第十一話 『ゲームのルール』
(1分以内にコレを打てば助かる)
オスビンは、イクマと名乗った行商人の言葉を心の中で反芻する。
見下ろした卸商は、痛みにのたうち回っていたはずが、全身を痙攣させ、呼吸すら出来ないようであった。
――早く血清を打たねばなんね
オスビンは新しい注射器に血清を満たし、それを卸商に打たんと一歩足を踏み出した
カチャ
踏み出した足先が、金に光る小さな金属に触れる。それはフィンブルク金貨であり、オスビンがそれを手にした機会は、数えるほどしか無い。その価値はフィンボル銀貨の50倍。生真の試算に従えば、日本円で10,000円の価値がある硬貨であった。それは、オスビンの月収の約1/4に相当した。ちらりと見た範囲でも、それが5枚ほど散らばっていた。
――そしたら、あの革袋の中には、一体なんぼほどの金が、入っているんだべか?
――コイツ……ワシの薪を買い叩いておいて、どれほど稼いでいるんだ!?
オスビンは怒りの中にそう思った。そう誤解した。
確かに、卸商の革袋の中には、沢山の硬貨が詰まっていた。それこそ、オスビンの月収の半年分以上は入っていた。
しかし、卸商にとってそれは商売道具であり、生活費ではない。商品を納めにやって来る、オスビンら生産者に、対価を支払うためのものでしかありえない。それ無しでは彼の生業は成し得ないのだから。
オスビンの目から卸商の姿が消える。彼の目に映るのは、銅貨、銀貨、そして何より金貨である。夢中にそれらをかき集め、ひったくるように卸商の腰から硬貨の詰まった革袋を奪い、拾った硬貨もそこに押し込んだ。手のひらに乗せてみると、その重みはずっしりとオスビンの二の腕に負荷を掛けてくる。それはオスビンにしてみれば、卸商の<<罪の重さ>>と同義であった。
――これは、ほんとならワシが得るはずだった金だべ!
そして、血清で卸商を助けられるリミット<<1分間>>が経過する……。
「お、殺したな……」
須郷生真は、スマートフォンでオスビンの凶行を見ながら呟いた。
――オレがガチャで引いたのは、神経毒と出血毒のカクテル
――激しい痛みと、全身麻痺。即効性と致死性の高い劇薬だ
生真が参加するこのゲーム。つまり<<天使と悪魔の対決>>のルールは、およそ以下の通りである
※※※※※※※※※
1.参加者は【天使陣営】と【悪魔陣営】に別れる
ゲームの完全決着まで、この陣営から移動することは出来ない
各陣営は20名ずつで構成される
2.参加者は月頭に、現実世界の【アイテム】をランダムで1つ得ることが出来る
ゲーム内ではこれを【ガチャ】と呼称する
3.参加者は異世界に任意のタイミングでに転移することが出来る
転移の回数に制限はない
4.参加者は月頭~3日目の間に、異世界人1名に干渉することが出来る
干渉の際【ガチャ】で獲得した現実世界のアイテムを対象に譲渡することが出来る
それ以外の現実世界のアイテムを譲渡した場合は【脱落者】となる
また、誰にも干渉を行わなかった場合も【脱落者】となる
5.4日目以降、干渉した相手に再度干渉することはできない
干渉した場合は【脱落者】となる
干渉した相手以外の異世界人に干渉することは可能
6.月末に結果判定を行う。すなわち
【天使陣営】干渉した相手が【幸福】になっていれば2pt獲得
干渉した相手が【不幸】になっていれば2pt消失
【悪魔陣営】干渉した相手が【不幸】になっていれば2pt獲得
干渉した相手が【幸福】になっていれば2pt消失
7.毎月このゲームは実施され、累計ptが先に500ptに達した陣営が【勝利】
また、陣営の全ての人員が【脱落者】となった場合は、その陣営が【敗北】
8.勝利した陣営はこのゲームから解放される
敗北した陣営はゲームリセットのうえ、再度このゲームに参加する
※※※※※※※※※
つまり、生真は、月初のガチャで<<劇薬、血清、注射器のセット>>を獲得し、干渉相手に異世界人オスビンを選択したのである。
生真は、悪魔陣営に所属しているのであるから、月末までにオスビンを【不幸】にしなくてはならないのだ。
――このゲーム、pt獲得の面で見れば【悪魔陣営】が圧倒的に有利
生真は、そう理解していた。
実際ゲームが4回消化された時点での、各陣営のptは
【悪魔陣営】106pt
【天使陣営】-120pt
であった。
――だが、一方で……
生真は思う。たとえ異世界人とはいえ、他者が自分の干渉により、不幸になっていく様を見続けるということは、まず精神的に耐えられるものではない。
実際に、すでに【悪魔陣営】から4人の脱落者が生じている。そしてその中には、生真の幼馴染である喜多川 沙英が含まれていたのだ。