アーツギア12話~未知の敵と未見の人質~
号令と共に4機から勢いよく放たれた煙幕。それは瞬時にして、周囲数十メートルを白い気体の海に変えた。煙の放出音に紛れ、重々しく勢いのある排気音が地面を鳴らした。続けてその音に見合った巨体が、煙の海をかき分けて宙を舞う姿が目に入る。固い着地音と同時に屋根上の煙も晴れ、敵兵の位置がはっきりと視認できるようになる。そして俺は、落ち着いて引き金を引いた。
単発で計8発。
まるでタップダンスのようなキレの銃声が轟いた。タップの旋律が鼓膜を揺らすのをまだ止めていないその時、眼前の4つの敵影は写真の如く固まった様子を見せる。それぞれ胴体、心臓付近に1発、頭部に1発確実に命中していた。次の瞬間には崩れるように、地面へ向かって倒れた。
腕の痺れ。薬莢の落下。硝煙の香り。人を撃った感触。あの時にもあったはずなのに、感じたことのない、正真正銘の"リアル"な感覚。それなのに不思議と恐怖心や罪悪感などの感情は、心にみじんも生み出されなかった。それどころか高揚感すらも俺に与え、先ほどまでの焦りや考えが馬鹿らしく思えるような、自分の力への自信と信頼感を覚えさせた。
それにさっきの時の止まったような感じ。これがここの仕様に変えられた、スキルによるスロー効果なのか。それとももっと現実的な、いわゆるアドレナリンというものによる影響なのかはわからない。だが少なくともそれら全てが、この世界に来たときから消えないまだゲームの延長線のような、安全装置のある甘い感覚は消し飛ばし、現実であるという実感を確固たるものに変えた。
数多の感想が頭を埋め尽くしたが、とにかく現状の問題を打破出来たことに違いはない。
「こちらアモン。4名の排除に成功した。そっちは順調--そうだな」
「もうですか!? 煙幕を使用してからまだ1分も経って無いのに」
聞きなれた彼の、驚きだけじゃないまた別の感情が入ったような声が入る。それもそのはず、先行した彼らの列はまだ目視できる範囲を進んでいた。
「それより、そのまま前進しながら聞いてくれ。今奴らを調べてるのだが……十字架にこれは……三日月かな、この部隊章が何かわかるか?」
「十字架に三日月ですか……」
言葉を返してくれた、アルも一言の後に沈黙を作る。
「暇だったから会話を聞かせてもらってたんだけどね~」
唐突におっとりした女性が通信に乗る。この声はメリッサだ。それにしてもいつの間に通信をつないでいたのだろうか。
「--その装備と攻撃方法、エンブレムからして、連邦の特殊部隊ね。それも工作、粛清処刑を中心に行う首長直轄部隊 通称”パニッシュメント隊”」
「連邦軍の特殊部隊? って条約違反じゃないか」
幾度聞いたか分からない、ボルテージの上がった音が耳を貫く。それを流すかのように質問を続けた。
「メリッサさん詳しく聞かせてもらえますか」
「あたしも噂で聞いた程度の知識だから、詳しくといわれてもね~ さっき言ったことと、標的によって戦闘法がまるで違う、ていうのは聞いたことがあるわ」
なるほど。狭さと機動力を使っての待ち伏せ(アンブッシュ)が専門の部隊ということか。敵が軍だとわかった以上、戦力は想定の比じゃないはずだ。対AGの警戒も必要だな。
「それでも十分です。引き続き後方を頼みます」
メリッサとの会話を終えた後もう一度、侵攻側に話を戻した。
「アルこの先で潜伏に適した場所や建物とかわかるか?」
「うーん、都市部はここと違って家屋の感覚がだいぶあるので、死角に隠れて奇襲とかは難しいはずですが……」
考える様子を見せたが、すぐに思い出したとばかりに大きな返答があった。
「そうです! ここは一昔前まで、傭兵の宿場町として栄えてたんですよ。たしかその名残でアーツギアの格納できる大型倉庫が至る所にあるはずです」
「宿って俺たちが巻き込まれた、あそこと同じような作りの所か」
「はい。正確な場所までは覚えていませんが、この先の入り口付近と中央部に密集していたはずです」
「よし、侵攻チーム全員聞いてくれ。入口手前で一度隊列の再編成をしたいと思う。目的地に近づいて来たら全機、魔導探知機を使って警戒を強化してくれ」
「全機って言っても、こっちで探知機がついているのってアモンさんの最新機だけですよ?」
予想外の、頭に疑問符を抱えたような口調で返ってくる。
