アーツギア3話~雷髪の亡霊~
ゼロの声にいち早く反応したバッフェは、迷子の子供を見つけた親のように、護衛の元へと駆け寄った。
「……っ痛てて。すいません、グレリアさん、力不足で。お怪我は」
男はそう言い、頭をさすりながら上体を起こす。
「ああ、私は大丈夫だ。それよりアル、君は大丈夫なのか?」
「見ての通り、気絶していただけです。それよりも、レヴナンの奴らは!? あの少女は!」
意識がしっかりと戻ったのか、アルと呼ばれる青年は焦った様子であたりを見回した。
「奴らなら、そこに縛っています。"あの少女"ってのは……」
俺がそう言い終える前に、彼の目の前にどこからともなく、イージスが現れた。
「うわぁ!」
驚きで後ろに手をついた彼に、バッフェは落ち着いて話した。
「心配はいらない。この方々に助けていただいたのだよ」
彼はまだ、イージスを睨んでいた。そうなるのも仕方がない。元凶である少女が、目の前でにこやかに笑っているのだ。主にそう言われても、すぐに理解するのは難しいだろう。
それを隣で眺めていると、申し訳ない気持ちが沸々とわいてきた。
「うちのものが、見境なく気絶させたようで、申し訳ございません」
俺はイージスの頭に手をのせると、頭を下げさした。無理やりやらせたせいで、不満げな顔をしていたが、文句は言ってこなかった。何というか、こっちまで親のような気分になった。
「あ、すいません。悪態つく気はなかったのですが、つい……」
青年は、無意識に睨んでいたようだ。こちらとしては何の問題もない、という趣旨を伝えると、青年は座り直して話し出した。
「我が主を助けていただいて、ありがとうございました。お、私はワンダー商会付きの傭兵団、レッドバロンの団長アルバート・リフィトーフェンです。アルと呼んでください。それと失礼ですが、そちらのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
鮮やかな赤い髪と目、その熱血脳筋感溢れる容姿からは、想像できないほどの丁寧な口調に驚いた。
名前、か。そういえば、さっきバッフェにも聞かれたな。
どうするかな~、新川優斗か、いや本名は駄目だろう。というか俺が嫌だ。基本、ゼロもハクもイージスも、俺のことを名前では呼ばないからな。でもゲーム内の名前は知っているはずだし、それでいいかな。考えた結果、ホプリスマギアで使っていた名前を、使うことに決めた。
「私の名はアモン・アスフィアです。南方の辺境地で研究をしていたものです。そして私の横にいるのがイージス、レヴナンの横に立っているのがハク、あなたのお仲間の具合を見ているのがゼロです。」
簡単に自己紹介を済ませると、そのままの流れで雑談を始めた。
有益な情報を聞き出せればと思い、始めた会話であったが、気が付けばアーツギアの話で、盛り上がっていた。アルは元帝国軍人らしく、魔導機兵中隊に所属していたらしいが、命令違反で、除隊処分となったとのことだ。パイロットでいるのが、生きがいらしく、アーツギアで戦闘のできる、傭兵になったという。
それにしても、こんな命令に厳しそうな青年が、命令違反で除外とは意外だ。
「みな無事か?」
話が盛り上がっていると、左から聞こえてきた、バッフェの声が会話を遮った。いつの間にか、バッフェは会話から抜け、護衛たちのもとに移動していたようだ。
気絶していた、ほかの護衛たちが次々に目を覚ましていく。ふと、縛られているレヴナンのほうを見ると、まだ目を覚ましていなかった。イージスも一応誰が目標かはわかっていたようだ。
3人ともほぼ同時に目覚めたらしい。ゆっくりと体を起こすと、バッフェの声に反応するように頷いた。アルの時は、覚醒してすぐに会話ができる状況であったが、全員まだふらついた様子だった。
「ゼロ、確かポケットにタブレットが入っていただろ? それをあげてくれ」
