自分の勉強や学習へのイメージは限りなく悪いからだ。


 前世体験し得なかったことがこうして出来るというのは、『転生』ならではのことだろう。そう考えると、少しは嬉しくなってくる。

 木剣を慣れた手つきで回転させると、持ち手を肩に置き、背負うようにして構えた。マンガやアニメなんかでよく見る、私的に一番自然でしっくりくる構えである。

 というのもこの構え、別にそういうものを意識してできた訳ではなく、シヲンと試合をしていく内に自然にできた構えだったりする。

 基本的に試合中は魔法を禁止しているので、インファイターのシヲンは初手で確実に俺の懐へ入り一撃を食らわせようとする。

 スピード、パワー共に桁違いの彼女の攻撃は、防御(ガード)受け流し(パリィ)が通用しない。

 よってそれを避けるのに適した、この持ち方になったのだ。


「最初の頃は、それこそ一撃でケリが付いてたんだよなぁ。」


 シヲンに『フェイント』の技術があれば、俺の全敗記録は今も止まっていないだろう。


「いや、シヲンも段々と成長し始めてる。新しい作戦も練らなきゃ・・・・。」


 トントン


 そう言い終わると同時に聞こえたのはノックの音。


(シヲン? ノックするのは珍し・・・ってか初めて? なんかあったのか?)

「シヲンさん、何の用ですか? 出発にはまだ時間が・・・」

「ゆ、ユル・・・そ、その・・・・。」


 どうも歯切れが悪い。これは聞いても分からないと判断し、木剣を戻し扉を開けようとするが、扉はビクともしない。


「ま、まって! そ、その・・・えぇと・・」


 反対側で扉を押さえるシヲンは、何故か呼吸を整え始めた。

 耳を澄ませてみると、「だいじょうぶ」とか「変じゃない」等、不可解なことを小声で呟いているのが聞こえる。

 いや、本当に何してるんだあの人。


「えっと・・・。見て・・欲しくて・・・」


 暫く様子を窺っていると、やっと何かの覚悟ができたのか、部屋の扉をそっと開けた。



====================



 探索に出発した俺たちはとりあえず、今一度よく村を見るため外周を回ることにした。

 今周っているのは家から見て村の反対側辺りの、俺はあまり立ち寄っていない、少し鬱蒼とした場所だ。


「うぅ・・スースーする。」


 シヲンはスカートを両手で押さえてそう言った。風が吹く度にそんな反応をする彼女は、やはりその服装に慣れていないのだろう。

 今までの服装は、お世辞にも可愛い要素のあるものとは言えなかった。俺はそんな彼女に、心のどこかで『勿体無い』とは感じていたのだが・・・・。


『ユル・・これ・・・・、へん?』


 あのとき、シヲンらしからぬ恥ずかしそうな表情で、モジモジとしながらそう聞いてきた時には、ホントに一瞬昇天しかけた。何気にこの半年で俺の身長が伸びたためほんの少しだけ俺の方が高く、自然と上目遣いになっているシヲンの破壊力は、到底言葉に表せられるものではなかった。



「ユル? どうしたの?」

「・・・わっ!?」


 大きく身を引く。気付けばシヲンの顔が鼻の付く距離にまで接近していた。どうやら俺はボーっとしていたらしい。

 彼女の今の服装は上下無地の、傍から見れば地味としか言えないとは思うが、日ごろの彼女のアレからすれば、やはり『革命』の一言に尽きる。


「綺麗だなと思って。」

「き、きれ・・・・。」


 面白いほど一瞬で顔が赤に染まる。さっきと同じ反応だ。

 どうやらシヲンは褒められるのに弱いらしい。明らかなこの動揺は、戦闘ではまず見られない初々しいもので、とても可愛い。

 俺は彼女のあまりの可愛さに、反射的に頭を撫でてしまった。


「・・・ん・・。」

「あ、ごめんなさい。イヤですよね」

「イヤじゃ・・ない。驚いただけ・・・。」


 シヲンは何故か目を伏せてしまった。心なしか声のトーンが下がった気がする。

 頭に乗せたままだった手を引こうとすると、それと一緒にシヲンの頭もこっちに寄って来た。自動的に二人の身体が密着する。

 遅れて伝わる温かい感触と首に掛かる息に、思わず息を呑む。・・・意識しちゃいけない、賢者になれ。


「な、何してるんですか?」

「・・・・・。」


 無言で頭の上に乗る俺の手に、自分の手を重ねる。近すぎてその表情は読めないが、恥ずかしいことだけは容易に察せた。

 しばらくして、なんとなくシヲンの伝えたいことが分かった俺は、ゆっくりとその手を動かし始める。


「・・・・・・。」

「え、シヲンさん!?」


 シヲンは気持ち良さそうに身震いをして、より密着しようと俺の背中に手を回した。


(ヤバい。・・・・俺の賢者が・・ヤバい)


