三題噺 (お題:ヒキガエル、妖精、ホットドッグ)
こんにちは、葵枝燕です。
約一年ぶりに、三題噺を書いてみました。……とはいっても、随分前に書いたものに、加筆を施したものですけどね。あらためて読み返したら、結構ひどかったです、トホホ。
ジャンルは、[ファンタジー(ハイファンタジー)]にしたのですが……よくわかりません。ファンタジーなのでしょうか?
あ、お題は、ヒキガエル、妖精、ホットドッグです!
後書きに内容などなど書いていますが、完全なるネタバレなので、どうか本編を読んでから読んでくださいね!
それでは、どうぞご覧ください!
とある森の奥に、美しい泉がありました。その泉の周りには、たくさんの生き物達と、そして、たくさんの妖精達が住んでいました。
妖精達は皆、背中に美しい翅を持っていました。トンボの翅を持った者は、速く飛ぶことができます。ハチの翅を持つ者は、とても働き者で仕事熱心。そして、チョウの翅を持つ妖精は、皆美しくて踊りが上手でした。
リリアンヌは、そんなチョウの翅を持つ妖精達の中でも特に美しいと評判でした。その美しさに、森に棲むあらゆる妖精や動物が、彼女とお近づきになりたいと、必死になってアプローチしていました。
さて、そんなリリアンヌに夢中になっているひとりに、ヒキガエルがいます。森一番の不細工と名高い彼は、様々な物をリリアンヌに捧げました。あるときは水底で見つけた真ん丸な石、あるときは幸運の象徴と言われる四つ葉のクローバー、あるときは花びらで作り上げた美しいドレス――顔に似合わず、美しい物を見つけることが上手く、手先も器用なヒキガエルは、リリアンヌに近づきたいと必死でした。
しかし当のリリアンヌは、ヒキガエルに全く興味などありませんでした。それどころか、ヒキガエルを前に「あたしは、あなたみたいな不細工に興味はないの。帰ってちょうだい。そして二度と、金輪際、こんなことしないで。迷惑だわ」――こう言ってのけたことがあるくらいです。
そんなことを言われたのに、ヒキガエルは全く気にしていませんでした。それどころか、より熱いアプローチをするようにさえなっていたのです。
そんなある日のこと。ヒキガエルは愛しいリリアンヌへの贈り物を持って、リリアンヌの住んでいる家に向かいました。
リリアンヌの家は、太い幹を持った大きな木です。代々リスの家族が使っていた家でしたが、数年前に一家がそろって引っ越してからは誰も住んではいませんでした。リリアンヌは無人となったその家に一人で住み、時折自分と仲の良い妖精達を呼んではお泊まり会やお茶会をしていました。
「リリアンヌちゃん、喜んでくれるかなぁ?」
贈り物を小脇に抱えて、ヒキガエルは期待に胸を膨らませていました。
ちなみに、本日の贈り物はヘビの皮で作った鞄。ある日の散歩中、脱皮したヘビの皮を見つけたので、それを使って何日もかけて作り上げた、ヒキガエル渾身の力作でした。
そしていよいよ、ヒキガエルはリリアンヌの家の前にたどり着きました。ヒキガエルは深く息を吸い、
「リリアンヌちゃーん!!」
と、力一杯叫びました。その声はとても耳障りなものでした。近くを歩いていたアヒルの子ども達が皆、揃って泣き出してしまうほどに。
太く高い幹の中間にある窓から、リリアンヌは顔を出しました。そして、ヒキガエルの姿を認めた途端に不機嫌な顔になりました。もっとも、窓を開けた瞬間から充分に厭そうな顔はしていたのですが。
「またあなたなの」
その澄んだ声は、まるで鋭い刃のように響いて突き刺さるようでした。それほどに、凍った音だったのです。
「言ったわよね? 迷惑だからあたしの前に現れないでちょうだい、って。あたしは、あなたみたいな不細工に興味なんてないのよ」
随分な言い様でしたが、ヒキガエルは全く気にしていません。それどころか、満面の笑みを浮かべています。それが余計に、リリアンヌにヒキガエルに対する嫌悪感を植え付けるのですが、それをヒキガエルは知るよしもありません。
