アーツギア4話~いざ帝都へ~
ワンダー商会を助け、トロンレヴナンの長であるサン・トロンを味方にした俺たちは、バッフェのトラックで帝都を目指していた。
「帝都が見えてきましたぞ」
声につられて、トラックから顔をのぞかせる。すっかり外は夕方になっていた。目を正面に向けると、防壁に囲まれた門が見えてきた。
「大きな門ですね~」
俺の後ろから身を乗り出している、ゼロが声をもらす。彼女の言う通り、近づくほどにその門と壁の大きさが伝わってきた。バッフェは門の前でトラックを止めると、サイドボードから信号銃を取り出し、窓から上に放った。
光が頂点に昇るとほぼ同時に門が開く。見えてきたのはもう1つの分厚い門と検問所のような施設。それに門番の役割を担っているであろう、アーツギアが2機。こちらに銃口を向けているのが確認できた。
「定位置で止まれ!」
検問所から出てきた男の声。それに答えるよう、トラックは検問所の真ん中まで進んだ。その男はゆっくりとこちらへ近づいてくると、運転席の窓のさっしに手を置き、バッフェに話しかけた。
「お疲れさん、グレリア。帰還予定時刻よりだいぶ遅たみたいだが、何かあったのか?」
「それが運悪く、野盗に襲われてしまってね。その対処に手間取ってしまったのだよ」
「お前さんご自慢のレッドバロンの子たちが手こずるなんざ、珍しいね~ それにしても、レヴナンの連中とでもかち合わなくて良かったな」
男の冗談交じりに発した言葉に、荷台に乗るみなが苦笑した。
「それでは積み荷を降ろさねばならないので、後ほど」
バッフェが話を切ると、男はそうだなといった様子で門を開けるように指示を出した。2つ目の大きな門が開く。視界に飛び込んできたのは、近代欧州風の街並みであった。見とれてしまうような、造形美溢れる光景に気持ちは高ぶっていた。そのまま大通りを徐行していくと、トラックは、路地に入ったすぐのところで止まった。
「よし、着いたな。お前ら積み荷を降ろすぞ。トロンさんは少しそこで待っていてください」
アルの言葉で、レッドバロンの全員が、荷台から飛び降りると、作業に入った。俺も寝てしまった
イージスをハクに頼むと、荷台を降りた。
「アル、俺たちも何か手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。それより、先に店で休んでください」
アルは丁寧に俺たちを、店の方へと誘導してくれる。中に入ってみるとそこは、壁の至る所に銃器が掛けられている本格的な銃砲店であった。
予想以上に時間がかかっているようだ。美術館にでも来たような気分で、まじまじと店内を見て回る。見たことのない銃や剣に関心を向けていると、裏口で搬入作業をしていたバッフェが、やっと店の奥から出てきた。
「お待たせして申し訳ありません。どうぞどうぞ、散らかっておりますが、そちらの席へお座りになってください」
指定された先に目をやる。そこにはこの店内に似つかわしくない丸机と、椅子が2脚だけ置かれていた。それよりも、その上の紙が散乱しているのが気になってしまう。
「それでは失礼して。あ、それとバッフェさん、彼女を休ませたいのですが、横になれる場所はありますか?」
「それでしたら、この奥に仮眠室がありますので、そちらを使ってください」
「ありがとうございます。それじゃあハク、頼んだよ」
「お任せを」
ハクにイージスを任せ、少し待っていると、仮眠室に案内し終えたバッフェが戻ってきた。
「ゼロさんも、お座りになられては?」
「大丈夫です。お気になさらず」
俺の左後ろでたたずむ彼女に、バッフェは気を使ってくれたようだが、軽く流していた。
「それでは改めて、助けていただき、ありがとうございました」
机に手をつき、深々と座礼する。
「トロンについては少し驚きましたが、積み荷も無事で済んだことですし、ぜひお礼をさせてもらいたい」
そう言うとバッフェは、机に散らかった紙から、1枚取り出した。
「帝都は少し物騒なところもございましてね、気に入った武器があれば、そちらを提供しようと考えたのですが。見たところ、そのローブの下には、皆さんしっかりとした武装をされているようなので、ここにあるようなものでは満足いただけないでしょう」
言い切ったところで、先ほど見つけた1枚の紙をこちらに差し出した。
「そこで、生活するところはないのではないか、と思いましたので、こちらをお譲りしようと考えております」
その紙に書かれていたのは、大型倉庫を含む、宿屋の空き物件であった。しっかり詳細を読んでみると、立地は裏通りではあるものの、アーツギアが2機は格納できる大きさの煉瓦倉庫。宿屋自体は2階建ての6部屋とレストランがあり、部屋は全てがスイートルームのような豪華なつくりであった。
「いかがでしょうか、アスフィアさん」
「本当にこんな素晴らしい、場所をいただいてもよろしいのですか?」
「もちろんでございます。命と積み荷の代価、そしてトロンの危険性が除いていただいたことを合わせれば、これでも足りないくらいです。それに見ていただいてわかるよう、宿場なのですが立地がいかんともしがたい位置にありまして。加えて、倉庫の門が破損してしまっていて、買い手がつかないのです。ですが、部屋は一級品ですのでご安心を」
バッフェは堂々とした、落ち着いた態度で言い放つ。この話に、帝都での足がかりを得たことに対する高揚感が、全身を駆け巡った。しかし、同時に、得体のしれない胸騒ぎも覚えた。なぜか突然シニーの顔を思い出したのだ。
