第十四話 『事件の発覚』
5回戦が始まって14日目。
この時点で、生真が干渉したオスビンが幸福になったのか? 不幸になったのか? はもちろん判定はされない。<<半分が天使で、半分が悪魔のイラスト>>のアイコンで起動するスマートフォンアプリ、を立ち上げても、現在のオスビンのそれを判定するような機能は存在しない。
判定は月末のタイムリミットと同時に<<何者かによって>>なされていた。つまり良くわからないのだ。
生真が消化した4回のゲームでは、月末のタイムリミットと同時に、アプリに結果表示がされていた。分かるのは結果のみであり、その理由などは一切示されていないので、その判断基準を生真は理解していなかった。
――だから、誰から見ても【不幸】と思われるような状況にしなくてはならない
生真は、そういう前提の上で、オスビンに干渉していた。
残り16日。不安がないかといえば、そうではないが、生真はある種の確信をもって、オスビンの観察を続けていた。
14日目。
オスビンは、山小屋に赴き、隠した劇薬や残りの金が暴かれていないことを確認した後、街へと下りていった。もちろん、卸商の店の様子を確かめに行くためである。
オスビンは、不自然に思われないように、ただ街に買い物に下りてきた装い、を演じながら、卸商の店舗を横切った。
横目に確認した店は、扉が締め切られていて、中を窺い知ることができない。オスビンは卸商を殺害した後、急いで山へと駆けたのであるから、もちろん彼の店の扉を閉めるようなことはしていなかった。
――つまり、既に発見されて、色々終わったあと、ってことだべ
<<色々>>とはつまり、発見、通報、検分のことである。すでに官憲の手が入っているとオスビンは判断した。
オスビンは、世間話の中にこのことを尋ねてみようと、卸商の店にほど近い、馴染みのパン屋に入ることにした
「おー、オスビンさんじゃねぇか!」
「おはよう、リストルトさん」
挨拶もそこそこに、パン屋の店主るのリストルトは、小走りでオスビンの元へ駆け寄ってくる
「おいおい、聞いただろう? ヘルムの話……」
内緒話でもするかのように、小さな声で、リストルトはオスビンに耳打ちする
「なんのことだべか? そういやヘルムんとこの店、閉まっていたども……」
リストルトがすぐに核心に触れてきたことで、オスビンの声が少し震える。ヘルムとは無論、卸商の名である
「なんだ? 知らんのかよ! 死んじまったんだよヘルムのやつ……」
「ヘルム……が死んだ?」
「そうよ。金を奪われていたらしいからなぁ。強盗の仕業かもしれん、と役人様は言っとったわ」
もし、オスビンがヘルムの金を奪わなかったとしたら、もしかもすると、毒蛇に噛まれたであるとか、そういった判断がなされていたかもしれなかった。
なぜなら、劇薬は神経毒と出血毒のカクテルであり、その成分は蛇毒に酷似したものであったからだ。
ただ、外傷も首筋に打ち込まれた注射針によるものだけであったのだから、蛇に噛まれたとは判断されず<<謎の突然死>>などと、迷宮入りしたかもしれない。
いずれにせよ<<人の手による殺人>>とは断定されることは無かってであろう。
「強盗……」
「でもなぁ、なんで死んだかは分かってねぇみたいなんだわ」
「どういうことだべ?」
「そのままの意味よ。殴られた痕も、刺された痕も無いって話さ。だからよ、発作か何かで死んで、その後できた<<誰か>>が、金を奪ったんじゃねぇか? って話もあんだわ」
「なるほど、そうかもしれねな」
ヘルムがそれほどに評判のよい男では無かったからか、リストルトの声に悲哀は感じられなかった。さながら世間話ように話を終えたオスビンは、幾つかのパンを選び、それを買い求めることにした。
「お、なんだい? 今日は高い奴を選んでくれるじゃねぇか」
リストルトが嬉しそうに手を揉んでいる。その金の出処の良し悪しはともかく、懐の暖かいオスビンは、無意識にいつもは買わない、比較的高価なパンを選んでいたらしい
「た、たまには娘さ、喜ばしてやりてぇからな」
オスビンは、あからさまに動揺して、そう答える
「かっかっか! さてはお前さん、嫁さんと喧嘩したな? 娘のためとか言って、ほんとは嫁さんのご機嫌取りなんだろう?」
「まったくリストルトさんには、かなわねぇべ」
オスビンは苦笑いながら、リストルトに支払いを済ませた。
愚直で善良なオスビンの普段の行為を考えれば、多少羽振りの良い振る舞いをしても、<<ヘルムを殺したのはオスビンかもしれない>>などと考える者はいない。だが、オスビン自身はどう考えるだろうか?
オスビンはリストルトの店をあとにする。
オスビンは触ったら痺れてしまいそうな、刺々しい小さな凝りを胸に、街の医者を訪ねようと、通りを歩いて行く。