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第六話 『善良な者』

 オスビンは町を抜け、ろくに舗装もされていない街道を走っていた

 ――とんでもねぇもん、手に入れちまった

 薪を担いで、一日に何度も往復する道なのだから、夜であろうと迷うことはない。本能的に道は覚えている

 ――使わね…ぞ。ワシはこれを使わね!

 走りながらそう心に呟いてみるが、すぐにもう一人の自分が矛盾を指摘してくる

 ――使わねなら、なして買ったべ? 必要ないならなして買ったべ?

 ――仕様がなかべ! 買っちまったもんは仕様がなかべ!

 息切れがしてくるのだが、オスビンは口を真一文字に結んで、家へと続く街道をひた走った。


 オスビンには3人の家族がいた。父は既になく、年老いた母と、妻、そして12を数える娘である。こんなものを買ってきた息子をみて、母はどう思うであろうか? こんなものを買ってきた夫をみて、妻はどう思おうであろうか? こんなものを買ってきた父をみて、娘はどう思うであろうか?


 ――これを家に持ち帰るわけにはいかねぇ

 オスビンは街道を逸れ、既に闇に包まれた山に向かって走り出す。その方向には、仕事場にしている山小屋があり、そこにイクマから買った商品を隠そうと考えたのだ。

 ――ちっと遅くなっちまうけど、仕方がねぇべ

 ――ちっと家族に心配かけちまうけど、仕方がねぇべ

 ――こんなもん、家に持ち帰るわけにはいかねぇんだから、仕方ねぇべ


「ふーん。隠すんだ。本当にいらないんだったら、捨てればいいのに」

山小屋でゴソゴソと動き回るオスビンをスマートフォン越しに眺めながら、イクマは吐き捨てるように独りごちた。夜の酒場はさらに喧騒を増していて、テーブルの下、イクマの膝の上で光るスマートフォンに目を遣る者はいない。

 イクマは得心したように頷くと、スマートフォンの画面を消す

「姐さん! お勘定!!」

デニムのポケットから適当にこの世界の硬貨を取り出し、支払い分の硬貨を取るように、女店員に促す。イクマには硬貨の単位も、価値もよくわからないのだ。


 酒場を後にしたたイクマは、先頃、座って往来を眺めていた路地へと足を運んだ。街灯も、家屋から漏れる光も届かないそこは、塗りつぶされたような黒をたたえている。イクマがそこに足を踏み入れると、彼自身も溶けるように、その黒に同化していくように見えた

 ――接触完了。これで後は、結果を待つだけだ

 ――もうやることもないし、アッチで観察しよう

 イクマは完全に黒に溶け、その存在をこの世界から消していった。


「遅かったわね」

オスビンが家の戸を開けると、責めるような目で妻のハイジアが彼を睨んでくる

「パパ! おかえりーーー!」

娘のゾフィが、オスビン駆け寄り彼に抱きついてきた

「ただいま、ゾフィ。遅くなって悪かったな、ハイジア」

オスビンはそう謝ったのだが、ハイジアは抱き合う2人を見て、幸せを感じたのであろうか、目を細めて笑って頷き、それ以上オスビンを責めるようなことはしなかった。


「母ちゃんはどうしたべ?」

「もう寝たわ。今日は調子が良かったみたいで、色々と手伝ってくれて助かっちゃった」オスビンの母は、病で伏せることが多くなっていた。しかし、医者に診せられるほど、裕福でないのだから、彼は母の病名を知りもしないし、その余命を知ることもない。ただ、時の進むに任せるだけであった。それがこの世界の常識であり、一般階級である、庶民の常であるからだ。


 ――母ちゃん、良くなっているんだべか?

 ――だども、父ちゃんも元気になったと思ったら死んじまったべ

 ――ワシには、なんもできねぇ。ごめんな母ちゃん

 オスビンは心の中でいつものように、母に謝ったが、ふと、こんなことを考えた

 ――あの劇薬を使って金儲けできねぇべか?

 ――そしたら、母ちゃんをお医者先生に診せられねべか?

 ――ゾフィを学校に行かせることだって、出来るかもしんねし

 ――ハイジアに綺麗な服さ、着せることも出来るかもしんね


 その思いつきは自然であり、それは「愛」が想起させたものに違いなかった。オスビンは善良であり、善良でありたいと考えているのだから。

 だが、それはイクマの予想通りであるともいえた。イクマはオスビンが善良であるからこそ、劇薬を彼に譲ったのだから……。

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