表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ヒュペルボレオス冒険譚 -奇妙な共闘-

作者: みれい

C・A・スミスの創造した大陸、ヒュペルボレオス(ハイパーボリア)が舞台です。

ホラーではなくファンタジーのクトゥルフ神話をどうぞ。

 ヒュペルボレオスにおいて、最も華麗で荘厳な、大理石と御影石による純白でなめらかな尖塔立ち並ぶ都市コムモリオムで、最近になり、人々の気を病ませる事件が続いていた。

 賊が民の家に押し入り若い娘たちをさらっていくというのである。

 犯人が見つかることなく、次第に民の不安が高まってくると、ホムクアト王は最も勇敢な戦士ザリオル・クルスを呼び出し、賊の調査と討伐を命じた。

 ザリオル・クルスは数ヶ月前に失踪した上級執政官であり優秀な狩人であったラリバル・ウーズ卿と肩を並べるほどの実力者であり、王からの信頼も厚い人物である。彼は友人である衛士のネレイオル・サァト、狩人のクィリル・ミアナの二人と共にその日のうちに行動を始めた。というのもザリオルには心当たりがあった。

 はじめは奴隷として売るために娘たちをさらっているのだと思われていたが実際はそうではなかったようで、そうなると犯人は邪教徒たちが何かしらのいかがわしい儀式を行うためにさらっているのではないかと考えたのだ。


「え、ツァトゥグァの教会に行くの?」


 ザリオルが考えを述べるとクィリルは苦い顔をして難色を示した。

 コムモリオムをはじめとしてヒュペルボレオスの都市では豊穣と生命を司る純然たる自然の女神イホウンデーを信仰している。狩人である彼女はそんな女神の熱心な信者であるため、邪教であるツァトゥグァの教会に立ち入ることは例え調査のためとはいえ絶対にしたくないのである。


「お前は教会の前で待っていればいい。俺とネレイオルで行ってこよう」

「ああ、もしかしたら裏から逃げ出す奴もいるかもしれないからね、君はそういう連中を捕まえておいてくれ」

「そういうことなら……わかったわ」


 ツァトゥグァ教の教会はコムモリオムの郊外に存在している。都の中心にあるイホウンデーの教会に比べてそれは小さく、奉っている神のように汚らしい堕落した印象すら覚える。

 彼らがもし今回の事件を起こしているというのならば、この機にようやくこの邪教徒たちを駆逐することができるのである。

 ザリオルとネレイオルの二人が教会へと足を踏み入れると、昼間だというのに薄暗い室内に、彼らの信仰する大きなツァトゥグァの像がまず目に入ってきた。ずんぐりとした体にだらりと垂れた長い腕、毛に覆われたