アーツギア7話~謀略の軍神~
またもや知らぬ名と声が脳へと伝達される。この特徴のある甲高い声質。子供だろう。合わせて、ゼロが見せたのと同意義の存在であることも理解できた。
誰も止めることのできないはずの覚醒状態。その状態にある彼女が、言葉の直後、突然膝から崩れ落ちたからである。
この混沌とした殺戮ショーを終幕に導いたのだ。たったの一言で、だ。もしそれが強い敵対心をこちらに向けていた場合、打開策の見当たらない危機的状況を示している。しかし、実際は存外平和的と言える展開となった。女将校を含め残りの兵が瞬時にして消えたことを除けばだが。
ゆっくりと、その力の主が姿を現す。
声色通りの、年は2桁にギリギリ届くか届かないかという見た目の子供。黒髪のボーイヘアが幼い印象を加速させる。だが暗い赤色の瞳が、それすらをも払拭させるほどの畏怖の念を抱かせた。
新たな存在の出現に、抑えていた2人は半歩下がり、武器を構えた。
「そう構えないでください、といっても無理なことでしょうが。僕は閣下にお仕えしている
守護者でノアと言います。見たところ、彼女も僕と同じ、神機のようですね。貴方が主ですか?」
丁寧な仕草で、ノアと名乗ると倒れているゼロを指して言った。
「ああ、そうだ。彼女に何をした」
少し威圧的に問いかける。得られた返答は、端的なものであった。
「心配いりません、暴走状態を解除しただけですから」
「それでなんなんだ? マギアかスキルか、それとも……」
「神機解放です」
「そう、そのジンキカイホウってのは何だ?」
ずっと朗らかな表情で、質問をさばいていた少年が驚愕した様子に変わる。
「え? 神機を連れているというのに、知らないのですか!?」
言い方に少し腹が立つが、正論であることに違いない。
「もちろん神機というのは分かりますよね?」
「何となく察するに、EFDのこと。だよな?」
「EFD? どこかで聞いたことがあるような……うーん、とりあえずいちから説明しますね」
俺に合わせるのを諦めたようだ。流石に申し訳ない気持ちになる。
「いいですか。天神より創造されし、神の降臨場所。すなわち塔を守護するために生み出されたのが、僕たち神機なのです」
「ふむ」
「で! ですね、神機は強大な力、与えられしアーティファクトを使い全てを賭けて守り抜く使命があるのです」
「殊に四女神様の降臨なさる御所には、十二神機と呼ばれる12体が守護に当たるのです。それらには、"名付き"のアーティファクトと、神機解放という、より強い力を与えられているのです」
「その中で! 最高女神であるカタリナ様の御所をお守りするのが、リブラ、ジェミニ、サジタリウス、レオ、そしてこの僕カプリコーンの5体というわけです!」
話しが進むにつれ、より強く伝わってくる彼の高揚感。最後は満足げな顔で喋り終えた。
「ここでは、そういうことになっているのか。なるほどな……ん?」
今聞き覚えのある名前が出なかったか? その勢いにのまれて、聞き流すところであった。
「今ジェミニ、サジタリウス、レオがカタリナを守ってる。そう言ったのか?」
「ええ、言いましたよ。あとリブラとカプリコーンこと僕もいますけどね。まぁ正直、偉そうなこと言ってますけど、他の4体とは会ったこともないんですよね。僕たちはカタリナ様にそうあれと生み出されたものなので。塔はもう一度目覚めたとき、すでに廃墟と化していましたし」
そう付け足す少年から、どこか虚しさのような雰囲気を感じた。
「でも今はお仕えし、お守りする対象を見つけたので心配いりません」
「それは良かったんだが、君の前にいる女性3人がその、リブラ以外の守護者だぞ」
「嘘……まさか……」
少年は先刻の驚愕が冗談であったかのような、驚きを見せた。
「嘘じゃないさ。イージス、見せてやれ、ただし攻撃はするなよ」
「イエス、マイン、ディアブロ」
イージスが真剣な時にのみする返事だ。その後ボソリと何かを呟き、次の刻にはノアの顔を覗き込んでいた。
「オレはイージス・サジタリウス。アーティファクト"サジタリウス<討止メル者>"を使いし、守護者だ! カタリナだかカナリアだか知らんが、この身を捧げるのは、我が兄様ただ1人だ。分かったか」
彼女の戦闘を止めていたためか、凄みに深遠さが出ていた。少年も口角を上げ、強張った顔つきになる。たがその顔は嬉しさが生み出す、笑顔とも受け取ることができた。
「この私を放っておいて楽そうにしてるじゃない」
目の前で、体が歩みに合わせて、生成されていく。そう言い放ち現れたのは、突如姿を消した女性将校であった。
「イージス、ゼロを連れて下がれ。どうやって出て来た。転移か。いや、転移はあの多人数は無理。だとすると、『幻鏡壁』<ミラージュウォール>か」
「ご名答。この刻印紙でノアの能力のすぐ後に展開したの。こんな時代遅れの代物も、たまには役に立つものね。にしてもあなた、私には警戒心むき出しな癖に、突然現れたこの子とは親しく話すのね」
1枚の紙をチラつかせながら、勝ち誇った笑みをこちらに向けてくる。
「少しでも理解を深めなきゃと思ってな」
「そうなの、何にせよ、全て私の予測範囲内に動いてくれたことには、感謝しなければね」
うまいこと誘導されたもんだ。これなら常に余裕のある表情でいたことに合点がいく。少年を切り札として。それも絶対的な信頼を置けるほどの存在。それがこの世界での神機であるということか。
「……それで、何が目的だ? 俺たちをどうしたい」
「フフフ、目的ね。あなたたちの戦闘力を測ること、そして合格点であれば軍に入ってもらうこと」
