アーツギア11話~中立地帯シグウェル~
哨戒任務に就くため、俺たちは中立地帯のシグウェルへと向かっていた。目を閉じ、直接体へと伝わる上下の振動に、懐かしさをかみしめる。やはり、ここは落ち着く。作戦行軍中であるというのに、このアーツギアについて頭がいっぱいだった。
全体的なデザインは四角いパーツで構成された人体ともいうべきフォルムである。しかし、よく見ると関節部の装甲は多面体で、防御面をしっかりと考慮された作りだ。堅さの感じられる胸部、肩部、腰部は非常に分厚い。特に胸部は搭乗席やコアがあるため、比重が大きく心強い設計だ。それらを、更なる安心感で支えてくれるのが、見た目にもガッチリした脚部である。
そしてこれらを統括するための機能。その補助しているのが、頭部である。視覚をメインとした情報システムをもつかさどる、コアについで重要なパーツだ。そのため、被弾の少ないよう、各部位の中でも小めに作られている。基本アーツギアは、胸内部にある統制装置、コアを破壊されなければ手足が破壊されようとも、支障なく動けるように設計されている。ただ、頭部だけは破壊されてしまうと機体能力が半分になる。
完全完璧な兵器ではないかもしれない。しかし、作戦に応じて武器装備の選択が可能で、作戦地域地形にも左右されないため、あらゆる戦闘局面に対応可能であるという点においては、アーツギアの右に並ぶものはないだろう。
それに、何よりもかっこいいじゃないか。
心の中で、機体の全体像に心酔していると、無線越しにアルの声が聞こえてきた。
「アモンさん、シグウェルへは何度も物資輸送で行ってますので、任務に必要なことがあれば何でも言ってください」
溢れ出るやる気を感じる。自信たっぷりのその声に、クスクスという笑い声の、大人びた声がさらに乗っかった。
「あらあら~アルくんたら張り切っちゃって。案内はかっこ良く出来ても、いざ戦闘になればまた助けられちゃうんじゃない?」
「俺だって、賊の大規模掃討作戦では名を上げた"マグナー"だぞ? その辺の輩には負けないね」
メリッサのからかいに、アルは少し自慢げに返した。
「マグナー?」
思わず声に出た疑問に、彼らの会話が止まる。少し間が空いたあと、ジーナが説明する様に答えてくれた。
「マグナ―っていうのは、私たちみたいなアーツギア乗りの事ですよ。誰もが一度は耳にするものだと思ってました。特にアモンさんって、どう見ても素人さんじゃない感じなのに……」
「あ、アモンくん。足元に叉獣の巣があるから気を付けて~」
「おわっ!?」
彼女の疑問を塗りつぶすかの如く、メリッサの声が差し込まれる。急に言われたため、思わず後方に飛んでしまう。着地の衝撃で地面を響かせてしまった。
「あらら、びっくりして巣から出てきちゃいましたね」
ジーナの能天気なセリフとは裏腹に、叉獣と呼ばれた鹿のような獣は、にらむようにこちらを見ていた。
「この大きさのものを見ても逃げないのは、珍しいな」
「叉獣は自身の許容範囲のアーツ量を超えるものを見つけると威嚇する習性があるのよ~」
「なるほど。そんな動物が」
まだまだ、知らないことが多すぎる。これから先、無知なせいで何かが起きても困る。一般常識ぐらい理解しないとな。
「それよりも森の出口が見えてきたぞ、村まであと少しだ」
言葉通り、薄暗い森に差し込む光が見える。そのまま森を抜けていくと、帝都程ではないものの、それなりに立派な門壁が現れた。
「着きましたね。ここがシグウェルです」
近づいていくと、その壁の高さと作りの良さが伺える。彼を先頭に、通用門のある位置まで進んだ。
「マスター、妙じゃありませんか? 壁上に固定砲があるのに人が配置されていないなんて……」
ハクに言われて壁上を確認してみると、等間隔に配置された有人砲のどれにも人の気配がなかった。
「確かに妙だ」
複数の脅威と対峙している場所と聞いていたし、常備警戒されていないのは不思議だ。何か特別な理由があるのか。お世辞にも静かとは言えないアーツギアの歩行音や駆動音。それがこの距離で複数響いているというのに、なんの反応も無いなんていうのは少しおかしい気がする。
「イージス、壁内を索敵できるか?」
「もちろん余裕だぜ」
自信満々の言葉通り、時を置かずに報告がくる。
「見たところ、"敵"と呼べそうなヤツは2……かな? とりあえず地形情報も含めてゼロに転送するぞ」
「来ました。メインモニタに表示します」
見慣れた立体地図が表示される。ブリーフィングで見たものより詳細で正確だ。これによると壁内部の構造は、標高の高い位置に都市部が存在。そこから低くなるにつれて、農村が広がりをみせていた。
彼女が敵と呼ぶそれは、都市部にあった。見慣れない2つの赤い点で強調表示されている。スキルによる索敵は戦闘の基本だ。そのため幾度となく行ってきたが、ここまで漠然とした"点"だけというのも初めてだ。こちらに来てからのスキル自体、完全に信じれるものではない。今のところは気を付けるべき目安とでもとらえておこう。
地図を確認しながらルート確認をしていると、後を追うように彼らからも話が上がった。
「おかしいな。固定砲にも、検問所にも誰もいないだなんて」
「こんなこと、始めてね~。いつもは砲台に張り付いて見張っているのに~」
「アル、壁内をスキルで索敵してみたら、怪しい点が2つ映っていた。警戒はしておいたほうがいい」
「点ですか? メリッサの探知装置には何も映っていなかったのですが……」
疑問を浮かべた後、一拍置いて結論を出す。
