アーツギア5話~ゼロの覚醒~前編
寝てしまっていたのか……
「悪い、トロン。どうしたんだ」
「揺れに気づかなかったのか? 外を見てみろ」
トロンに言われ、窓から外をうかがう。そこには、武装した、兵士らしき人間達と軽型クラスのアーツギアが2機通路を封鎖していた。
「どういうことだ? これは」
「急な揺れと同時に、どこからともなく現れたからな。わかることは、ここに用があることと、友好的では決してないってことだな。いくらあたしでも、武装なしの1人でアーツギアに勝てるわけないし」
確かに、不審者か何かの通報でここに来たのであれば、アーツギアを引っ張り出してくるのは、やりすぎというものだ。有無を言わさずの武力行使に出ようとしているのは、火を見るより明らかだ。この状況はバッフェに売られたという線が、濃厚か。それにしても、アーツギアのような重量のあるものが、急に現れたというのが妙だ。召喚系のマギアという説もあるが、情報が少ない。
昨日の今日しかもまだ朝だというのに、これほどまでに完璧な包囲。まるで、ここに"誰"が来るかわかっていて、準備していたような。
「あんたを狙って来たというのが妥当な判断かな」
「ついでに、とんでもない歩兵戦闘力を持った、共犯者を数人捕まえることもできて、万々歳ってところだな」
「なんにせよ、まずいことには変わりない。そういやゼロ達は」
「あいつらなら武装して、上の階で待機してもらってる。呼ぶまで、降りてくるなとアモンが言ってた、って伝えたら急いで上に行ったよ。ここでいきなり暴れられても困るからな」
「流石は特殊部隊の隊長さんだ。兵の扱いを心得てるな」
ガンッ ガンッ ガンッ
どうやら、もう無駄話をしている時間もないようだ。玄関のドアを無理やりこじ開けようとしている音が響いてくる。とっさに、カウンター裏に身を潜める。
「どうする、ここで殺り合うか? 室内で乱戦に持ち込めば、アーツギアからの援護はできないはずだ」
その考えも一理ある。しかし、奴らの命令が"生死問わず"の場合、突入部隊を返り討ちにしてしまうと、奴らの40mmマシンガンの射撃条件を満たすことになる。どちらにせよ、戦闘するという選択肢は取りにくい状況にある。
「いやまて、やるにしてもこちらの状況を外に知られない必要がある。それか敵の指揮官と交渉するかだな」
その発言に、トロンは眼を大きく見開き、冗談だろと言わんばかりの顔をこちらに向ける。それは、相手を深く知っているかのようであった。
「おいおい待ってくれ、"アレ"と話し合うのか? 自殺行為だ! それならまだ戦闘に持ち込んでその間に、解決策を考えたほうが……」
ドンッ
鈍い音が開戦を告げる。ついに破られたようだ。続けざまに複数人の足音がこちらに近づいてくる。
「時間がない、お前の言う"アレ"と話し合ってみるさ」
そう言ってカウンターから飛び出し奴らがここに来るのを待ち構えた。最後までトロンは止めてきたが、無論考えなしにこの行動に出たわけではなかった。それはこちらに来てから、アーツスキルの使用が確認できていたからである。
俺の持つスキルの中に『緊急回避<エマージェンシーロール>』というものがあり、その名の通り、自身に危害を加える攻撃を必ず避けるというものである。その他にも大なり小なりあれど、回避系の能力を所持している。たとえ問答無用で攻撃されたとしても、攻勢に転換するまでの時間は稼げるはずだ。それに結局俺たちの戦闘力がはっきりと分からない、賭けに出るなら今だろう。
「武器を捨てて地面に伏せろ!」
ドアを勢いよく開ける音と、青年兵の声が居間を貫く。続いて、複数人の兵士が流れ込んできた。その後ろから一つの人影がゆっくりとこちらに近づいてくるのが見える。
「先ほどこちらに、不審者が数名逃げ込んだとの通報があった。抵抗すれば皆ご…… 子供?」
声と共にそのはっきりとした姿が明らかになる。
女性であった。髪は赤色のロングヘアで、前髪の一部は染められたような、銀色をしている。その一風変わった髪は、凛々しい顔立ちを引き立てていた。雰囲気からこの部隊の指揮官で、士官クラスの人間だと思った、が肩に施された金の装飾や白いマントは、将官というべき立派な服装であった。
「あんたが指揮官だな」
