ソレイユ
予想通りと言えば、予想通り。
将臣よりも番号が前で、監督官ことリロイへと挑んだ五人は、現役ギルド構成員の前に呆気なく敗れた。
いや、正確に言えば短刀と槍を使う探索者は善戦したと言える。
槍で敵の間合いの外から攻撃し、接近された場合は素早く短刀で迎撃。そして後退し、再度槍による猛攻。
中距離と短距離を上手く活かし、時には槍を短く持って手数を増やすなど、実に柔軟な戦闘スタイルでリロイと死闘を繰り広げた。
しかし、彼以外の探索者は三十秒と経たずに地面に沈められた。
「中々の力だった、将来的には十二分に期待できる」
最後に、腹部に強烈な蹴りを喰らって戦闘不能になった九番の探索者が担架で運ばれて行く。
これで最後、次は将臣の番だ。
僅かに空いた障壁の隙間を潜り、中へと踏み込む。
地面には僅かな戦闘痕、そしてリロイの額には汗が見える。
流石に、手負いとは言え探索者を五人も相手をした後だと、それなりに疲労もしている事だろう。
「ふぅ……最近の入団希望者はレベルが高い、流石に連戦となると少々体力を使う」
リロイは額の汗を拭い、剣を握り直した。将臣はリロイの正面に立ち、魔術具を確かめる様に拳を握る。
「そうだ、先程の続きだが……攻略中の迷宮の名前だけでも教えてくれないか」
リロイは戦闘前の軽い会話として、先程聞きそびれた話題を将臣に振ってくる。
迷宮だけならば、第十階層の件には言及されない。故に将臣は簡潔に述べる。
「リディアだ」
答えた途端、リロイの目が熱を帯びた。
「へぇ……」
重く、腹に響く声。
リロイは明らかに先程とは態度を変えていた。
「リディアで、それもソロで探索出来る実力……」
手に持った剣を、軽く数度振るう。
そして、腰を落とした状態でリロイは将臣に宣言した。
「ゼオ、お前は他の入団希望者とは違う様だ、だから全力で行かせて貰う」
そう言ってリロイは、表情を豹変させ、強い闘志を体全体から漂わせた。
赤いオーラとでも言うのか、幻想的な光がリロイの体から立ち上る。
近接職特有の技能、余分な生命エネルギー、つまりは魔力を体全体に循環させる事で身体能力を強化する技。
体からオーラの様なものが見えるのは、消費された魔力が体の外に排出されているからと言われている。
消費魔力は圧倒的に少なく、多少魔力に余裕があれば誰でも使用できる魔術。
だが、恐ろしく習得が困難だと聞いた事がある。
「……闘技、だったか」
「あぁ、自慢だがコレを使える探索者はこのギルドでも四人のみ……故に、全力で来い」
リロイから発せられるプレッシャー、圧力、それは確かに通常の探索者から感じられるソレとは比べ物にならない。
まさしく、強者の風格。
成る程、その言葉に偽り無し。
彼は正しく強者なのだろう。
しかし。
―やはり、ガルエンディアとは比較するに及ばず。
将臣は足を肩幅に開き、しっかりと両足で大地を掴む。
そして、両腕を徐に組んだ。
所謂、仁王立ちと呼ばれる姿勢。
対峙するリロイが、眉を顰めた。
「これで良い、さぁ試合を開始しよう」
将臣が取ったのは、明らかに勝負を行う構えでは無い。
どちらかと言えば、観戦を決め込んだ客の様な態度。
リロイの額に、青筋が浮かんだ。
「……お前、舐めているのか?」
将臣はその言葉に、首を横に振る。
「いや、実力差を考えた結果、直接俺が手を下す魔術は不要と判断した、漸く対人戦にも慣れてきたのだ、これが最も効率的に良い戦い方だろう」
明らかに相手を格下に見た言い方、リロイの額からぶちんと、何かが切れる音がした。
「それに、ハンデが無いと『フェア』じゃない」
将臣の言葉に、リロイは歯を剥き出しで笑った。
「良いだろう……その余裕、後悔させてやる」
キレた。
先程よりも強い、怒気の入り混じった闘志がピリピリと将臣の肌を刺すが、将臣は余裕の表情で吐き捨てた。
「やってみろ」
リロイは獰猛な笑みを浮かべると、叫ぶ。
「行くぞ魔術師ッ、無様に這い蹲って後悔しろッ!」
将臣は、この入団試験に辺り、一つ目論んでいる事があった。
それは、自分を『圧倒的強者』に見せる事。
いくら大規模ギルドとは言え、無条件で手を出せないかと言えば、そうでも無い。
リスクを冒して尚、欲しい存在があるのならば、組織的な力でも何でも使って得ようとする者達は存在するだろう。
将臣が最初に狙われた時、将臣はまだ未熟だった。
その時のままであれば、組織に協力して貰い、己の保身に走るだけだっただろう。
だが力を付けた今なら?
