悪役のすゝめ
「——こうなったら、お望み通り悪役になってやる——————っ!」
王城で最も豪華な謁見の間。
この国の中枢を占める人間や、同朋に囲まれながら、《祝福の魔女》であるフレイヤはやけっぱちで叫んだ。
それは、そこら辺に転がっている三文小説の様な話だ。
身分の低い少女は、素晴らしい力により、王城に仕官することになった。
少女は、持ち前の明るさと素直さで、周囲の者達を虜にしていく。
平の兵士から料理人、果ては宰相候補や王太子まで——。
それを快く思わなかったのが、王国に仕えている魔女と、王太子の婚約者だった。
そして、少女を苛めていた魔女と婚約者は、少女を愛する者達に成敗されたとさ。
——めでたし、めでたし。
で、終わる話だ。
少女を苛めていた、魔女と婚約者以外は。
フレイヤにだって、言いたいことはあるのだ。それは山ほど。
お前が破りまくっている王城の規則にはちゃんと意味がある、仕事中に男漁りは止めろ、仕事をサボるなこの恋愛脳共、自分の役目をなんだと思っている、注意してくる婚約者に当たるな、お前のためを思ってのことだろう———。
フレイヤは、己の職務に忠実な故に、馬鹿共の尻拭いや元凶の排除に動いたというのに、逆に悪者扱いされているこの状況は何だ。
国を傾けそうなのは、お前ら及びお前らが首ったけの女だよ、こんちくしょう。
おまけに、どんな手管を使ったのか、手塩に掛けて育ててきたフレイヤの使い魔までが、掌を返して、少女の味方に回る始末だ。
ここまでくると、いい加減心の汗が目に滲む。
——一体、自分が何をした。
「ということで、ユーフェミアは私の下僕その一ねっ!!」
「はい?」
フレイヤからビシッと指を突き付けられて、王太子の元婚約者は青い瞳を丸くした。
金髪碧眼の正統派美少女が、その地位に在る為にどれ程の努力をしたか、フレイヤは良く知っている。
空気の読めないお気楽女とその周りの恋愛脳共に諫言した如きで、貶められて良い娘ではないのだ。
どうせ、王太子も親もいらないと言っているのだから、フレイヤが貰ったところで、誰も構うまい。
「さ~て、城中を雑草だらけにしてやろうかしら。 それとも、大事な書類に限って、署名が必ず駄目になる様にしてやろうかしら」
実に悪い笑みを浮かべている割に、フレイヤのやろうとしていることは、かなりせこかった。
……言ってしまえば、悪役にも、適正と言うのがあるのである。
いくら頑張っても、子供の悪戯以上の悪さを考えられないあたり、フレイヤはせいぜい雑魚の子悪党ぐらいにしかなれまい。
因みに、フレイヤは《祝福の魔女》の二つ名の通り、祝福に特化した能力を持つ。
それ故、攻撃も防御も癒しも、味噌っかすだ。
だが、彼女こそが、攻撃特化の《破壊の魔女》をして、敵に回したくないと言わしめる数少ない存在だった。
物でも生物でも、能力の強化は序の口、新たな能力の付与もお手の物。
例えば、宝石に癒しの力を授ければ、治癒の魔法が素人以下でも問題無し。
更に、祝福は、使い方によっては呪詛まがいの効果も発揮する。
つまり、フレイヤは、補助系・妨害系の魔法なら何でもどんと来い、と胸を張って言える。
「——一昨日来やがりなさいっ!」
高笑いしながら下僕その一と共に去っていくフレイヤを、残された者達はビミョウな目で見送った。
——本当に雑草だらけになった王城と、大事なものほど台無しになる書類に、彼等は悩むことになるのだが、フレイヤには関係の無い事だ。
——ちまちまとしょうもない悪行を積み重ね、フレイヤに《残念魔女》と言う称号が与えられることとなるのは、そう遠くない。
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