俺が彼女に問いかけると、周りの兵士全員に銃口を向けられた。彼女はそれを収めさせると、独り言のようにぶつぶつと呟きはじめる。何か答えがでたのか、威圧的な態度で質問に答えた。
「ゼラが男ってことはないわよね、また誤報? まあいいわ、そうよ。それがどうしたの」
「一応、ここの所有者から許可はとってあるんだが」
「だから?」
軽くあしらわれてしまい、全く会話にならない。どうしたものか、と黙っていると、今度は彼女が口を開いた。
「お喋りは終わり? だったら早く、隠れてる奴らと一緒に投降しなさいよ。それが嫌なら……」
彼女は言いきらぬ一言と共に、不敵な笑みを浮かる。それに身構えるより先に、続きの言葉が形と一緒になってやってきた。
「せいぜい私を楽しませることね!」
腰のサーベルを抜くとほぼ同時に、その刃は目の前に現れる。閃光とも言うべき速さに、驚く間もなく目の前を横切る。発動しておいた回避スキルのおかげで、紙一重のところで避けることができた。ここまで、危険な賭けだとは思わなかったが。何はともあれ発動してよかった。
俺はそのままの勢いで後方に下がると、ホルスターからハンドガンを抜く。親指でジッポライターをつけるように、セーフティを外すと彼女に向かって構えた。こちらも、迅速に戦闘態勢を整えたつもりだった。しかし、すでに向こうは次の一撃を放てる状態。
「やるじゃない。私の突きがこの距離でかわされるなんてね。でもこれならどう!」
バンッ
明らかに剣技の音でも、小口径弾の音でもない炸裂音が鳴る。女は居合の態勢でこちらを睨んでいるが、目が合わない。それを見て振り返ると、対物ライフルを片手で構えたイージスを含め3人とも臨戦態勢でいた。
「お前、オレの兄様に喧嘩売って無事で済むと思ってんのか」
「ご主人様っ! 大丈夫ですか!」
「マスターはお下がりください。対処いたします」
ご丁寧に3人ともが順に喋る。確かさっきは危なかったが、呼ばれるまで降りてくるなという、命令は忘れられているようだ。しかし、イージス達のこの行動で、互いが武器を向け合う膠着状態を作り出すことができた。これで話し合いに持っていけるかもしれない。
「なぁ……」
首を正面に戻し、口を開こうとした瞬間だった。この場を膠着状態にした、先の銃声からすれば、なんとも軽い発砲音がこの緊張を解き放った。その音を作り出した、小爆発は青年兵の持つ銃から鉛玉を押し出し、こちらへ飛んでくる。先ほどの刺突で『絶対回避』を使ってしまったため、銃弾を避けきれず、頬をかすめることになってしまった。
敵味方関係なく、撃った本人すら同様する中で、異様な殺気と威圧感を作り出す存在を背中に感じた。それに一瞬、疑問を持ったが、すぐに大切なことに気がついた。
まずい
その一言で頭が埋め尽くされる。イージスの時と同じ失態を犯してしまったようだ。アーティファクトの存在をまた忘れていたのだ。その中でも1番気をつけなければならなかった、"ゼロ"の"ジェミニ"を。
ホプリスマギアでもこれには悩まされていた。"ジェミニ<鬼神ヲ呼ブ者>"の詳細と発動条件は単純明快である。守護対象が出血、又は破損するのを目視確認することで発動し、"最強無比の守護者"となるというもの。発動後は、主人である対象の命令も一切聞き入れず、敵を殲滅することに全力を尽くす。最強無比といえば聞こえはいいが、ただの暴走能力であることに変わりはない。
こんな厄介な能力の為、何度味方を巻き添えにしたことか分からない。だがゲームでは味方のデスペナルティ分の詫びをすれば良かった。しかし今は現実だ。殺しても殺されてもそれっきり、取り返しがつかない事になる。
左手で頭を抱え、異様な存在感を放つ方に体を向ける。つい数分前の優しい顔つきで、金色の左目を持つ少女はそこにはいなかった。吸い込まれそうな真紅の右目を輝かせ、怒りと殺気に満ちた"凶気"とも言える表情。それは少女の顔と形をしたバケモノというべき存在。
こうなってしまっては、どうすれば事態を悪化させずにことを運べるかしか選択肢はない。そのために出来ることは、残りの2人を何もしないように止めることぐらいだ。
「我が主に傷を負わせたのは、貴様か」
氷のように冷血な声と眼光は、トリガーを引いた青年兵に向けられていた。