第一話 『5回戦』
地下に作られた下水道から立ち昇る匂いに顔をしかめ、男は上着のフードを深く被り直した。日没までは、まだ幾分かの猶予がある時分だが、曇天に火輪を薄めた空は、日没後のそれと大差はない。街灯を求めるなど、的はずれな文明レベルなのであるから、男の座る路地は暗く、男の顔をさらに深い黒へと染めた。
男は上着のポケットを探って、スマートフォンを取り出した
『2014年8月3日』
スマートフォンの画面が、場違いな明るさで現在の日時を示している
――今日中に干渉できないと、オレも<<脱落者>>ってことだな
――まぁ、それはそれで良いのかもしれないけれど
男はスマートフォンの画面を指でなぞり、ロックを解除すると、並べられたアプリケーションのアイコンから<<半分が天使で、半分が悪魔のイラスト>>のそれを選んで親指で叩く
『ようこそ チャボ さん -TAP-』
『<<選定>>に許された時間は あと8時間30分 です -TAP-』
『がんばってください -TAP-』
立ち上がったアプリケーションには、無機質な演出で文字が浮かび、指で画面を叩く度に、その内容が変化していった。
――そんなことは分かっている
男はもどかしそうに、親指で画面を連打し、そのアプリケーションのメイン画面を呼び出した。メイン画面といっても、必要な情報が簡素に並べられているだけである。必要な情報とは、つまり
『開戦から 5ヶ月目 です』
『あなたは 悪魔 です』
『現在の悪魔の数 16 名 脱落者数 4 名』
『現在の天使の数 20 名 脱落者数 0 名』
『悪魔の得点 106 pt 勝利まであと 394 pt』
『天使の得点 -120 pt 勝利まであと 620 pt』
男は何度も確認した画面を見つめて、深く息を吐く
――沙英。今お前は何処にいる?
――まだ生きているのか?
――どんなに上手くいったとしても、勝利までは最短で13ヶ月
――オレはどうすればいい? 沙英……