 恍惚とした表情のシヲンは、俺の首に顔をうずめる。鎖骨辺りに直接掛かるシヲンの吐息は、身体の前面を覆う柔らかさや、鼻をくすぐる甘い香りと相まって、俺の理性を大きく揺さぶっていた。


 このままだと、本気で不味い。限界を感じたその時だった。





『・~・~・~・!』





「っ!??」


 脳内に突然、衝撃にも似た信号のようなものが伝わる。悪寒に小さく唸り、俺は固まってしまった。


『痛い、苦しい、怖い、辛い、・・・』

「ユル? だいじょうぶ?」


 負の感情が止めどなく流れこむ。気付けば俺の身体は、得体の知れない恐怖に小刻みに震えていた。

 さすがにシヲンはその異変に気付いていたようで、心配した眼差しで俺の顔を覗きこむ。今はこの温かさに救われる。


(呑まれちゃ・・・だめだ・・。落ち着け・・・・)


 シヲンのおかげで、何とか平常心を取り戻し始めた。出所の分からない恐怖や緊張はまだ残るが、少しは和らいでいる。


「シヲンさん・・・・。」

「・・・ふあっ!?」


 無意識に、シヲンを強く抱き返す。

 いきなり抱きしめられたシヲンは、今までずっと抱擁する側だったこともあり、突然される側に回ったことでユルとは違った意味の『パニック』になっていた。


(気持ちが・・・制御できない)

(震えてる。怖いのかな。・・・私が、守らなきゃ)

「・・・すみません・・。」

「ううん。何があったのか分からないけど、・・・・私がいる、大丈夫。」


 いつの間にかユルとシヲンの体勢は逆になっていた。

 シヲンの肩と腰から手を伸ばし、ユルは(すが)るように強くシヲンを抱きしめている。シヲンもシヲンでユルを包み込むかのように抱き、少女の背中を優しくさする。

 まるで双子かのような二人の美少女がつよく抱き合うその姿には、傍から見ればまさに神秘ともいえる神々しさがあった。






「ありがとう・・ございます・・。・・・少し落ち着きました。」

「・・・・あっ。」


 これ以上シヲンに甘えると俺の精神が退行しかねないので、俺は悪寒の消えたところで後ろに下がる。自分から抱き着いておいてそれはないとは思うが、そうでもしないと長々と引きずりそうで怖かったのだ。


(今は早く助けに行かなきゃ)


 俺にこれを伝えた何者か。どこのだれかは全く分からないが、こんな感情を共有してしまったら助けに行かない訳にはいかない。

 シヲンに事情を説明すると、シヲンの顔は少し暗くなる。


「危険。だめ。」


 俺の身を案じて止めてくれた。確かに、俺も逆の立場だったら同じことを言ったとは思う。しかし、今回ばかりは引き下がれない理由があった。


「孤独で・・・寒いんです。」

「・・それは、ユルの気持ちじゃない。」

「それでも! ・・・寒いのは・・嫌なんですよ。」


 自分でも分かるほどに、気持ちが安定していない。孤独を嫌う今のこの思いも、本当に自分の物なのか分からない、それでも俺は助けに行きたかった。損得なんて考えていない。


「・・・ユルがそこまで言うなら、・・・私は護るだけ。」


 シヲンは、渋々といった表情でそう言った。

 ことが終わったらちゃんとお礼をしようと心に誓いつつ、俺は鬱蒼とした森をゆっくりと見渡す。



「・・・・・・行きます。」



 二人の少女はそれを最後に、暗い森の中へと消えていくのだった・・・。


『遺伝子』とか『突然変異』とか、自分でもよく分かっていない単語を文章に載せるとハラハラする。


・・・―改めまして、夜凪です。

段々と一話一話の文字数が増えていますが、どのあたりが一番読みやすいんですかね?

投稿頻度的に見ても、今が一番ベストなんですかね?

というか、なんでこんなに説明能力が乏しいんですかね?

はてなマークが絶えません。(笑)


これからも読者さんが楽しく、自分も楽しい小説ができるようがんばっていくので、暇なときにチラッと覗きに来て頂ければ幸いです!

ではでは。

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