「新しいプレゼントを、作ってきたんだ。気に入ってくれると嬉しいなぁ」
「……あなた、あたしの話を聞いてるの?」
「頑張って作ったんだよ。ほら!」
そう言ってヒキガエルは、手作りのヘビ皮鞄を両手で持って掲げました。それを見たリリアンヌは思わず、
「ひっ」
と、引きつった声を上げました。
実はリリアンヌ、ヘビが大の苦手なのです。まだ幼かった頃、お腹を空かせたヘビに追いかけられたことがあり、それ以来ヘビに対して恐怖心を抱いているのでした。今でもそれは改善されず、ヘビを視界に捉えただけで逃げ出してしまうくらいです。
「大変だったんだよ-。ここの色付けとか、ここのボタンとか……ボクとしては、結構上手くできたと思うんだけど」
そう言いながらリリアンヌのいる窓を見上げたヒキガエルは、リリアンヌの表情を見て言葉を止めました。リリアンヌは、顔面蒼白で何の表情も浮かべていません。
「あれ……?」
ヒキガエルは、鞄とリリアンヌを交互に見て――、一つの結論にたどり着きました。
「もしかして、ヘビ、嫌いだった?」
その問いに我に返ったのか、リリアンヌの顔に表情が戻ります。嬉しそうに笑っている――わけがありませんでした。顔を真っ赤に染めたリリアンヌは、
「大っ嫌いよ!!」
と叫んで、窓を勢いよく閉めました。木の窓なのにも関わらず、周囲に重い音が響きます。その音に、泣き出した子ども達を必死になだめていた母親アヒルが、ビクリと身体をふるわせました。そして彼女は、子ども達を急かして、慌ててその場を去って行きました。
後に残ったのは、ヒキガエル一匹のみ。ヘビ皮の鞄を両手で掲げたその恰好のまま、彼はリリアンヌのいなくなった窓を見上げていました。
「まだいるわ。まったく、これじゃあ出かけることもできないじゃない」
リリアンヌは、閉め切った窓から外を見下ろして大きな溜め息を吐きました。そこにいるのは、両手で何かを抱え上げたまま固まっている一匹のヒキガエル。その手にあるものが、自身にとって最も忌まわしい生き物でできていると考えただけで、リリアンヌはゾッとするのでした。
「まったく、あれから一晩も経っているっていうのに……」
ヒキガエルがリリアンヌの家を訪ねてきてから、二日目を迎えていました。あれからずっと、ヒキガエルはヘビ皮鞄を掲げ持った恰好のまま、動きを止めているのです。その姿はとても気味が悪かったため、リリアンヌは外出さえできなくなりました。おかげで、妖精友達の家で開かれる予定のお茶会を欠席しなければならず、それがさらにリリアンヌを苛立たせました。
「どうにか、追い払う方法はないものかしら」
リリアンヌは、その形のいい指を眉間に当てて、部屋の中を飛びながら考えました。そして、あることを思い出したのです。
「そうよ! 今年は、あれがあるじゃないの!」
嬉々とした表情になったリリアンヌは、これは我ながらいいアイディアだと思いました。そして、方向転換をすると、窓に向かって再び翅を震わせたのでした。
ヒキガエルは、窓の開く音を聞き、うっすらと目を開けました。そして自分がいつの間にか、立ったまま眠っていたことに気が付きました。そのぼやけた視界の中に、愛しい妖精の姿が見えた瞬間、ヒキガエルは一気に目が覚めました。
「リリアンヌちゃん!」
「条件付きでなら、あなたとお友達になってあげてもよくってよ?」
ヒキガエルの頬が赤く染まります。ずっとつれない態度を取ってきたリリアンヌの、それは突然すぎる言葉でした。ヒキガエルにとっては、自分の今までの努力がやっと報われたような、そんな気さえしていたのです。
「何? ボクにできることなら、何だってするよ」
ヒキガエルのその言葉に、リリアンヌはとびきりの笑顔で応じます。
「三ヶ月後にある、ホットドッグ大食い選手権で、優勝してほしいの」
リリアンヌは、一語一語区切りながらそう言いました。その言葉に、ヒキガエルが目を見開きます。
