第七話 『貨幣価値』
「春秋五覇とは、斉の桓公、晋の文公、秦の穆公、宋の襄公、楚の荘王の組み合わせが一般的だが、その他の組み合わせとして……」
「なるほど、勉強になるな……」
高校の教室で、世界史の授業を聞きながら、須郷生真は、ノートにペンを走らせる。
「フィン銅貨1枚が20円ってとこか」
生真の机の上には、世界史の教科書はなく、そこにあるのは<<異世界人オスビン>>をモニタリングしているスマートフォンであった。さらにいえば、スマートフォンと生真の耳は、イヤホンでつながっており、およそ世界史の授業を聞いていないことは一目瞭然であった。
生真の通っている、私立光正学園は、小規模ながら旧帝大に毎年何人もの合格者を出す進学校である。生徒の自主性を重んじるといえば聞こえはよいが、要するに放任主義の過ぎたる風潮で、授業を聞くも聞かないも、生徒の自由に任されている。もちろん大多数はしっかりと授業に耳を傾けているのだが、2割程度は自分なりの勉強法で自由に勉強しているのだから、生真を見咎める者などいなかった。有名進学塾のサテライト授業を、スマートフォンで受講しているとでも思われているのであろう。
生真がオスビンのモニタリングを始めて、既に10日が経過していた。その間、オスビンがあの劇薬を手に取ることはなかったが、生真に焦りはなかった。むしろ呑気にオスビンの生活の中から、彼の世界の常識を学ぼうと、ひたすらに観察を続けていたのである。
そして、その観察の中で、生真はある程度、彼の世界の通貨価値を掴んでいた
――牛乳1瓶の価値を200円と仮定した場合……ではあるが
オスビンは山に籠って薪を作る日と、作った薪を商人に卸す日を交互に繰り返しているようであった。安息日などは無いようで、少なくとも、生真の観察する中、オスビンが終日に休んでいたことは一度も無かった。ただ、仕事量をコントロールしていることは見受けられたので、つまりはそういうことなのであろう。
商人に薪を卸す日は、山小屋と町を4往復するのが彼の常であった。4往復目の帰り道、オスビンは牛乳やパンを、商店に求めることがあった。牛乳を買うときに支払ったのが、フィン銅貨が10枚であり(銅貨をフィンと呼称することは、モニタリングの中で知った)、もしくはフィンボル銀貨1枚で購うこともあったから、つまりは銅貨10枚と銀貨1枚が等価だ、ということになる。
牛乳1本を200円と仮定すれば、フィン銅貨1枚が20円、フィンボル銀貨1枚が200円というのが、生真の算出した硬貨の価値である。
ちなみに、オスビンが薪を1回卸すことで得られる対価は、銀貨3枚と銅貨5枚である。1日に4回卸すのであるのだから、その日に得られるのは銀貨14枚となり、生真の算出で2,800円の収入であった。2日に1度は山に籠るターンになるのであるのだから、月の収入は1日2,800円の15日分、42,000円となるわけだ。
――いかにも貧しいが、オスビンの家の周りには畑があったな
――食うものは、ある程度、家庭菜園で賄っているのだろう
――まぁ、どうでもいいことだけど……
ちなみに、金貨の存在を生真は把握していたのであるが、オスビンが金貨を手に取る機会は、ついぞ無かったので、その価値の算出は保留している。
――やっと、こうやって観察できるまで、オレも落ち着いたってことだな
硬貨の価値をメモしたノートを見ながら、生真は少しの感慨を覚えた。
――1回戦目、このゲームに巻き込まれた直後は、ただそれに夢中だったし
――2回戦目は、沙英が脱落者になることを選んで、オレの心が激しく乱れた
――3回戦目は……他者を不幸にした罪悪感が一気に襲ってきたっけ
――4回戦目はなんとか心を落ち着けて、沙英を見つけ出そうって決心して……
――5回戦目は……今回は、できるだけ情報を集める。その上で……勝つ!
生真は右手の冷や汗で濡れたシャープペンシルをハンカチで拭い、右掌を膝にこすりつけると、深呼吸して、再びオスビンを映すスマートフォンに目を向けた。