アーツギア2話~街を目指して~
教会の存在する大森林を、危なげ無く抜けると、一面真緑の草原が広がっていた。地面は高低差があり、丘のような場所になっている。そのため、木などの障害物がないが、見晴らしは決して良くない。だが所々に草を刈り取っただけの獣道が存在し、行く道を示してくれていた。
転生前に暗闇で見たここの地図では、大森林を抜けた後すぐに広がる平原の各所に、円形の人工物のようなものがあった。つまりこの獣道歩いていけば、何かしら人気のある場所に着くことは間違えないはず。
「何が起こるかわからないからな。警戒態勢を保っておいてくれ」
三人に指示を出し、獣道を進んでいく。体感で1時間ぐらいだろうか。結構歩いた感じはするが、ずっと同じような風景だ。のどかだな。そう思った矢先、イージスが報告するように端的に呟やいた。
「兄様。前方に人影だ」
言われて、とっさに銃に手をかけるが、人影どころか、気配すら感じない。あたりを見回してみると、三人とも警戒体制のまま、落ち着いていた。それを見て、はっとしたように思い出した。
イージスは索敵系の魔導能力のレベルがずば抜けて高い。その中にある『望遠<スコープ>』は、熟練習得で5㎞が最大望遠なのに対し、彼女は12㎞先まで鮮明に索敵することが可能である。
うっかり忘れていた。時間があるときに、魔導能力と魔導付力がどれだけ引き継げているのか、確認しとかなければな。
とりあえず、この12㎞圏内に人がいることは、間違いないということが確実化した。が、村があるのかも調べたい。
「イージス、詳細な情報だ」
命令を聞くと、被っていたフードをあげた。すると彼女の淡い緑色の瞳が、この一面の草原を映し出したかのような、深い緑色に染まる。
「この道なり、3キロ先に"ヒトガタ"の生命体10、"トラック"が1。戦闘中みたいだね。ありゃ、賊の襲撃に商団っぽいのが押されてるな」
報告から伝わってくる、その楽しそうな声の主に目をやる。そこには、今すぐ行ってあれに参加したい、といわんばかりに目を輝かしてこちらを見ていた。
悩みどころではあるが、早めにこちらの戦闘力は知っておきたい。それに元々は、人に会い、情報収集するのが目的だ。どちらにせよ、行くべきであることに、変わりはない。"アレ"のこともあるしな。
「よし、イージス、先に行って足止めをしといてくれ。目標は商人たちの救出だ。誰も殺さないって約束できるんだったら、少しぐらい暴れてもいいから」
「やったー! 兄様大好き!」
嬉しそうな顔で、俺に抱きついて来たと思ったら、彼女の姿はもうなかった。
これがイージスのアーティファクト"サジタリウス<討止メル者>"である。発動条件は集中すること。これは、時の流れを、1秒間を最高1兆コマにすることができ、その間彼女のみが通常通り動くことができる。一見強すぎるアーティファクトだが、効果の強さは、彼女が集中している時間と深さで決まるため、ゲーム内では良い具合にバランスがとれていたのだ。
例えば、時の流れを1分の1兆コマにしようとすれば、彼女の体感で10秒程度しか集中できないし、他の行動ができなくなるため、あまり効果はない。逆に周囲が動いているのがわかるぐらいであれば、比較的長時間の使用ができ、同時に戦闘に集中することができる。本来なら、狙撃や戦闘に使うものだが、移動時間の短縮にもつかえるのだ。
それにしても、いつもは粗暴で男っぽい言動であるのに顔が可愛い分、ねだる時の甘声はどうも調子が狂う。そんな様子に、ハクが心配そうにこちらに訴えかけてきた。
「マスター、イージスの好きにさせてよかったのですか? 下手すれば大切な情報源が……」
「ああ、これでいい。案ずる必要はないよ」
それに対して、冷静に答えた俺自身が、一番不安であった。
しかし、イージスの戦闘欲はたまると爆発し、暴走という形になって現れる。"アレ"というのはこのことだ。それに大事な場面で、そのような状況になるほうが厄介だ。発散できる時に、してもらうに越したことはない。
ハクの心配を払拭していると、ゼロにあきれた顔で強く言われてしまった。
「お二人とも! 心配している暇があるなら、早く追いかけないと!」
確かにそうだ。ハクに顔を向けると、俺と同じことを考ているであろう顔をしていた。
「ごほん、気を取り直して、追いかけるぞ」
咳払いでごまかすと、その場から逃げ出すように、走り出した。少し走ると、その現場らしき場所が見えてきた。
「おお! 兄様、遅かったね」
ニコニコしながらこちらに手を振っている。場の状況がはっきりわかる位置まで、歩いていくと、賊であろう者と護衛であろう者、関係なく地面に転がっていた。襲われる原因となったトラックのそばには、太った男が腰を抜かして座り込んでいるのが見えた。その男の視線の先には、イージスが賊を椅子代わりにして、座っていた。
かなり暴れたであろう形跡がみられるが、全員アーツの存在を確認できるため死んではいないようだ。彼女の前まで行くと、褒めてほしそうにこちらを見ていた。
「なぁ、イージス。確かに、死んではないし、少し暴れてもいいとは言ったが、見境なくボコボコにしてどうするんだ?」
そう言って、イージスを真顔で見つめると、舌を出してごまかしている。やれやれといった感じだが、死んでないのでよしとしよう。
「あ、あの」