「了解しました。とりあえず、緊急用の開門要請暗号を撃ってみます。その反応を見て強硬手段を取るか決めましょう。ジーナ、弾倉を空砲弾に変えて1.5秒刻みに、3回発射だ」
ハッキリとした返事が聞こえる。続けてマシンガンのマガジンを空砲弾に変えると、上へ向け指示どうりに撃ち出した。
重々しい砲声が等間隔に鳴り響く。3発目の炸裂音が鳴り止むのを待たず、アルは次の指示を出した。
「これで3分以内に返答が無ければ、緊急事態と判断して門を突き破る。みんな戦闘態勢に移行してくれ」
彼に応じて、武器を構える。慣れた動きで、迅速に態勢が整う。流石の練度だと思わず感心した。俺たちも安全装置を外すと前衛をカバーするように、位置へと着く。
初任務に不穏感が漂う。それなのに何故か、いつも通りの冷静さを保つことができた。
三分経ったか経たないかという頃だ。中央当たりの上空で青色の信号弾らしきものが、二つ光った。その光を確認したアルはすぐさま、全機に向けて通信を飛ばした。
「要請受諾の信号弾だ。みんな、武器を下していいぞ」
彼の声に周りは安堵の空気に包まれる。幾ら返答があったとは言え、一度憑いた不穏感は拭えなかった。注意はするべきだともう一度彼に伝えようとしたその時、先に通信を入れた者がいた。
「アル……対人警戒はしておくべき……だと思う……」
無線でも聞き取るのがやっとの、ニコの声だった。意見を言わないタイプの人間だと思っていたため、意外に感じつつも、それに便乗する。
「彼の言う通りだと思う。何かあったことに違いないだろうし、索敵時の怪しい点も気になるからな」
この忠告を聞いてか、安心感から出るフワフワとした口調から、キリッとした真摯な口調へと変わった。
「ああ、そうだな。少し安心しすぎだったな。よし、全機対人用兵装とエクスプローシヴプロテクトの準備だ」
その号令で、各々が態勢を整える。手動の門は重々しい低音を響かせながら開いた。
「イージス、こっちも念のためスナイパーライフルにIE弾を装填しておいてくれ」
全員の準備が完了するのを見計らうと、アルは前進を始めた。
先行はレッドバロンで、その後ろを追従する縦隊での移動。何の異常もなく農牧地帯を抜けた。そこから、都市部の手前に小規模ながら、家屋が密集した居住区画と思われる場所に入った。
中心の都市部へたどり着くためにはここを通らなければならない。だが機体が通れる道は一本しかなく、加えて舗装もされていない。通れるといっても建物同士の距離が非常に近く、中型の機体が一台通れるほどのあぜ道。これではいくら警戒しても、的と言わざる負えない。
「みんな~提案なんだけど、部隊を侵攻組と待機組に分けようと思うの。今のところ敵の気配はないけど、この道じゃあ奇襲や挟撃可能性もありうるし。それに、何かあったときのために、後方の安全確保と援護が出来る状態にあった方がいいと思うの」
提案したのはメリッサだった。
「用心深いですね。わかりました、部隊を分けましょう。侵攻は役割を加味して私とアモンさん、ハクさんにジーナで行きましょう。残りは待機して我々の指示を待つ。無線に関しても混信を避けるためにパターンを変える。こんなところでしょうか」
提案に乗ったアルは早速部隊を振り分け、その意見に"約一名"を除く全員が同意した。反対意見のコをなだめ、納得させたところで行動は再開した。
機体の魔導探知装置に反応がない。つまり付近にアーツギアを含む、大量のアーツを必要とする兵器の心配はないということだ。探知阻害のアーツスキルも、あるにはある。だが、探知機を狂わせて妨害するものがほとんどだ。仮に最高クラスの隠密スキルを、機体に適用できるような存在がいれば、今頃俺たちはここに立っていないだろうし。
それより、少し気になるのは"工作兵"の存在だ。探知機が効かない分、目視で発見しなければならない点では厄介ではある。しかし、全ての敵性存在が抜け目なく表示される、イージスのスキルが完全に機能していると仮定するなら、中心部まで脅威はないはずだ。それに、ほぼすべての機体に"エクスプローシヴプロテクト"と呼ばれる、対炸裂防護用のアーツマギアが付与されているため、兵が携行できるサイズの武器で、効果的なダメージを与えられるとは考えにくい。
流石に機体に直接張り付き、大量のアーツを使用する、「爆裂」<エクスプローシヴ>のアーツマギアを複数使用できれば効果的な打撃を与えれるだろう。プロテクトの限界容量を超えさえすればいいのだからな。しかし、そんなことは、アーツギアクラスの大きさを誇る媒介用デバイスがなければ不可能だ。
とはいえ、今は考えうる最善の策を講じながらことを進める必要はある。
状況を整理していると、突然二つ前の機体から決して軽くはない爆発音が耳を貫いた。
ジーナの機体からだ。
「各機、対人警戒を強化、間隔を開けるんだ」
アルの気迫のある声で崩れかけた隊列が立て直す。
「ジーナ、損傷の報告」
「プロテクトの許容限界を超える威力です! 両脚部の関節装甲板がやられました」
彼女の報告にありえないと叫びそうになった。
「2A2Gか……」
呟き捨てるように吐いた彼の言葉には聞き覚えがあった。歩兵が携行する対魔導機兵用擲弾筒の略称だ。ただこいつの威力はたかが知れたもの。そのはずだ。
「2A2Gレベルがプロテクトを突破して、装甲板を破壊したって言うのか?」
「奴らアーツアンプリファイアを装備しています。しかも2A2Gも"ただの"ではなく、それに合わせて作られた強化版です。加えて装甲の薄い部分に一斉射撃。ただの賊の腕と装備ではありません!」
アーツアンプリファイア?
