第五話 『商談終了』
酒場に一人残ったイクマは、空になった皿や、オスビンのジョッキが置かれたテーブルを眺めていた。そこには既に、劇薬も血清も、注射器もなく、イクマは、まだ酒の入った自分のジョッキから酒を大口に煽った
――これでいい。いや、これしかないんだ
イクマが、酒場の入り口、西部劇でみたようなスイングドアに目を遣ると、それはまだ揺れており、つい先頃、オスビンが走るように去っていったことを物語っていた。
「言い値で良い」と言うと、オスビンは財布から硬貨を何枚か取り出して、イクマにそれを押し付けると、商品を抱えて逃げるように酒場を去って行ったのだ。
――使いみちが無いって、言ってたのにな
イクマは、手のひらでオスビンから貰った硬貨をもて遊んだ。この硬貨がどれほどの価値があるのかどうかは、詳しくは分からないが
――いいとこ酒一杯分ってところだろう
なんとなくそんな風にイクマは考えていた。
「おいっ! 酒……もう一杯」
空になったジョッキを掲げ、イクマは店員に声をかけた。
――もうオスビンに直接的に<<接触>>することはできない
――許されるのは<<観察>>と間接的な<<接触>>
「だが……」
思わず否定的な接続詞が、イクマの口から漏れだす。
――だが、間接的な<<接触>>すら必要ないだろう
イクマは、スマートフォンを取り出し、件のアプリケーションを立ち上げて、右隅に配置された歯車ボタンをタップする。メニュー一覧が呼び出され、それがポップアップ表示されるのだ。イクマはその中から<<対象観察>>のボタン、望遠鏡のイラストをタップした
――オスビンのやつ、まだ走っているのか……
イクマのスマートフォンに、オスビンの後ろ姿が映し出される。今はオスビンを後ろから撮影しているようなアングルであるが、画面上をフリックすれば、アングルは自由にコントロールすることが出来るのだ。
「5回戦……今回もオレの勝ちだな」
女店員が運んできた新しい酒を一口飲み、イクマはそう呟いた。