「……そうなのか?」
「ジーナの言う通りですよ。探知機を搭載しているのは基本、魔探通信装置を背負った機体だけです。そのためにメリッサを後方に分けたのですが--」
「もしかして、アモンさんの住んでいた場所では付いているのが普通だったのですか!?」
こんな時にまたややこしい話にしてしまった。そういえば整備長の彼女が小型化が画期的とか言っていたような。とりあえず、一旦その場しのぎの適当なことを言っておくしかない。
「いや、まあ、自分の基地にあるのが魔探通信機だったってだけで--」
「自分の基地も持ってるんですか!」
不思議なぐらい高いテンションで話に食い入ってくる彼女に押されてしまい、適当に取り繕おうとしてまた余計なことを言ってしまった。
「そのなんだ、とにかく近づいたら警戒態勢で頼むぞ。作戦再開だ」
そう言い切り無理やり話を終わらせる。通信を切る間際、いつもの声色が二つと、熱さの伝わる声、真剣ではあるがどこか不安げな返事が一つずつ入った。
気持ちを察しながら念のため装備の確認を済ますと、屋根の上を全力で駆け出した。
やはり異様なほどに体が軽い。この身長というのもあるが、風を切っているのがわかるほどのスピードが出せているのは、パッシブスキルが生きている証拠ということでいいのだろう。こちらに来てから毎回だが、こういう時にステータス画面の機能があればと思ってしまう。自分の力が適用されているのかどうかが謎なままなのは、どこかむずがゆいし不便だ。とにかく今は検証して確かめていくしかない。
愚痴のようなことを思いながら、自分なりに納得させてみる。
「目標地点に到達しました。敵性反応は今のところありません」
ゼロの定型文のようなしっかりした通信が入る。
「了解した。俺もすぐに着く。そうだ、ゼロを先鋒に十字陣で隊列を組んでおいてくれ」
指示を出した後から、少しの時をあけて合流地点が見えてくる。見たとおりの中心部への入り口。街全体が木々に囲まれているためか、その存在感を強くするのに不自然な門が置かれていた。
近づいてきたのを感じたのか先頭の機体が、片膝をつく様子を見せる。そのまま流れるように、機体へ戻った。
「おかえりなさい、ご主人様」
彼女の言葉を背に受けながら、シートに深く腰かけ一呼吸つく。次にイージスに転送させた地図を再度確認してみることにした。
あの時は動揺もあり、完全に使い物にならないものと決めつけていたが、よくよく考えてみれば何も表示されなかったわけでなく、点が二個だけ表示された。つまり、索敵効果が変わっているという可能性。この現状を鑑みるとアーツギアのみを検出するようになったというのが有力だろう。確証はないが、この地図を見ると点のある場所は全て大型倉庫の位置を示している。
ここから一番近いのは、入り口から直線状にある、広場の前か--。
「アモンくん、ちょっとい~い?」
この空気に場違いともいえる気の抜けた声が、思考を断ち切った。
「ええ、何かあったので?」
「うん~、さっきニコくんにこの辺りを調査してもらってたんだけどね--」
彼女の話によると、俺たちが襲撃を受けた後、近辺の安全確保に出向いたらしい。そこで牧場小屋に隠れていた人を発見し、色々と聞いたようだ。
「--で重要なのは、何かを役所前倉庫に運んでいたらしいのよ~」
「その運んでいたというのは役所前だけですか?」
「私が聞いたのは~、それだけね」
「助かりました。これで、作戦が立てられます」
どうやら、先ほどの推測は当たっているらしいな。となると、この問題をどう処理するかだ。彼女の話では役所前だけだったらしいが、自分の仮説も信じて、奥の倉庫にも十分な戦力を当てよう。それと広くなったといっても市街地だ退路の確保もいるな。
「よし、これより我々は敵性存在に攻撃を仕掛ける。目標は役所前倉庫とその左奥に在る倉庫だ。俺とゼロで役所、アルとジーナは奥だ。ハクは退路の確保を頼む。目標に到着後、屋根を破壊して中を確認してくれ」
「了解です」
複数の同じ言葉が重なる。
いざ街の中へ足を踏み入れてみたが、人気のない雰囲気は相変わらずだ。舗装路の間隔は十分に広いものの、10m近いアパートのような建築物が密集しているため、視界は悪い。本来なら圧倒的な小回りと対人力を持つ、人型兵器の真価が発揮される環境であるのだが、半ば人質を取られているこの条件では、結果的に不利と言えるだろう。だがハクのアーティファクトを切り札として、防衛にまわらせておいたから心配はいらないはずだ。