ローブに手をいれ、見慣れたミント味のタブレットを取り出す。1人ずつに数粒食べさせ、落ち着くのを待った。会話できる様な状態になると、アルが状況と俺たちのことを説明してくれた。
粗方の説明が終わると、3人とも急に立ち上がり自己紹介を始めた。
「私はワンダー商会付き傭兵団レッドバロン所属、ジーナ・ハルトマンといいます! 助けていただき、ありがとうございました!」
黒髪のサイドテールで小柄な少女だった。彼女の声から伝わるその輝きから、ムードメーカーのような印象を受ける。
「あたしは同じく、メリッサ・ルーデラよ~よろしくね」
藤色のロングヘアの妖艶な女性は、優しく頼りになる姉御のような印象を強く受ける。だが一切の隙がなく警戒されているのがはっきりと分かった。
「……俺は、ニコ・ファルクス……怖かった……」
見てくれは、サングラスをかけた大柄な体格のスキンヘッドの黒人。なのだが、その見た目と相反する声量と態度には驚きを隠せなかった。黙っていれば威圧だけで、人を倒せそうな勢いであるのに。
互いの挨拶が終わると、メリッサが話を切り出した。
「それはそうと、レヴナンの奴らを、どうするかなんだけど~」
「そのことなんですが、俺に任せてもらえませんか」
俺は素早く返答するとと、レヴナンの所へと歩いて行った。目の前に立つと手前にいる奴のマスクを勢いよくはぎ取ってみせた。
女性……のようだ。絵に描いた稲妻のような黄色の、髪に左の頬に傷跡。バッフェから聞いたリーダーの特徴に、似ている。しかし、稲妻のように"逆立った"髪であると言っていたはずだが、目の前にいる彼女は髪色こそ稲妻のようであれ、そのような印象的な髪形ではなかった。
むしろ、落ち着き整ったストレートショートヘアであった。あたりを見回すも、みな俺と同じように驚いた様子で釘付けになっていたのに対し、1人だけ明らかに様子が違った。
「サン……トロンだ」
アルがそう放つと、一瞬にしてこの場の空気が変わる。そこにいるのが、問題の野盗集団のボスだった。急すぎる展開に、誰しもついてこられるはずがなかった。俺は頭の中で整理をつけると、少し迷ったが、ゼロに命じた。
「ゼロ、こいつの気絶を解除してくれ」
「わかりました」
ゼロは、サントロンと思しき人物の頭に手をかざすと、呟くように唱えた。
「魔導付与<アーツマギア>『状態異常解除<デバフキャンセル>』」
頭部付近が、淡い光に包まれ、それが消えると護衛たちと同じように、頭を押さえながら目を覚ました。辺りを見回している様子であったが、急に何かを見つけたように一点を見つめだした。その睨みともまた違う、ひどく恐ろしい表情で、ゆっくりと口を開いた。
「……っつ……おまえは……リフィト……リフィトーフェンか」
「ええ、そうです。お久しぶりです、トロンさん」
近づき挨拶を返す。すると横からジーナが唐突に会話に割って入っていった。
「アルさんって、あのサントロンと知り合いなんですか!?」
彼女の疑問はここにいる全員の疑問でもあった。現に、バッフェ達は、サントロンの姿を見て、本人だとわからなかった。しかも、軍でも噂扱いされるような秘匿部隊であったことからも、軍内部でも知らないものがほとんどであったはず。
そのような存在と顔見知りというのは、驚きの多い話である。しかし、アルは興奮気味なジーナの疑問を、サラリと流すように答えていた。
「軍にいた頃に、1度だけトロンレヴナンの後方支援任務に充てられたことがあってね。その時に知り合ったんだよ」
その答えにとりあえず、みなが納得する。だがトロン自身も自軍にも、詳しい情報のない部隊のリーダーでありながら、たった1度の任務を共にする後方支援部隊に素顔を晒すとも思えない。疑問は残るが、俺はアルのことを深く知っているわけではない。第一、今重要なことはそこではないことを思い直す。
「トロンさん、私はアモン・アスフィアというものです。今は旅人として放浪しております。それで突然なのですが、私の仲間になりませんか?」
