寒い朝⑤
それから暫く経って、本田から榎田さんの話を聞いた。
話の内容は前に俺が頼んでいた、榎田さんの調査結果。
本田は旨くいかなかったようで申し訳なさそうに
「女子に頼んで調べて貰ったけど、どうも榎田さんと俊介には何の接点もないみたいだし、そういった噂もないようだけど、もう少し調べてみる?」
と言ってきたので、あの件は俺の勘違いだったからと謝っておくと、本田は「なぁ~んだ、やっぱり勘違いか」とホッとしたように言った。
しかし、本当のところ榎田さんは俊介の事が好きだ。
俺が秋月穂香に対して抱く気持ちと全く同じ気持ちを、榎田さんは俊介に抱いている。
そう思うと何だか切なくて、そっとしておいてあげたかった。
いや、そっとしておくべきことだと思う。
恋。
恋心が芽生えたとき、誰しも”これ程楽しくて明るい希望に満ち溢れた素晴らしいものはない”と、思うのではないだろうか?
少なくとも、俺の場合はそうだった。
だけど時が経つほどに、その希望は濃い霧の中に隠れて見えなくなる。
行先も方角さえも分からないまま、不安だけがまるで雨の日に出来る水たまりのように広がって行く。
不安な時期が長引けば、水たまりはやがて池になり湖から川、そして海になる。
浅い海に居るときは、まだ太陽の光に揺られる波が綺麗に見えるが、深く沈んでしまうと。
深い海に落ちたとき、太陽の光はどのように見えるのだろうか。
もしも、俺がまだ秋月穂香に恋をしていなかったら、おそらく榎田さんの事も気が付いていなかっただろう。
そして、もし気が付いたとしても、それはただの興味でしかなかっただろう。
自分が苦い恋を経験しているからこそ、人の痛みも察することができる。
“相手に立場に立って物事を考え、気を使う”
それは誰もが出来る事ではなく、色々な事を経験しているからこそできること。
自分だけが、面白おかしく生きていける事なんて出来やしない。
三月。
冬が過ぎたとはいえ、今日は一段と寒い朝。
だけど、もう直ぐ春が来る。
榎田さんの恋も、僕の恋同様に何の進展もないまま一年生を終える。
俺は今日も自転車をこいで学校へと向かう。
これで、この番外編は終わります。
読んで下さり、ありがとうございました。