そう、今なら話は違う。
組織の力だけでは無い、圧倒的力、純粋なネームバリューが抑止力となる。
自分の実力を周囲に知らしめ、自分に喧嘩を売る事の愚かさを知らしめる。
そして、組織に『必要な人材』だと思わせなければならない。
自分を手放すことのデメリット、それは強いとアピール出来れば出来る程、尚良い。
有名になれば、それ相応に面倒はあるが、名前で安全が買えるのだ。少なくとも、組織に居る間には。
その為にも、最初に行わなければならないのは、自分の実力を示す事。そして次に、組織内に味方を作る事。
将臣は、入団試験に於いて前者を果たすつもりだった。
リロイが強靭な脚力で地面を蹴る。
その加速を以て、将臣との距離を一気に詰めた。
速い。
驚異的な加速だ、先程戦った十一番の加速の倍近い速度があった。
将臣とリロイの距離は十メートル前後、それを一瞬で詰められた。
魔術の演唱は間に合わない。
リロイが勢いそのままに、剣を下段から斬り上げ。
しかし、その刃は硬質な音を立てて止まる。
【魔術障壁Ⅲ】
「ッ」
リロイが驚愕に顔を歪める。
魔術の構築速度がとんでもなく速かった。
斬り上げた剣が、火花を散らして障壁とせめぎ合っている。だが、一向に破れる気配は無い。
「どうした、来ないのか?」
将臣は仁王立ちしたまま、リロイを見つめる。あからさまな挑発、リロイの表情が獰猛な笑みに変わる。
「はッ、防御魔術に大層自信があるようだなっ」
リロイは一歩下がり、再度剣を振るう。
上段から振り下ろされた一撃が、甲高い音を立てて火花を散らす。重ねて、もう一本の剣が突きを放つ。弾かれた勢いを利用して、今度は薙ぎの一撃。
何度も何度も。
斬って斬って、斬りまくる。
剣が振るわれる度に火花が散り、将臣はその様子をじっと見つめていた。
「はっ、どうしたよ魔術師ッ、防戦一方じゃねぇか? さっきの勢いはどうした!?」
リロイは剣を振るいながら、将臣を挑発する。
リロイにとって、この勝負は既に勝利条件が変わっていた。
防戦一方の将臣、魔術師は攻撃魔術と防御魔術が同時に行う事が出来ない。
つまりは、こうして防戦一方に追い詰めてしまえば、後は障壁を破ればリロイの勝ちとなる。
魔術師に近接戦闘など、望むべくも無い。
そう思っていた。
普通なら、そうだっただろう。
「そうか、攻撃と防御は同時に出来ないと思っているのか」
将臣は、さも今頃気付いたとばかりに頷いた。何故こんなにも正面から攻撃を仕掛けてくるのかと疑問だったが、成る程、コレを破れば勝てると思っているらしい。
「固定概念だな」
「何……?」
将臣がそう言った次の瞬間、将臣の頭上に百を超える魔術弾が一瞬にして生成された。
唖然。
その一言に尽きる。
攻撃と防御が同時に行使可能という事実、そしてその圧倒的魔力量に。
「残念だったな」
将臣の表情は、どこまでも無表情。
リロイがその強靭な脚力を以て後退する前に、魔術弾が一斉掃射された。
さながら、連射砲の如く。
射出された魔術弾は【重砲撃】程では無いものの、それなりの質量を持つ。
地面に着弾した魔術弾は、容易にその表層を抉った。
リロイは、最初の一撃を辛うじて剣で斬り裂く。
そして同時に、その魔術弾が持つ異様な威力に顔を青くした。
魔術弾を斬り裂いた瞬間、衝撃で腕が痺れた。
素早く後退し、その直後リロイの居た場所に魔術弾が着弾。地面を抉った。
最早、魔術弾と呼べる威力では無い。
将臣が行った攻撃には、技術も、工夫も存在しない。
ただ膨大な魔力量と、制御能力に物を言わせた圧倒的飽和攻撃。
リロイが出来たのは、一発目を防ぎ、二発目を躱す。
それまでだった。
視界を覆い尽くす魔術弾。
これを全て避ける事など、不可能。
リロイは瞬く間に魔術弾の雨に飲まれ、その姿は砂煙の中に消えた。
誰の目に見ても、勝敗は明らか。
恐らく将臣が負けると踏んでいたのだろう、待機していた救護班も、その圧倒的な力を前に呆然としていた。
魔術弾の掃射が終わり、砂煙が晴れた場所に倒れ伏していたのは、勿論リロイ。
全身に魔術弾を受け、血の中に沈んでいた。
「おい、早くしないと手遅れになるぞ」
将臣にそう声を掛けられ、救護班は我に帰る。そして、慌ててリロイの元に駆け寄り、応急処置を始めた。
恐らく、このまま運んでは間に合わないと踏んだのだろう。
簡単な治癒を行い、直様担架で運ばれて行く。
後に残ったのは、戦闘痕の残るフィールドと将臣だけ。
やりすぎたか?