そうしているうちに、分岐にたどり着く。互いにコンタクトを取りながらその道を分かれた。
言葉通りの重い足取りを一歩ずつ前に出す。死角と曲がり角に最大限の注意を払いつつ、無事目標の前にある公園のような広場へとたどり着いた。
「目標に到着した。全機、異常は?」
「はい、今のところ問題ありません。こちらももうすぐ目標です」
「は! こちらも敵影なしでございます」
報せを耳に入れながら、周りを見渡す。役所の隣に倉庫が一つ繋がっているだけで、周りには目立った建物はない。ただそれを取り囲むように広場が、またそれを囲むようにアパートが建てられていた。
メインウェポンのマシンガンを、倉庫に向かって突きつける。射線を外さぬよう、そして高る動機を抑えるようにゆっくりと、一歩また一歩と左腕の行動範囲内へと近づけていく。もう少しで手のかかるといったその時、内部から、先ほどと同様の装備、格好をした敵兵が先の倍以上の数で飛び出し真下へ入り込んできた。
この事態に俺の緊張は解け、平常心へと変わった。別におかしくなったわけでも、何かを悟ったわけでもない。まだ未知である対アーツギア戦闘を想定していた俺にとって、手の内が完全にわかっている工兵が現れたことはむしろ幸運といってもいい状況だ。初見の相手には絶望すら与えることのできる脅威の一撃だが、仕組みが分かれば対策のできる攻撃。
「プロテクト最大出力! 対人用クラスターボム展開」
ゼロへの令が早いか、敵の撃が早いか。次には、複数の地鳴りのような音に包まれながらも、機体を後ろへ下がらせた。
「損害軽微、プロテクト許容範囲内です。同時に敵兵の殲滅も確認しました」
少しだけ頭部を下へ向けると、黒焦げた地面に、幾何かの亡骸が転がっていた。
やってやったという気持ちの中に、心の奥が何かに触れられているような感覚に襲われる。はじめはその光景から来た罪悪感とも考えられたが、もっと実感させられる方法で、敵兵を殺めたときには感じなかった。むしろその時に感じたのは驚くことに高揚感だった。
「大丈夫ですか?!」
考えることをやめろと言わんばかりの、耳を突き抜ける声が頭にこだまする。
「ああ、問題な--」
彼に一言返そうとしたその時だった。硬い金属音と前方向に振られるような揺れが伝わってくる。急な揺れでか、頭の中が白に染まった。それが拘束されていると気づいたのは、ゼロから発せられた脚部リンクダウンの報告からであった。
急いで全方面の視覚情報をモニターに表示させる。すると後方に、今までとは少し違った 装置を二人係で操作しているのが見て取れた。釣り竿のリールを巨大にしたようなそれは、屋根上にしっかりと固定されているように見え、伸びたワイヤーのような太い線は自身の機体へと繋がっていた。
ここに来たとき、屋根上に怪しい気配はなかった。それに背水の陣で出てきたと思っていた、あの兵たち。ただ後ろのアパートへ近づけるための駒だったというのか?
完璧に……読まれていた……?
気を落とす暇も与えず、迫る危険を知らせる声色が搭乗席に広がった。
「ご主人様、前方に敵アーツ反応」
探知機に目をやると、そこには見慣れた赤い点が、異様なほど近い距離に出現していた。
「来ます!」
彼女の言葉に呼応するように、倉庫から発射された弾丸の如く、一機のアーツギアがこちらに突っ込んでくる。
下半身を封じられたということは、ただ動かぬ的というだけでなく、衝撃を分散させるための姿勢も無理ということだ。俺にはクロスした腕を突き出すだけという、急場しのぎの防御体勢で気休めにもならない状況を作り出すことしかできなかった。
「こい」
覚悟を決め、自身を鼓舞するように大声を出した次の瞬間だった。予想していた金属同士のぶつかる音ではなく、何かを叩き潰すような重音がこだました。
こちらには一切の衝撃すら起こっていない。直ぐに腕の防御を解除し、前方に目をやる。そこには硬質重短剣を突き立て、今にもこの機体に一撃を浴びせんとする鉄機が、頭から煙をあげながら固まっていた。
「よう、兄様! 危なかったな」