「それで、一応聞いてみるが合格点だったか」
冗談交じりに聞いてみる。
「切りかかってきた彼女以外、直接見たわけじゃないけど十分合格ね。話によれば、連れてる3人ともが十二神機らしいじゃない」
「らしいな」
「知らないで連れているのもまた面白い。なおさら私の部下にほしいわ」
常に見せていた不敵な笑みでなく、このときだけは柔らかな笑顔が見れた。
「それで、我が帝国軍に入隊してもらえる? 勿論望むものを確約するわ。出来ることに限るけど」
「軍に入れっていうが、今戦争でもしているのか?」
「今、というのは少し違うわね。世界的に緊張状態にあるというほうが正しいわ。特に我がヴォルザー帝国とジェフスカ連邦の間には常時、戦意という名の粒子を漂わせている。いつどこで火花が散るかわからない状態」
「連邦は、前王朝に支配された地域を開放する、などという時代錯誤の建前を作っては攻めてくる。どうせ帝国領土の確保による、国益増加だろうけど。あの国の地方に対する圧政は有名だからね。民主主義が聞いて呆れる」
話が進むにつれ、感情の入ったきつい口調になる。権力者が富を贅するのは、どこの世界であっても同じなようだ。
「事情は分かった。もしそれを断れば?」
「断るって言うなら、ノアのもう1つの能力『絶対命令<アブソリュートオーダー>』を使って無理やりでも仲間にする。なんらかの力で無効化され全滅した場合は、帝国が全力を挙げて排除することになるわね」
現状、選択肢はなしか。
「つまり軍に入る選択肢しか残らないように、道を舗装。そこをまんまと歩かされたわけだな」
「逆に考えて見なさいよ、それほどの存在だということの証明でもあるわ」
口がうまいな。
「分かった、あんたの部下になろう。ただし条件がある」
「先刻の通り、出来る限り叶えよう」
「最低限、軍の規律は守る。その上で、行動権限、人事権限、その運営権限を与えて貰いたい」
これが認可されれば、1からこの世界で傭兵家業を開くより、何倍も楽に目標へと近づく。願い出の可否は彼女の見せた中で、最高の笑顔でもって返された。もっとも目は一切笑っていなかったが。
「全て許可しよう。私の部隊、帝国軍特殊行動作戦群、ズィルバルトフューゲル[銀翼の天使]に特別なポストを用意しよう。これからは戦友だな。おっと、そういえば自己紹介がまだだったわね」
そう言葉を並べたあと、マントをたなびかせ、言い放った。
「私の名は、エルヴィア・フォン・ヴォルザー。あなたたちの名は?」
ヴォルザーってさっき出たこの国の名前じゃないか? とりあえずこちらも名乗らねば。
「俺の名前は、アモン・アスフィア。それと後ろの3人が……」
言いかけた途端、背後から遮られる。命じたわけもなく、自ら名乗ったのは予想外であった。
「イージス・サジタリウス。オレは兄様に従うのみだ。お前らの指図は受けない」
「黙って大人しくしてろとの命を受けておりましたが、自己紹介の間だけお許しを。ハク・レオでございます。協力はいたしますが、マスターに不利益が被る場合は、勝手に動かせていただきます」
「そういう訳で、あと後ろで寝てるのは、ゼロ・ジェミニだ。よろしくお願いしますよ、上官殿」
自己紹介が終わると真面目な顔に切り替わる。
「よし、詳細は道中に話そう、アモン……で良いわよね?」
「もちろん。そちらは閣下とお呼びしたほうが?」
「さっきまで威圧しながら、会話していたのよ、タメでいいわ。私のこともエルヴィアか……そのエルと呼んでくれたらいいから」
僅かに赤面した様子が見受けられる。今まで見た顔の数々が嘘のような、可愛さが溢れていた。階級や身分も含めると、いきなり親しすぎる気もするが、双方納得しているので大丈夫だろう。
「了解、エル」
先ほどまで、騙し合いと殺し合いをしていた関係とは思えない会話だな。洋館を後にしようとしたその時、脳に1つの違和感を覚えた。その正体に気づくのには時間が掛からず、思わず声が出た。
あっ!
「そういえば、トロンは!」
エルに問いかけると、思いの外、冷静な返事が来た。
「ああ、奴なら寝てるはずよ。ワンダー商会には、時限式睡眠薬を飲ませるように伝えたから」
それを聞き、走ってカウンター裏を確認しに行くと、銃を抱き枕に、スヤスヤと眠っていた。思い出してみると、出発前の一服で、飲んでいた飲み物に入っていたのか。
「ここまでしてたとは驚いたな。そちらとしては彼女をどうするつもりだ?」
「私としては、どうでもいいわ。極悪な賊としてしょっ引いたところで、何の意味もないもの」
「彼女は俺の仲間だ、説得してついて来てもらう」
この提案に、考慮する姿を見せると直ぐに結論を出した。
「その必要はないわ、彼女は皇女陛下のためと言うなら喜んで使えるはずよ。トロンの連中は軍上層部に嫌気がさして、抜けたと聞いたから。安心して、私の権限で、どんな極悪犯でも無罪にできるから」
話しながら、兵に指示を出すとトロンは寝たまま、担がれて行った。
これでまた新しく何かが始まるのかな。そんなことを思いながら館から出ると、前の路地には装甲車が止まっていた。
「今から、皇女陛下に。私の姉に会いにいくわ」
これが、転生してからたった1日目の出来事である。まさか、この速さで1国の王女に謁見することになるとは思ってもみなかったな。またアーツギアに乗って戦える。このことに胸を躍らせながら1歩を踏み出したのだった。
持っておくべき必要な感覚。その欠如が浮き彫りになりつつあることを、俺はまだ気づくことができていなかった。