将臣は一瞬そう思ったが、首を横に振る。
いや、あれ位しなければ、自分の力を周囲に知らしめる事は出来ないと。
将臣が目指すのは、圧倒的強者。
何人も敵わず、手を出すことが死に直結する様な、そんな存在だ。
最悪、そう思われるだけでも良い。
拡張表現だろうと、何だろうと、手を出すことを躊躇う存在になれば良いのだ。
故に、これはソレに必要なパフォーマンス。
そう割り切った。
「ゼオさんッ!」
背後から、何やら聞いた事のある声が聞こえた。
ゆっくりと振り返れば、此方に向かって走って来るのは顔見知りの人物。
髪は金髪でストレート、長さは腰に届くか届かないかと言う程度。身長は将臣よりも低く、百六十丁度。
そう、リエルだ。
喫茶店以来だろうか、彼女はどこか焦燥に駆られた様子で将臣の元まで走り、大きく息を吐き出した。
将臣の前に立つなり、目尻を吊り上げる。
「ローブで体を隠した魔術師が入団試験を受けるって聞いたから、まさかと思いましたが……」
良くその情報だけで分かったな。
そう口には出さず、「そうか」とだけ返事をした。
「というか、今まで散々勧誘して来たのに、突然どういう心境の変化ですか?」
「何、一人では色々と限界があると感じただけだ」
その言葉を、リエルはどこか疑わしい顔で聞く。
将臣をじっと見つめるリエルからは、何かを感じ取る事は出来ない。だが、その鋭い眼光が将臣の虚偽を探っていた。
「まぁ、いいです、元から勧誘していたのは此方ですから」
ぱっと、表情を入れ替えて将臣に笑みを見せるリエル。
こういう切り替えの速さは、上に立つ人間の必須スキルなのだろうか。その切り替えの速さは、ある種不気味に映る。
「でも、何故入団試験なんて受けたんですか、私に連絡頂ければ直ぐにでも席を用意しましたのに」
「……何、私だけズルした様で気に入らなかっただけだ」
嘘だが。
「相変わらずですね」
どこか諦めた風のリエルに、将臣は申し訳無く思う。
将臣が横に視線を逸らすと、戦闘痕の残るフィールドが視界を覆った。
「それにしても、随分と派手にやりましたね……」
リエルが視線を向けるのは、将臣が耕してしまったフィールド。抉れた地面が攻撃の激しさを物語っていた。
「……監督官が中々に強者でな、思わず力を出し過ぎた」
「ふぅん」
リエルが胡散臭そうに将臣を見る。
「まぁ、そういう事にしておきます」
然程興味も無い事なのだろう、リエルは早々に話を切り上げた。
興味が無いのは、試験官についてなのか、それとも戦闘についてなのか。その判別は将臣には出来ない。
背を向け「詳しい話は私の部屋で聞きます」と歩き出した彼女に続き、一歩踏み出した所で、リエルが「あっ」と声を上げて振り返った。
「一つ、言い忘れていました」
コホン、と喉の調子を確かめるリエル。将臣が「何だ」と問えば、彼女は将臣を真っ直ぐ見て。
「ようこそ、我が『ソレイユ』へ! 歓迎しますよ」
振り返った彼女が、満面の笑みでそう言う。
そう、このギルド『ソレイユ』は、彼女がトップを張るギルド。
つまりは、このリエルこそギルドマスターであり。
財団に名を連ねる、大貴族の一人だった。