第八話 『カルテル』
「ほいよ。銀貨2枚と銅貨5枚な!」
「へ? 銀貨一枚足りねぇと思うべ……」
「あん? ああ。今日から買い取り額が変わったんだよ」
「そんな……」
「いや、オスビンさんよ。去年まではこの価格だったじゃねぇか?」
「だどもそれは……」
オスビンがいつものように卸商に薪を納めにいくと、買い取り価格が、銀貨1枚分も下がっていた。
――確かに、去年までは銀貨2枚と銅貨5枚だったけんども
――だども! それは……
「いやよぉ、オスビンさんの言いたいことも分かるぜ! でもよ?」
卸商は、蔑みと憐れみが混じったような目で、オスビンを見つめる。長椅子に片膝を立てて座る卸商は、オスビンより一回り以上年下であった。だが、売り手と買い手という立場が、彼の支配欲を刺激し、平素から彼は、オスビンを見下すように話すきらいがあった
「考えてみろよ、今までの価格が異常に<<高かった>>んだって!」
「だ、だども……」
オスビンは、愕然と卸商を見下ろした。頭に厚くターバンを巻いている卸商の目を窺うことはできないが、左の口角を上げて話す卸商は、おそらく自分を小馬鹿にしているように思えた。腕力ではオスビンの方が確実に上なのであるが、彼もまた、買い手と売り手という立場ゆえの、卑屈さに慣れてしまっていた。
「だ、だども旦那、わかっているべ? 今年は雨が多くて薪の乾燥がおっつかね」
「知っとるよ」
「そ、それに木の実が不作で、山の獣が、麓さ降りてきとるべ。日が落ちる前に仕事さ止めねば、ワシの命があぶねぇべ」
「それも、知っとる。だから薪の生産量が下がっているんだろう?」
「そ、そうだべ!」
薪というものは、乾燥させて初めて商品となる。水分を多く含んだ木は燃えないのだから、当然といえば当然だ。
今年は多雨の傾向にあり、この薪の乾燥作業が思うようにいかない状況であった。さらにこの天候の影響か、木々が実らす乾果の類が不作で、それを餌にする獣たちが飢えていた。それゆえ、本来、標高の高いところに棲む獣が、オスビンが縄張りとする山の麓の方まで、餌を求めて出没するようになっていた。
乾果を食する獣の中には、雑食の大型の獣も多く、日が落ちてから山に入るのは危険であった。必然、オスビンが山で木を伐れる時間は短くなり、総じて薪の生産量が激減していたのである。
ゆえに、薪の価格は高騰した。去年までは銀貨2枚、銅貨5枚であったのであるが、今では銀貨3枚、銅貨5枚、つまり銀貨1枚分価格が上昇したのである。
薪の需要は変わっていないのであるから、供給が少なくなった商品の価格が上がるのは、当然のことであったのだが、別段、オスビンが、それで儲かっているわけではない。生産できる薪が少ないのであるから、価格が上がっても、去年より実入りは下がっているくらいであったのだ。
「い、いいべ。問屋は別にアンタだけではねべ! 三区画先の店さ行って……」
「構わんよ?」
オスビンは、踵を返すポーズを見せたのだったが、オスビンの目論見とは違い、卸商は困った様子もなく、それを肯定した
「い、いいのけ?」
「だから構わんさ、少し遠くて大変だろうが、好きにすりゃいい」
卸商は、オスビンに支払おうとしていた効果を手の中で鳴らしていたが、それを皮袋に突っ込み、そっけなく言った
「ま、他の店でも値付けは変わらんと思うがな……」
「!?」
――そ、そういうことけ……!
オスビンは何軒かの卸商を訪ねてみたが、提示された価格は均一に<<銀貨2枚銅貨5枚>>であった。
――密談価格だべ……
本来、卸商の値付けが完璧に一致することなどありえない。銅貨1枚や2枚の差は出るものである。それが今日から同じ値段に、しかも銀貨1枚分低い価格で統一されるなど、まずもって不自然なのである。
――問屋連中で価格を買い取り価格を統一しやがったんだべ!
――そんなことは許されねべ! だども……
無論、そのような勝手は許されていないし、発覚すればこの地の領主が黙っていない。それを禁止する<<法>>というものが存在しているからだ
――だども、それをやるってことは、領主さんが一枚噛んでるんだべ……
しかし、取り締まる領主を抱き込んでしまえば、それは可能になる。もちろんそんなことをしては、肝心の売り手、オスビンらの恨みを買うことになるのではあるが、地に根付いた仕事をする、オスビンのような者にとっては、恨んだところで、逃げることも、反抗することも難儀なのである。
――泣き寝入りする……しかねべか
――でもこれじゃ、生活できねべ
――ましてや、母ちゃんをお医者先生に診せることなんて、とても……
オスビンは帰路につく。背中に背負った薪はなく、彼のポケットのには銀貨2枚と銅貨5枚が入っていた。