「どうかされましたかな?」
「いえ、それではありがたく頂戴します」
バッフェに感謝の言葉を述べ、礼をする。
「あ、それとアスフィアさん、トロンの存在には注意を払ってください。顔が割れていないとはいえ、堂々と表を歩かすのは問題がありますからな」
「わかりました。肝に銘じておきます」
話が一段落着いたところで、奥からアルが出てきた。
「グレリアさん、終わりましたよ、っとお話し中でしたか。これは失礼」
「いや、ちょうど終わったところだ。次から次へと悪いが、アスフィアさんを、ここまで連れて行ってもらえるかな」
「わかりました、それではアモンさん、準備が出来たらトラックのところへ来てください」
アルは、先ほどの紙をバッフェから受け取ると、奥に下がっていった。
「ゼロ、ハク達を呼んできてくれ」
2人を連れてくるように頼むと、俺はバッフェに一礼してから店を出た。ひと足先にトラックの元へ行く。そこには荷台に腰かけ、出された飲み物と煙草で一服しているトロンがいた。
「お、"ボス"じゃないか」
俺を見つけると冗談まじりに言う。
「アモンでいいよ。それとバッフェさんが使ってない宿を貸してくれたから、とりあえずはそこへ」
そう返すと、トロンの隣に座った。
「了解。他の奴らは?」
「ゼロたちならもうすぐ来ると思う」
トロンは軽く頷くと、まじめな顔つきになり話し始めた。
「助けてくれてありがとな。そのまま帝国に突き出されると思って覚悟してたから、正直驚いたよ」
"あの時"に聞いた落ち着いた優しい声色で呟く。だが俺は自分の目的の為で、彼女のためにしたわけではない。
「別に、助けたつもりはない。ただあんたが魅力的なキャラだなと思ったから、仲間になってもらっただけ」
本心から言ったつもりなのだが、彼女の様子を見る限り勘違いしているようだ。
「理由がどうであれ、助けてもらった事実は変わりない。今後のことも考えてアモンには、話しておきたいことが……」
「おーい! 兄様~ビリ姉~」
トロンが何か言いかけたところで、イージスの大声が話を切った。寝て元気になったのかよく響く。
「どうやらみんな集まったようだな。トロン、話の続きはまた後で頼む」
「ああ、わかった」
話を一旦収めると、荷台の奥に引っ込むように乗り込んむ。アルは全員乗り込んだのを確認するとトラックを目的地まで走らせた。
「目的地はここからそこまで遠くないのですが、裏通りなもので少々治安が悪くて。心配はいらないと思いますけど、気を付けて」
彼は苦笑しながら一応の忠告をしてくれた。それに対して笑みを浮かべているのは、やはりイージスであった。
「いいじゃん、いいじゃん~退屈しなさそうで」
「こら、イージス。あんまりマスターを困らせないで」
「ハク姉も堅いな~こっちからは手出さなきゃいいんでしょ」
「2人とも、私たちはご主人様の後ろで大人しくしとけばいいのよ。ね、ご主人様」
「まあ、問題は起こすなよ」
やれやれと思いつつ、ふとトロンの方に目をやると、壁にもたれかかり眠っていた。
そういえば俺が彼女と会ってから、ついさっきの話終えるまで、ずっと気を張っていたのを思い出した。疲れるのも無理もない。すやすやと眠る彼女を見ていると、こっちまで眠気に襲われそうになる。
「みなさん、着きましたよ! 宿場"エルタール"です!」
落ち着いた空間に漂う眠気を、アルの声が吹き飛ばした。もちろんトロンも目を覚まし、そのあまりの声量に何事か、と言わんばかりの顔をしていた。
「着いたみたいだ。とりあえず降りるぞ」
まだ寝ぼけているように見えるトロン声をかけ、荷台から降りた。すると目の前には、この裏通りにはもったいないほどの立派な西洋館がたたずんでいた。
「皆さんは少しここで待っていてください。長らく開けていたようなので使えるかどうか確認してきます」
「わかった。それにしても立派だな」
思わず、感嘆の言葉を漏らしてしまう。
「ご主人様。これから、ここに住むんですか?」
「ああ、ここらで行動するための拠点。にしては豪華過ぎる気もするが」
未だに目の前の豪華な洋館を、ただで譲り受けたことに驚きを隠せない。感慨に浸る俺に、ハクが疑問を抱えた様子で話しかけてきた。
「マスター、何故ベースをお使いにならないのです?」
「あんな人気のない森の奥深くのベースを拠点にしてるのでは、どこへ行くにも一苦労だからな」
「ここの事も理解する必要があるし。それに、せっかくバッフェさんが貸してくれたんだ。ありがたく使わせてもらおうよ」
そう説明すると、ハクは納得した様子で下がった。玄関先で少し待っていると扉からアルが出てきた。
「みなさん、確認が終わりましたので、中へどうぞ」
中へ入っていくと、特に金ピカの物ばかり、というわけではないが、外見に劣らない豪華さで、かなり綺麗に手入れされていた。アルにここの使い方を教えてもらうと、店へと帰っていった。
「それでは私はこれで。おやすみなさい」
「ああ、ここまでしてくれてもらって悪いな。ありがとう。」
他のみんなも口々に別れの挨拶を済ませる。俺は目の前にあったソファーに倒れ込むと、自然と目を閉じた。よく考えてみれば、いきなり手違いで殺されて、この世界にやって来たと思ったら、トントン拍子でここまで進んだんだ。そりゃあ疲れるわけ……。
「……い、……きろ。おい、アモン起きろ。」
体の揺れと、焦った様子の声に答えるように目を覚ました。