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安心を買う


「おうゼオ、帰ったか、一体何処に行ってたんだ?」

 宿に戻ったゼオを出迎えたのは、朝食をテーブルに並べる店主の声だった。

 将臣が迷宮に入ってから数時間、少し遅めの朝食と言った所だろう。

 テーブルの食事に目を走らせながら、店主の問いに「少しな」と返事をし、ヒオが既に起きているかを問う。

「ヒオはもう起きているか?」

「いや、俺が部屋にお前を呼びに言った時は寝ていた、それよりゼオが部屋に居なくて驚いたぞ、俺は」

 すまない、それだけ言って階段を上がる。自室の前に立つと、極力音を立てないようにドアを開き、隙間から中を覗き込んだ。

 ベッドの辺りに視線を向けると、ヒオの寝顔が目に映る。

 どうやら、まだ目は覚ましていないらしい。

 将臣は安堵の息を吐き出す。そして、ゆっくりと扉を開けて、中に踏み込む。

 ヒオの直ぐ傍に屈み込み、その華奢な肩を小さく揺すった。

「ヒオ、起きろ、朝だ」

 ゆっさゆっさと、規則正しく振動を与え続けると、やがて小さく呻いたヒオが瞼を上げる。

 どこか焦点の合わない瞳を覗き込み、小さく微笑む。

「おはよう」

 そう言うと、ヒオは将臣を認識したのだろう。

 にへら、と無防備な笑みを見せ、「おはようございます」と口にした。

「そろそろ起きよう、朝食の準備は出来ている」

 将臣がインベントリからヒオの着替えを準備し、そっとテーブルの上に置く。

 その間、ヒオはベッドから抜け出して大きく伸びをしていた。

「それじゃあ、下で待っている」

 それだけ言って、将臣は部屋を後にする。流石に、着替えの時まで部屋の中に留まる訳にはいかない。

 軽快な音を立てて一階に降りると、食器を洗っている店主に歩み寄る。

「店主、一つ頼みがある」

「ん、何だ?」

 カチャリと、洗い終わった皿を重ねる音が響く。先に食事を済ませた客のものだろう。

「俺が早朝、出掛けていた事をヒオには秘密にして欲しい」

 将臣がそう口にすると、店主は怪訝な顔をした。

「一体、そりゃあどうして」

「彼女にはあまり心配を掛けたくない」

 即座に理由を口にするが、店主は渋るように顔をしかめた。

「別に俺は構わないんだが……何処で何をしていたか、俺には教えてくれないか」

 店主の言葉に、将臣は特に何とも無いかの様に「迷宮に潜っていた」と答えた。

「そりゃ、何でこんな朝っぱらから?」

「特に理由はない、そういう気分だっただけだ」

 将臣の様子に嘘を吐いている様な気配は無い。事実、半分は本当で、半分は嘘だった。

 それは、前お前が大怪我した事と何か関係あるのか?