この一言に俺以外の全員が驚きて時が止まってしまったように凝固した。俺自身も彼らの立場であったら同じ事になっていただろう。だが[対アーツギア用特殊工作兵のリーダー]という彼女のキャラに惹かれてしまったが故の行動であった。
「は?」
「その言葉通り。私たちの仲間として共にきて貰いたいのです」
「嫌だと言ったら?」
「それは少し困りますね。それでは交換条件というのはどうでしょう」
そう言うとトロンは強い口調で返した。
「交換条件だと? 何を考えてやがる。今なら、一方的に条件を突き付ければいい話じゃねぇか」
「無理矢理従えるような形では、仲間ではなく奴隷です。私はあなたに仲間としてついてきて欲しいとおもっています。それに、そちらとしても良い話だと思うのですが」
「まあ、確かにありがたい話ではあるな。じゃあ遠慮なく言わせてもらうぜ」
そう言うとトロンは、先ほどの威圧的に感じる強い口調をやめた。一呼吸入れる音が聞こえる。次に心から懇願するような、優しい落ち着いた声になり、話を再開した。
「襲撃略奪の行為を今後辞めさせ、存在を消す。責任は命令した私にある、だから私以外の奴らを見逃してやって欲しい。これが"あたし"の頼みだ」
このこちら側が提示する条件のような内容に驚きを隠せなかった。
「それはいけません! 長くにわたって、帝都近辺の商団に被害を与えてきた、賊を見逃しにするなんて……」
バッフェはこの条件に異論を唱えたが、それを一蹴するように承諾した。
「わかりました。いいでしょう」
トロンの感謝の声がかすかに聞こえた。
「バッフェさん、任せてください。私が責任を持ちます」
この世界において、何のしがらみもない現状だからこそ言えた絵空事。今の自分に、どれほどの力があるかもわからない現状において、行き過ぎた発言であることはわかっていた。ただ、こうでもいう必要があったと自分に言い聞かせるしかない。
「しかし、逃がすような真似をするとは、夢にも思いませんでしたし……」
そう言いながらも、バッフェは渋々と引き下がっていった。
「それではトロンさん、我々の仲間になってもらえるでしょうか」
「了解した。今から、あたしはあんたの部下として動く。そういうことでいいんだな?」
「ええ、簡単に言えばそういうことです。まぁ"今から"ではありませんがね……」
「どういうことだ?」
「いえ、こちらの話です。それでは条件成立ですね。ゼロ頼む」
話を終えると、ゼロに拘束と気絶を解かせる。トロンは、拘束が消えるとすぐに2人の仲間を起こし、状況を説明しだす。粗方の説明が終わると、その2人は一目散にこの場から去っていった。
「さてと、こちらの条件もこの場で成立した。それで? あたしは何をすればいい」
トロンはそう言いながら、俺の目の前まで歩いてきた。
「今は私……あー、もう互いに丁寧にする必要もないな。俺たちと一緒に帝都についてきてもらうくらいだな」
「帝都……か、了解。それにしても、あんたの連れ、バケモンみたいにつえーな」
トロンが笑い飛ばすと、先ほどまでぶらぶらと、散歩していたイージスが食いついた。
「あなたが弱すぎるだけでしょ~ビリビリのおねーちゃん~」
「お前がそうか。こんな小さなガキだったとはな。はっはっは」
「ガキって言ったな! もう一回ボコボコにしてやる!」
喧嘩になりそうではあるが、ハクが見てくれているし、大丈夫だろう。
そんなことを考えながら2人のやりとりを傍観していた俺は、ふと思い出したように、バッフェの元へと足を運んだ。トロンとのやり取りの間、バッフェたちは出発する準備をしていてくれたようである。
「バッフェさん、言い忘れていたのですが、帝都まで乗せていってもらってもいいですかね?」
そう尋ねると、バッフェは快諾してくれた。
「もちろんですよ。色々あって驚いたが、結果的に君に助けられてばっかだからね。お礼もまだですから」
俺は感謝の意を伝えると出発する準備を手伝うことにした。それが終わり、バッフェの号令でみんな集合すると、帝都へと出発したのだった。