新しい力を
将臣は着替えて下に降りると、早朝から厨房に篭って下準備をしている店主に何も言わず、静かに宿を出た。
ひんやりとした朝の空気を肌に感じ、それをローブの襟元を閉じる事で防ぐ。
腹は空いていなかった。今は、飯も喉を通りそうにない。
将臣は腹の底で、何か不快なものが渦巻いている気がした。
未だ人通りの少ない道を歩き、迷宮へとやって来る。
石床を叩く将臣の足取りは、思ったよりも軽い。
街の外れへと足を運び、迷宮へと続く道を行く。まだ早朝と言う事もあり、入口に人の影は見えない。ギルドの係さえ居ない時間帯。
それでも入口が解放されているのは、暗黙の了解と言う奴だろう。
ぽっかりと空いた空洞の様な入口。将臣は一人、迷宮の入口を潜った。
第一階層。
薄暗い迷宮の中で明かりを灯すのは、基本自殺行為と言われている。
モンスターに発見される確率も上がり、迷宮内にもある程度の光源が存在するからだ。
故に、迷宮初心者は最初に暗がりでの活動に慣れる必要がある。
将臣も一年迷宮に潜って生きてきた人間だ、ある程度闇には慣れている。
だが、将臣は敢えて右手に光源を出現させた。
【光珠】
周囲を照らすだけの、単純な魔術。
将臣の周囲だけをまるで昼の様に照らし、それに釣られて死骸がわらわらとやって来た。
【魔術矢Ⅰ】
柔い死骸の体は、通常の魔術矢でも貫通する。
一発に対し二体、頭部や腹部、胸部を貫通させて倒していく。
将臣の足は止まる事が無く、黙々と第一層を走破した。
そして、第二層へと続く穴を見つける。
下を覗き込み、それが直下型だと理解した。凡そ二層分、着地する階層は第三階層だろう。
運が良い。
将臣は虚空に踏み出し、一気に下層へと落下した。
魔術は使わない。
急速な落下に体が悲鳴を上げ、リアルな死に対する恐怖感が将臣の心臓を鷲掴みにした。
それでも、魔術は使わない。
着地。
足の裏から衝撃が伝わり、膝のバネで最大限それを吸収。そして残った衝撃も転がる事で横に逃がす。
ローブに付着した砂を払い、将臣はゆっくりと立ち上がった。
これからは、ある程度肉体も鍛えなければならない。
魔術にばかり頼っていては、いずれ限界が来るだろう。
例えば、魔術が封じられたり、或いはガルエンディアの様に接近を許していまう格上の相手と戦いになった場合。
将臣は不測の事態に備えるため、魔術に頼りきらない線を引いた。
第三階層。
ここは、将臣が昨日引き返した登竜門の役割を持つ階層。
人知れず、将臣は自身に気合を入れ直す。
薄暗い回廊をゆったりとした足取りで進みながら、将臣は自分の持つ新しい魔術を演唱した。
【演算強化】
途端、将臣の脳に通常の数倍近い量の魔力が供給され、視界がスローモーションになる。将臣の演算処理能力が格段に上昇し、常人離れした認識速度を可能にした。
【パルスレーダー】
そして本命の魔術。
極微弱な指向性魔術波が放たれ、迷宮の中を駆け巡る。それを演算強化された将臣の脳が受信、将臣に生体反応のある場所を教えた。
場所さえ分かれば、将臣に死角はない。
将臣は少し歩いた先にある十字路を迂回、薄暗い石床に靴音を鳴らして、一際大きな広場へとたどり着いた。
大岩人に追跡者、お誂え向きに数も揃っている。
大岩人が一体に、追跡者が三体。
昨日の再現だ。
将臣が広場へ一歩踏み出せば、索敵に優れた追跡者が瞬時に気付き、散開。
大岩人はゆっくりと上体を起こした。
「よぉ、昨日ぶりだな」
将臣の、まるで友人に対する挨拶に大岩人は何も答えない。