 店主はその言葉を寸で堪える。将臣は、一瞬何かを言いかけた店主に首を傾げた。

「いや……何でもない、取り敢えず了解した、ヒオちゃんには黙っておく」

「済まないな、頼む」

 そう言って踵を返す将臣、テーブルに着くまでの背中を、店主はじっと見つめていた。

 何か、何時いつもと様子が違う。

 それなりの付き合いがあるからこそ、何となく感じる違和感。

 店主の胸に感じる違和感は、ヒオが一階に降りてくるまで続いた。


「おはようございます」

 軽快な音を立て、リズムよく階段を下りてくるヒオ。一階に降りると、将臣へと駆け寄りその隣の席に着いた。

 心なしか、距離が近い。

 ヒオは将臣を見上げると、申し訳なさそうに眉を下げた。

「すみません、寝過ごしてしまって……」

「いや、子供は本来もっと睡眠を取るべきだ、それに体の事もある、今は休養の期間だ」

 気にするな、そう言って僅かに寝癖のある髪を撫でる。整える様に撫でていると、ヒオは気持ち良さそうに目を細めた。

 ヒオの髪は気持ちが良い。少し癖っ毛だが、触り心地は抜群だ。

 ついつい撫でてしまう、不思議なヒオの魅力に手を動かしていると、何者かが将臣の手を取った。

「ファルメ」

 将臣の手を取ったのは、ファルメ。寝起きの寝癖が酷い頭に、胸元のはだけたラフな服装。もしかしなくても、寝間着だろう。

 ファルメはヒオを撫でていた手を強く握ると、ふん、と鼻を鳴らした。

「おはようゼオ、朝からイチャイチャしないで貰える?」

 何やら、機嫌が悪いらしい。その表情は少し険しく見える。

「イチャイチャしているつもりは無い」

 将臣がそう口にするが、ファルメは眉を顰めたまま将臣の手を放した。

「ゼオがそう思っていなくても、私にはそう見えるの」

 一体何故そんなに機嫌が悪いんだ? と問うのは藪蛇やぶへびかと、将臣は無言を貫く。

 ファルメは将臣の正面の席に座ると、店主に朝食の注文を出した。 

 店主が皿を両手に持って、淡々と目の前に並べていく。今日はトーストにオムレツ、ソーセージにサラダ、野菜スープらしい。

 段々と固形物の食事にも慣れてきたヒオも、同じメニューだ。

 トーストを口に含み、黙々と咀嚼するファルメ。ヒオも目の前の食事に集中しているらしく、もぐもぐと忙しなく口を動かしている。

 今までの環境のせいか、ヒオはおいしい食事に目が無いらしい。

 必然、会話はあまり交わされず、将臣は一人様々な思考を巡らせながら朝食を摂る事となった。


 将臣は、今後の生活をどうするか決めかねていた。

 今日で、三日目。

 将臣が現実世界に戻れなくなった日から、二日経つ。

 コレが必然だと判明した今、将臣は選択を迫られていた。

 

 つまり、ソロのまま生きていくかどうか。


 一人では何事にも限界がある。

 何も将臣は、何でも一人で出来るから今の今までソロで居たのでは無い。

 一人の方が何かと気楽で、変なしがらみや人間関係での苦悩が無いから一人で迷宮に潜っていたに過ぎない。

 それでも、これからはそれが非常に難しくなる。

 迷宮は基本パーティーを組んで潜るモノである。

 想定外の事態に備え、助け合い、生存率を上げる為だとか、様々な理由が存在するが、将臣の様にソロで活動する探索者は稀である。

 そして、将臣が一番警戒しているのが、人間による襲撃だった。

 将臣は過去何度か経験しているが、将臣の力を欲したギルド組織が将臣の捕獲に乗り出した事があった。

 その頃の将臣は自覚して居なかったが、フリーで居るには力を付け過ぎていたのだ。

 それも貴重な魔術師。

 それ程強く無くとも魔術師というだけで引く手数多だと言うのに、戦闘能力も折り紙つきと言う。


 ギルドが引き抜かない理由が無かった。


 将臣を拘束し、一体どうしようとしたのかは不明だが、恐らく奴隷の刻印でも刻むつもりだったのだろう。

 そうなった場合、将臣の未来は永遠に閉ざされる事となる。

 さて、そう言った事態を避ける為には、将臣がある程度力のある組織の傘下に入ると言うのが最も簡単に己の保身を図れる方法だろう。

 将臣は、ギルドに所属するか否かを考えていた。


 ギルドに所属すると様々な制約が掛けられるが、同時にギルドの制約を守っている間はギルドの名の元に安全が保証される。

 制約は様々だが、例えば迷宮で入手した素材などは所属ギルドに優先して売却するなど、そういったものだ。

 身の安全は、所属ギルドが大規模なギルドであればある程保証される。

 弱小ギルドならばだしも、最大規模を誇るギルド

の人間に手を出そうと思う馬鹿は早々居ないだろう。

 仮に将臣だけならば、ギルドに入らず生きていく事も可能だろう。

 しかし、今の将臣にはヒオが居る。

 横に視線をずらせば、ソーセージを口に含むヒオ。

 その表情は無邪気そのものであり、将臣が失敗した場合不利益を被るのは自分だけでは無い。 

 最悪、ヒオが人質にされるという事態も考えられる。

 自分一人だけでは守れない、であるならばギルド参加は必須。

 