「ホットドッグ大食い選手権だって!?」
ホットドッグ大食い選手権とは、三年に一度行われる、この森の一大イベントです。森のありとあらゆる生き物が、その一生のうち一度はこの大会に参加するのではないかとさえいわれています。ルールはいたってシンプルで、最も多くホットドッグを食べたものが優勝というものです。時間制限がない代わりに、三十秒以上手が止まるとその時点で失格となってしまいます。
「それも、優勝って!?」
ヒキガエルは驚きました。ヒキガエルは、このホットドッグ大食い選手権を遠くから見ているだけでしたが、それがどれだけつらくきつい競技であるのかを知っていました。参加者は毎回三百匹を超えますが、スタートから三十分と経たずに半分以上が脱落してしまうのです。
「そうよ。あなた、とても大食いそうじゃない? 初出場で初優勝! ……なーんてことになるかもしれないわよ?」
「で、でもボク、自信ないよぉ」
確か、前回の優勝者はワニで、準優勝者はカバでした。実はこの二匹、毎回トップを争っているのです。ワニが優勝すればカバが準優勝、カバが優勝すればワニが準優勝――という具合なのです。大会中のワニとカバは、まるで他の者が入ってくるのを絶対に許さないというような、そんな空気をまとっているようにも見えるのです。そんな二匹の中に、初出場の自分なんかが入っていけるのか――ヒキガエルには、自信がありませんでした。
「やりもしないで諦めるの? 意外と意気地なしなのね」
リリアンヌは、バカにしたように言いました。それが、ヒキガエルの気持ちを変えます。
大好きなリリアンヌに、がっかりしてほしくない――そう思うと、心にやる気の火が灯り、大きな炎となって燃え上がったのです。次の瞬間には、リリアンヌを見上げるヒキガエルの目からはもう、弱気な色は消えていました。
「やるよ! リリアンヌちゃんのために、絶対に優勝してみせるから! だから、ボクが優勝したら――」
「ええ、わかっているわ。約束どおり、あなたとお友達になってあげる」
リリアンヌのその花の咲いたような笑顔に、ヒキガエルは幸せな気持ちに包まれました。
さて、とうとうホットドッグ大食い選手権の日がやってきました。
リリアンヌは、他の妖精達と一緒に、会場が一望できる木の枝に座っていました。
「大会開始まであと五分でーす! 受付がまだの方はお早めに、お早めにお願いしまーす!」
放送係をしている妖精達が、そう言いながら会場を忙しく飛び回っています。しかし、ヒキガエルが現れる気配はありません。
「あと一分を切りましたよーぅ! 受付が済んだ方は、早く位置についてくださーい! 受付も、もうまもなく終了しまーす!」
そのとき、会場一帯が闇に包まれました。まるで夜だと思ってしまいそうなほどです。会場にいた全員が、空を見上げます。そして、その場にいた全員の顔が凍りつきました。
そこにいたのは、大きく奇妙な形に膨らんでこそいたものの、確かにヒキガエルだったのです。
ホットドッグ選手権の三ヶ月前――ヒキガエルが、リリアンヌと約束を交わしたその日。
ヒキガエルは、ワニとカバの住む沼を訪ねました。そして、何度も優勝争いをしている二匹に、こう切り出したのです。
「どうすれば、ホットドッグ選手権で優勝できるの?」
突然そんなことを言うヒキガエルを、ワニとカバは驚いて見つめます。
「どうしたんだい、突然」
カバがそう問いかけました。その横で、ワニもうなずいています。
「あの、ボク……今年のホットドッグ選手権で、どうしても優勝しなきゃならないんだ。だから、もしも優勝するコツがあるなら、教えてほしいんだ」
ヒキガエルは必死にそれだけを言いました。リリアンヌとの約束は、誰にも言いたくなかったのです。
「コツっていわれてもなぁ……。何かあるかい、ワニくん」
「特にないかな。カバくん、きみは何かないの?」
二匹は顔を付き合わせて何やら相談していましたが、突然勢いよくヒキガエルに視線を戻しました。
