アーツギア6話~ゼロの覚醒~後編
「まて!」
彼女の行動を感覚的に理解し、咄嗟に止める仕草に出る。しかしすでに彼女はおらず、代わりに男の叫ぶ声が館にこだました。ほんの一瞬の出来事であった。その兵士の頭部は、太刀のようなもので、胴体から切断されていたのである。
それに兵士たちは動揺を見せたが、指揮官の女が右手を挙げると、すぐに戦意を取り戻し、ゼロに銃を向けた。
「撃て!」
大声と同時に高々と挙げた右手を振り下ろす。小銃から勢いよく放たれる。無数の鉛が横殴りの雨のように、ゼロに降り注いだ。
「撃ち方やめ!」
号令によって、銃弾の嵐がおさまる。そこから出てきたのは、死体を盾にした無傷のままの悪魔であった。手に持ったそれを投げ捨てると、反撃とばかりに飛び出した。最早それは、反撃や攻撃などという言葉を使った"戦い"ではなかった。作業のように淡々とした、虐殺というべきものであった。今度は3人の兵士が葬り去られる。このまま、彼女が死体を重ねていけば、外のアーツギアに狙われることになる。それを回避するため、必死に考えたが戦闘の打開策が出る前に、恐れていた事態が起きた。
これまでの銃声すべてが、玩具の如き、可愛らしいものだと錯覚してしまうような音。それは、重々しく響く砲声とも言うべきものであった。外に待機していた、1機がこちらに撃ち込んできたのである。その直径40mmの弾は、敵兵と我々の真ん中を通り、奥の壁に着弾した。
「警告だ。これが見えねぇのかと思って、1発撃っちまった」
撃ってきた機体からの広域無線のようだ。先の轟音のすぐ後で、場が静まり返っていたためよく声が通った。
「ドーラワン! 発砲を許可した覚えはないぞ」
この状況での女指揮官の発言は、意外であった。
「それじゃあ閣下、我々は味方が殺されるのを、指咥えて見てろって仰るんですかえ」
「おい、ドーラワン。やめないか」
コードネームで呼ばれたパイロットの男が反論する。それを止めるように、後ろで待機していたもう1機が割り込む動作を見せた。この2機の介入でまた厄介なことになってしまった。だがそれ以上事態が悪化しそうになっていた。会話の最中、ゼロのヘイトはその男の機体に向かっていたのである。
「そこの女、動くな! 直接ぶち込まれてぇか」
荒々しい声で、放送を続ける。だがゼロは無視し、1歩ずつその機体の元へ近く。続けて太刀を構えると、脅すような声色で放った。
「邪魔をするな」
「は? そんな近接武器でこの機体に傷が付くとでも思ってるのかよ」
そのパイロットの言う通り。彼女は対魔導機兵用の武器なんて持ち合わせていない。
「なら貴様も殺す」
小馬鹿にしたようなセリフで煽られたためか、目の前の機体に斬り掛かる速度は尋常では無かった。しかしその剣撃も虚しく、金属同士がぶつかり合う、軽い音が響くのみであった。が、ゼロは反動を利用して上へ飛ぶと、勢いのある声で唱えた。
「神機解放。アーツ変換完了」
聞き覚えのない文言の後、彼女の後ろには、見たことのない魔法陣のようなものが複数展開されていた。
ジンキカイホウ?
ゲームではこんな名前のスキルもマギアも無かった。人生の大半をこの3人と過ごしてきたのだ。そのため誰よりも彼女たちを知っている自信があった。
しかし今のこの状況も、止める方法も分からない。だが、誰が見ても、とんでもないものであるという事は察しがつく。未知の景色に支配される中、将校の女は恐慌した声を張り上げていた。
「ドーラ分隊! 今すぐそこから離れろ!」
その声で、アーツギアから2人の兵士が飛び降りる。彼女はこれが何か分かっていたから、慌てた様子でこの判断を下したのだろう。
「天獄焔槍<ヘルブレイズノヴァ>」
初めて耳にする能力名を言い、手を機体に向かって振りかざす。すると展開された魔法陣からマグマの如き、赤黒い光が手の差す方向へと、降り注いだ。
距離のあるここからでも、熱で大気が揺らぐのが見える。驚くべきはこれ程の熱を持つ攻撃が、目の前の2機以外に被害を与えていないという事であった。具体的に言えばこの光は、貫通弾で撃ち抜いたと見間違うほどの綺麗な穴を、数カ所に開けるのみで、熱の影響が他部位や周囲に及んでいなかったのである。
瞬時に2つものアーツギアを破壊すると、元の場所に降り立つ。レイドバトルでさえ、これほどの威力の攻撃を使っていた敵を見たことがない。それほどの光景を目にしたことに驚嘆するしかできなかった。そんな俺をよそに、横から抑えきれず噴き出たであろう、笑い声が聞こえた。
「フフフ……アハハ! やはり私の予測は当たっていたようね!」
味方が2機もやられたというのに、この反応。頭がおかしくなったのかと思ったが、違うとすぐに気づく。彼女から、達成感のある様子が感じ取れたからである。しかし外観は感情をむき出しにした声と顔であり、狂気という言葉が最も当てはまった。声量もなかなかであったため、笑い声はゼロの耳に届いていた。
彼女はそのまま引っ張られるように、声のほうへ近づいていく。しかし、あれほどのバケモノが殺しに来ているというにもかかわらず、女将校の笑みは消えない。それどころか余裕の態度で来るのを待っているように見えた。逆に主人であるはずの俺自身が、何もできず余裕がない。
「そろそろ終わりかな」
なにかを確信したように、薄ら笑いを浮かべつぶやく。殺意の塊のような存在が刀に手をかけたその時だった。
「絶対解除<アブソリュートキャンセル>」
またも知らない名と新たな声音が聞こえてくる。