 そこで問題となるのは、どこのギルドに所属するのか、と言う問題なのだが………。


「………? どうしました?」

 ヒオが将臣の視線に気付き、小首を傾げる。

 さらりと髪が垂れ、非常に可愛らしい仕草だ。

「……いや、何でもない」

 顔を背け、パンを口に含む。それを不思議そうに見ていたヒオだが、止めていた食事の手を再開した。ちまちまと食事をする姿は、小動物特有の愛らしさを感じさせる。


 取り敢えず、顔見知りにでも当たってみるべきだろう。


 将臣は、この世界でも辛うじて人間関係を持っていた。幸いなことに、ソロであってもひとりでは無い。

 突然ギルドに入れてくれと言われれば、向こうも驚くだろう。

 だが、将臣にはギルドに加入しなければならない理由がある。

 ヒオや自分の保身の為でもあるが、将臣は情報を欲していた。

 ギルドと言う場所は自然と情報が集まる。そして、将臣はこの世界の事を何も知らない。

 前までなら、それでも良かったかもしれないが、本格的にこの世界で生きていくのならば、必要最低限の知識は必要不可欠である。

 図書館などと言う貴重な書籍を無料で貸し出す様な施設が都合よく存在する訳も無く、情報を得るには情報の集まる場所に行くしかない。

 その点、ギルドは非常に都合の良い場所だった。

 己の保身を図る事も出来、この世界で生きて行く上で必要な情報も得る事が出来る。

 一石二鳥、いやそれ以上だ。

「それで、ゼオは今日どうするの」

 ファルメがフォークでサラダをつつきながら、将臣に今日の予定を聞いてきた。

 タイムリーな質問に、将臣は食事の手を止めて答える。

「今日は迷宮探索を休んで、ギルドの方に顔を出そうと思っている」

 将臣の言葉に、ファルメはサラダをつつく手を止めて、眉をひそめた。

「ゼオがギルドに……何か、用事でもあるの?」

 将臣がギルドに顔を出す事は滅多に無い。ここ数日は何度か顔を出したが、それでも少ない方だ。

 ファルメは将臣の行動を訝しんでいた。

「あぁ、少しな……野暮用だ」

「野暮用、ねぇ」

 ファルメの目がすっと細まる。

 これは、将臣を疑っている時の目だ。

 ヒオの件や、将臣のフルネームの件でファルメからは最近、顰蹙ひんしゅくを買っている。

 これ以上彼女を不機嫌にすると、後が怖い。

 だが、正直に話してしまえば、彼女は将臣に食って掛かる事だろう。

 根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。

 将臣の第六感シックスセンスがそう囁(ささや

)いていた。戦闘でもそうだが、これは信じるに足る勘だ。

 どうせ後々、色々と文句を言われるだろうが、所詮遅いか早いかの違いだ。

「何しに行くかを聞いても良い?」

「それは言えない」

 将臣は腹を括って、ファルメの問いにNOと答えた。

 結果。

「へぇ……」

 ファルメが発する威圧感が増す。

 明らかな不機嫌オーラを纏ったファルメが、手に持っていたフォークを握り潰した。

 鉄製のフォークが、ぐにゃりと形を変える。

 やがて、完全に変形したフォークがバキンと音を立てて真っ二つになった。

 握力がおかしい。

「私には言えない事なんだぁ……ふぅん」

 表情はにこやか、清々しい程の笑みではあるが、その実声色と雰囲気が明らかに怒っている。

 ファルメには関係の無い事だ。

 そう言って一蹴する事も可能だ。

 だがそれをした場合の結末を、将臣は過去の経験から知っている。

 一週間不機嫌が続く程度ならまだ良い方だ、最悪実力行使されかねない。

 こういう場合は……。

「ヒオ、少しの間留守番を頼みたい、ギルドに行くだけだから、恐らくぐに帰って来れる」

 ヒオの頭に手を置いてそう言うと、ヒオは一瞬呆けた様な顔をして「えっと、あの」と言葉を零した。

「では店主、今日も美味かった」

 そう言って、ご馳走様と手を合わせる。

 ファルメは怪訝な顔を浮かべる。

 そう、そんなファルメに将臣は笑みを浮かべ。


 ダッシュ。


 後は電光石火、走る事風の如く。

 ローブのフードを被り、出口まで一目散にダッシュ。

 まさか逃亡を図るとは思っていなかったらしく、ファルメも虚を突かれ、行動が遅れた。

「ちょ、ゼオ、待っ」

 ファルメが静止の声を上げる頃には、将臣は外へと飛び出した。

 


 宿を飛び出した後は、適当な路地に身を潜めて様子を伺う。

 路地に身を潜めると同時に、宿からファルメが飛び出してきた。

 間一髪。

 彼女がギルドで待ち伏せする前に、何とかしてギルドにたどり着かなければならないのだが……。

ファルメならば、将臣の行くギルドに目星を付けられる筈だ。

 しかし、下手に表通りで疾走しようモノなら、ファルメの怪物地味た身体能力で直様すぐさま捕まってしまうだろう。

 将臣は過去から学んでいる。

 彼女のクラス、『重装戦士』の体力は目を見張るモノがある。

 重い鎧を着けているならまだしも、素の状態で体力勝負など御免だった。

 息を潜めて待つこと一分少々。

 宿を出てすぐ近くの路地から、将臣は顔を覗かせる。

 先程まで表通りをキョロキョロしながら見て回っていたファルメの姿が消えていた。

 どうやら、別の場所に向かったらしい。

 安堵の息を一つ、後は迅速にギルドへと向かうだけ。

 将臣はごく自然に路地から表通りの人ごみに合流すると、ギルドに向かう流れに沿って、足を進めた。

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