「練習してみたらどうかな?」
「練習?」
「そう。とりあえず食べまくって、本番に備えるのさ。オレ達は毎回、練習と本番を合わせたら千個以上食べてるぜ」
優勝経験豊富な二匹のその言葉に、それは名案だとヒキガエルは思いました。そして、早速今夜から練習を始めようと、そう心に決めたのです。
そして三ヶ月後――大会当日。
その三ヶ月の間、ほとんど休むこともなくホットドッグを食べ続けたヒキガエルの身体は、もはやその原型がわからないくらいに膨らんでしまっていました。しかしそのことに、当のヒキガエルは気付いていません。
「ボクも、選手権に出ますぅ」
「ひいっ」
受付係の妖精は、ヒキガエルが話しかけた途端にどこかへ飛び去っていきました。他の妖精達も同じで、話しかける前に逃げてしまう者もいました。ヒキガエルは困り果てて、周囲を見回しました。そして、愛しいリリアンヌが枝に座っているのを見つけたのです。ヒキガエルはリリアンヌの元に近付くと、その手を伸ばしました。
「リリアンヌちゃん! ボク、きみのために頑張るからね!」
そう言ったヒキガエルに、リリアンヌは不快感をあらわにした表情になりました。
「こっちに来ないで! どっか行ってよ!」
そう叫ぶと、リリアンヌは飛び去っていきました。ヒキガエルは、ポカンとした表情のまま、さっきまでリリアンヌのいた枝を見つめています。
気が付くと、周囲には誰もいません。それぞれの位置についていた生き物達も、家族や知り合いを応援しに来たのだろう生き物たちも、運営を一手に引き受けている妖精達も、それ以外の妖精達も、みんないなくなっていたのです。
ヒキガエルだけが、そこに残ったまま、呆然と立ち尽くしていました。
その後、ヒキガエルとリリアンヌがどうなったかって?
ヒキガエルは、何とあのホットドッグ選手権大会中止事件がきっかけで、彼女ができたのです。今はその彼女と、幸せに暮らしているようです。……しかしその彼女、ヒキガエル以上の大食いだという話です。
リリアンヌは、働き者なハチの翅の妖精と仲良く暮らしています。色とりどりの花が咲き誇る頃、結婚式を挙げる予定なんだとか。
ヒキガエルとリリアンヌは、今でもときどきは会うことがあります。それでも、いつも会いに行くのはヒキガエルの方で、リリアンヌは一度もヒキガエルの家に行ったことはありません。そのうえリリアンヌは、あのときの約束についてはっきりとした返事をしていません。
しかし、あのリリアンヌが結婚式に、ヒキガエルとその彼女を招待するというのですから、不思議なものです。
『三題噺 (お題:ヒキガエル、妖精、ホットドッグ)』のご高覧、ありがとうございました。
今回のお題は、ヒキガエル、妖精、ホットドッグでしたね。簡単にまとめると、「とある妖精のことをとても好きなヒキガエルが、ホットドッグの大食い選手権を条件に友達になろうとする」という感じですかね。
この話が投稿までに至る経緯を話すと、多分こうなります。初めてこの話を書いたのは、二〇一三年十月一日のことのようです。もっとも、それから何日かかけて仕上げたはずなので、あくまでも書き始めたのがこの日、だとは思いますが。それで、「なろう」で書き始めたのが、二〇一六年十一月十五日ですね。それから、完成したのが、二〇一七年一月二十五日――何だこれ!? いくら何でも、放置しすぎだろ、自分……。だから、下書きがたまっちゃうんですね、きっと。気を付けないといけません。
ちなみに、書き始める二〇一三年の段階では、ヒキガエルはリリアンヌに嫌われたまま、という終わりでした。ところが、書いているうちにヒキガエルが可哀相になってきまして。どうせなら、彼もハッピーエンドにしてしまおうということで、彼女ヒキガエルをつくりました。
さて、実は第三弾は既に書き上がっています。ただ、多分加筆するので、投稿はいつになるのかわかりません。気長に待っていただけると嬉しいです。
この度は、ご高覧、ありがとうございました!