確か旧式のアーツギアなどの心臓部に搭載された、魔力増幅器だったはずだ。アーツの保有量が少ない、始めたてのプレイヤーでもすぐに機体を動せるようにするための補助装置。とはいえそれ自体がかなりの重量なため、成長して必要なくなれば、取っ払うなりして機体の強化に変えるのが普通。そんな代物のはずだが、人間用のなんて、聞いたこともない。
考えの結論が導き出されるのを待たずして、次の爆発音が軋むような揺れとともに訪れる。
「左右に敵性存在を確認しました」
モニターへ目をやると、箱状のものを背負い、手には大口径の携行砲のようなものを所持する兵士が、屋根上からこちらへと敵意を向けていた。
恐らく、背中に背負っている箱が例の増幅器。手に持っているのは、効果から察するに榴弾。もとい衝撃式炸裂弾ことIE弾だろう。しかも人間サイズで、プロテクトを優に突破しダメージを与えることができる威力。探知機に反応が無かったから、アーツ量も大して必要ない。こんなものがあるんじゃあ、この世界のパイロットがあれだけ警戒する理由も納得できる。
「そんなふざけたものを持った奴らが、確認できるだけで4人……少なくとも索敵スキルはだめだったか……」
自分の中の常識をすべて打ち壊され、予測もすべてといっていいほど外れてしまった。思わず動揺が声色に現れてしまう。それを聞いてか、考えあぐねていたはずのアルから最終手段といえる答えがでた。
「仕方ない。村の住人には悪いが、家屋を破壊しながら強行突破するぞ。損害は国が保証してくれるだろう。建築物ぐらい許してくれよ」
「ご主人様、望遠中のモニターを見てください」
まずいな。この静けさから、中心部以外に一般人はいないと思ったが甘かった。ゼロなら寸分たがわぬ正確な射撃が可能だろうが、威力が高すぎて、この状況ではアーツギアの武装は使えない。
「待てアル、右の家に子連れの一般人を視認した」
「なに!? 汚ねぇマネしやがる奴らだ!」
声を荒げ、正義感からくる怒りを前面に出す。そんな彼の言葉に、あることを気づかされた。
そうだ。彼の言う通り、俺が降りて相手すればいいんじゃないか?
機体はゼロに任せることができるし、歩兵銃ならあの間接的な人質は機能しない。未だに俺個人の戦闘力は分かっていないが、仮にも「死神」なんて二つ名がついたデータだ。スキルがまともに使えなくとも、プレイスキルの感覚が変わったように感じない。それに、ここで死ぬようじゃ、最強の部隊なんて夢のまた夢だ。
そう自分に言い聞かせると、コックピット内に置いてあった常備のライフルを片手で掴み、小型の通信機を耳にはめた。
「この機体、頼んだぞ」
「行ってらっしゃいませ」
彼女の送りの言葉を聞き届けると、ハッチを開け外に飛び出した。
「アル、煙幕を焚けるか?」
「煙? ええもちろん積んではいますが……何か思いつかれたのですか」
「まあそんなところ。視界が煙に覆われたら、そのまま前進してくれ」
この指示に彼は考え込む様子を見せる。普通に考えれば、こんな細道で範囲爆発攻撃の2A2G相手に煙で視界を遮ったところで、無意味な行為であるというのは誰でもわかる。
「……アモンさんがそういうなら分かりました。やってみましょう」
続けて最後の指示を出した。
「ハク、その機体で先頭までジャンプできるか」
「落下衝撃吸収用のエアダスターを使えば可能です。マスター」
「みんな、頼むぞ。煙幕放出後、ハクのジャンプを合図に行動開始だ」
今度は全員揃ったそれに、背を押されるように機体を飛び出した。
「煙幕展開、作戦開始!」