追跡者は天井に張り付く様にして息を殺し、将臣の隙を狙っていた。
闇に紛れたその姿は、確かに索敵魔術の無い将臣であれば気付かなかっただろう。
無論気付かなくとも、障壁を展開して事前に防いでは居ただろうが。
敵の位置を常に把握出来ると言うのは、思った以上に将臣に余裕を与えた。
そして、将臣は大岩人に向かって腕を突き出した。
表情は笑み。
それは、これから起こる事に対する愉悦。
昨日は悔しさに拳を握った。
だが………。
【重砲撃】
魔術の展開は一瞬。
青いマズルフラッシュに轟音、次いで強烈な反動に足元の砂が跳ねる。
一拍遅れて発生する風に、将臣のローブが靡いた。
不可視の弾丸、凡そ何人の目にも捉えられぬ速度で飛来した魔術弾は、棒立ちのまま動かない大岩人に直撃した。
魔術槍ですら貫けなかったその装甲、嘸かしご自慢の装甲なのだろう。
大岩人も、避ける気配が微塵も無かった。
それは、自分の防御力に絶対の自信があると言う証拠。
だが、それは脆くも崩れ去った。
魔術弾が着弾した瞬間、大岩人は予想以上の衝撃に驚いた。
青白く光る魔術弾は、予想していた以上に重かったのだ。
そして、次の瞬間には魔術弾がご自慢の装甲を食い破る。
重量と速度を武器にした一点突破、最後は内部での爆発四散。
大岩人の半ばまで到達した魔術弾は、文字通り爆散した。
散り散りになる大岩人だった欠片、それらが爆煙を纏って地面を転がる。
将臣へと飛来した欠片は、【魔術障壁Ⅰ】で全て防いだ。
天井に張り付いた追跡者は、あまりの衝撃に天井から転がり落ち、衝撃で抉れた石床を呆然と見つめた。
【魔術杭】ですら成し得なかった、この威力。
爆風と爆炎が収まり、将臣は乾いた笑い声を上げた。
この世界はゲームなどではない。
死ねば終わる。
コンティニューも無ければ、難易度調整などされている筈も無い。
故にこの世界には、禁じ手が存在しない。
堅牢な扉の向こうに、宝箱があったとして、ゲームではその扉を開くのに鍵が必要だ。
魔王を倒すのには聖剣が必要で、その聖剣は勇者にしか抜けないとか。
だが、この世界にはそういった制約が存在しない。
鍵が無ければ扉をぶち壊す、聖剣が抜けないなら刺さっている岩の方を砕く。
魔王が強いのなら、数の力で押し切る。
そういう事が可能なのだ。
故に、将臣の魔術は制約違反なり得ない。
圧倒的火力を以ての索敵必殺。
ゲームならば面白みに欠ける戦術だろうが。
この世界では、そうしなければ生き残れない。
都合の良いリプレイなど、存在しないのだから。
【誘導弾Ⅰ】
将臣が宿で考案した魔術の一つ、魔術弾に追尾機能を付与し敵の追尾を行う魔術弾。
将臣の頭上に三つ生成されたそれは、人が走る程度の速度で追跡者へと向かう。
地面に転がっていた追跡者はそれを見て、慌てて飛び退いた。
直進した魔術弾が追跡者の元居た場所を通過し、好機とばかりに追跡者は将臣に向かって飛びかかる。
しかし。
「遅い」
三体の追跡者の頭が、ほぼ同時に弾け飛んだ。
初速から、急速に加速する第二速。この魔術は避けられるが前提。
避けた瞬間、敵の死角に入った魔術弾が加速、敵を背後から攻撃する、見えない魔術弾。
追跡者は自分が何に攻撃されたかも分からぬ内に絶命しただろう。
宙に飛び上がった状態で頭を撃ち抜かれ、地面へと落下する追跡者。
糸の切れた人形の様に脱力し、地面に頭から突っ込んだ。
そのまま、ピクリとも動かなくなる。
成功だ。
将臣は確信した。
自分の考えた戦闘スタイルは、過去のものよりずっと強いと。