震えた低い男の声が聞こえた。ふくよかな体型で、貴族のような雰囲気を醸し出しているこの男が、目標の商人で間違えないだろう。
腰を抜かしているようだ。イージスが、"殺さずに"とはいえ、好きなように暴れまわったのだ。一番見慣れているはずの、俺でさえ、たまに引くことのあるものを、初めて間近に見せられたとあれば無理もない。
ハクたちに倒れている賊の縛り上げと、護衛を横に寝かすように指示を出した。
「大丈夫ですか?」
男に話しかけてみるも、まだパニック状態のようだ。金魚のように口をパクつかせて、同じことを連呼している。さっき俺に一言、声をかけたことで、すべてを出し切ったようであった。
彼を見ていると助けたはずである、こちらが悪のような感じがしてしまう。
「落ち着いてください、1回深呼吸でもして--」
色々と落ち着かせる努力はしてみたが、本題に入るまで時間がかかってしまった。
「はぁ、やっと落ち着きましたか。よければ詳しく説明していただけますか?」
男は頷くと、ゆっくり口を開いた。
「お、お見苦しい姿をお見せして、申し訳ございませんでした。それと、助けていただき本当にありがとうございました」
謝罪と感謝を述べると、説明に入った。
「私は、グレリア・バッフェ。帝都で、不動産業と武器商人を営んでいるものです。隣町に武器を、仕入れに行った帰りに、襲われてしまい……私の私兵も、このざまです」
バッフェは複雑そうな顔で、倒れている、自分の私兵を見つめた。
「こちらこそ、申し訳ありません。護衛の方々まで、のしてしまって」
そう言って少し頭を下げると、バッフェはいえいえといった態度をとり、真剣な顔で話し出した。
「本当に助けていただいて感謝しております。あのまま行けば、私兵たちもやられ、武器も奪われていたでしょうから。私の護衛、レットバロンはかなりの手練れたちなのですがな……なんせ相手は、あの、トロンレヴナンですから」
俺が首を傾げると、そこからバッフェは、ゆっくりと語ってくれた。
"トロンレヴナン"
帝都周辺で汚い仕事を請け負う、元帝国軍工作部隊で結成された、傭兵集団であったらしい。それが今は賊まがいの野盗集団と化している。黒く、薄い麻袋で作られたマスクをつけ、姿だけでなく、存在自体が"亡霊"のようなものだという。
トロンレヴナンに関しての情報は、ほとんど抹消されているが、リーダーの名前とその身体的特徴についてのみわかっている、とのことである。リーダーはサン・トロンという人物で稲妻のように、逆立った頭髪、左の頬に傷跡があるらしい。そこらの野盗とはわけが違い、まるですべてを、見通しているかのような、正確で計画的な襲撃。戦闘においても、非常に統率がとれており、場数を踏んだ傭兵たちを相手に、圧倒するレベルで、自身もそのうちの一派にやられたのであろう、とのことだった。
国を挙げて対処をしているが、一切の足取りがつかめない。流石は元工作部隊、亡霊の例えは伊達じゃないらしい。だがここで1つ疑問が浮かんだ。
「なぜ護衛にアーツギアを使わないので?」
素朴な疑問だった。ホプリスマギアでは、輸送任務の場合、アーツギアを最低1機は護衛に付ける。その機動力と防御力から対人戦に関して、圧倒的に優位になるからだ。それゆえ的を得た質問だと思っていたが、バッフェは驚いた表情を見せた。が、その後、何かを理解した様子で説明しだした。
「普段であれば、我々も護衛機は付けております。ですが、元とはいえ対アーツギアに特化した特殊戦闘部隊。つまり、"工作部隊"だった者共です。そのようなのが、頻繁に出没する地帯に、それを持ち出すのは自殺行為。これが理由です」
工作部隊。
俺が予想していたものとは、かなりの相違があった。もっとも裏方での潜入作戦や、施設などの破壊工作をする部隊。そういうイメージだ。それに、対アーツギア戦闘は同じもので対抗するのが最も効率的なはず。
一応歩兵携行用の"対魔導機兵火器"と呼ばれるものはゲームでも存在した。しかしそれは、軽から中装甲までの機体の弱点部位に使用して、やっと動きを止めれる程度のものであった。
「あなたのお連れの強さから見て、名売れの傭兵団かと思っていたのですが。レヴナンの存在を知らないとなると、ここらの人間ではないのですかな?」
今度はバッフェが質問してくる。そういえば助けてから、こちらの情報は何ひとつ話していなかったな。
「ええ、ここからかなり南の方の辺境にある地下施設で、研究などをして過ごしておりましたので、世情には疎いのです。色々事情がありまして、帝都に行こうとしていたのですが、その道の途中であなた方に出会した、というわけです」
辺境の地下で研究しているという設定。ベタな返しだ。だが無知であることを、怪しまれず、なおかつスムーズに情報を一方的に手に入れることのできる、至便な設定でもある。
そう返すと、バッフェはモヤが晴れたような、スッキリした表情になり、心なしか声も、明るくなった気がした。助けたとはいえ、どこか警戒されていたのだろう。
「そうだったのですか、何はともあれ、この偶然に感謝ですな~。そういえばお名前を聞いておりませんでしたな。お礼もさせて頂きたいと思っておりますので……」
「ご主人様! 護衛の1人が目を覚ましましたよ!」
バッフェの話を遮るように、ゼロが声を上げる。その言葉に誰よりも早く反応したのはバッフェだった。