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 それ以来ママが知らない人の名前を出すことはなくなった。レミチャとフェルリクの二人はいつもあたしといてくれる。


 だけどずっと三人でいるわけでもなくて、たまにレミチャがいなかったり、フェルリクがいなかったりもするけど二人のうちどっちか一人はいつもあたしと遊んでくれた。


 あたしは朝早く起きて教会裏で牧師さんの水やりをお手伝いするのを日課にしていた。


「ところでお姫様、前に自分の思い出がおかしい気がすると言っていましたが、それは解決しましたか?」


 今日も水やりをした後に牧師さんが淹れてくれるハーブティーを飲んでおしゃべりをしていたら牧師さんが尋ねてきた。


 そういえばそんなことを言った気がするけど、それはもう無くなった。


 あたしの思い出はレミチャとフェルリクとの思い出にほとんど埋め尽くされてる。


「もう解決しました。あたしがおかしいって思っても、あたしとの思い出を持ってる人がちゃんとした思い出を持っててくれますから」


 あたしの思い出に間違いがあれば、二人が直してくれる。

 だから大丈夫。


「そうですか。あの時はお話できませんでしたが、私にも過去に思い出が間違えているんじゃないかと思う時がありましてね」

「牧師さんにも?」


 牧師さんは誰に思い出を直してもらったんだろう。


「その頃、私の周りには誰もいませんでしたから私は一人で何とかするしかなかったんです」

「え? 一人で?」

「ええ、思い出を確認しようにも話し相手がいない。ですから、私は人ではなく物にね、頼ったんですよ」


 例えばと言ってハーブティーの入ったティーポットを持つ。


「このポットは昔から使っている物でしてね、ここには以前お話した二人のお姫様との思い出も詰まっています」

「お茶会に使ったのってそのポットだったんですか? それじゃあ……」

「そうですよ。現在のお姫様であるあなたが使ってくれているそのカップにも思い出は詰まっています」


 あたしの持っているカップをお姫様も使ったんだ。

 そう思うとなんだかこのカップが貴重品に見えてくる。


「物に詰まった思い出をね、視るんですよ。その物に宿っている気持ちや、時間を」

「そんなことできるんですか?」

「ええ、目の見えない私ですが感じることはできますので。今でも分かりますよ。そして私はそうすることを“物の記憶”を読み取ると言っています」


 “物の記憶”を読み取る……あたしにもできるかな。


「どうやってするんですか?」

「物に触れて」


 カップを両手で触る。温かい。


「目を閉じるんです」


 目を閉じる。何も見えない。


「そして気持ちを落ち着けると」


 深呼吸してみる。花の香りがした。


「視えて、聴こえてきます」


 何も見えない。牧師さんの声とあたしの呼吸する音しか聞こえない。


「あれ?」

「おやおや、お姫様にはまだ早かったですかな」

「うーん、天獄を使えるようになったらできるかな……」


 十五歳までもう少しだし。って言っても一年以上はあるけど。


「どうでしょうか。私の天獄は“天力・目測”という種類のものでしてね、目で視て発動するものだったのですよ」

「それじゃあ触れて見えたり、聞こえたりするのとは違いますね」

「ええ今ではもう発動することはできませんが、あの感じを思い出してみると物の記憶を読み取っている時とは違うような気がしますね」


 それじゃあ天獄に関係があるわけじゃないんだ。


「いずれお姫様にも使える日がきますよ。本当に知りたい気持ちがあれば」

「うん。使えるようになったら牧師さんに報告しますね!」

「ええ、楽しみですね」


 そう言って二人で笑い合った。


 でも、その日から七の日にちが経つと急に牧師さんの体調は悪くなった。

 日に日に外に出れなくなっていって、あたしは一人で水やりをすることが多くなった。


 レミチャとフェルリクも牧師さんに付きっきりになることが多くなっていて、ママは二人によくご飯を作ってあたしが持って行った。


 そんな日々が続いて七か月後、あたしは涙をこらえながら教会にある牧師さんの部屋にいた。

 牧師さんはベッドに横になってか細い息を吐いているけど、あたしは牧師さんの手を握ることしかできない。

 ママは教会の椅子に座っているからここにはいなくて、レミチャとフェルリクは部屋の扉の側であたしと牧師さんを見守っていた。


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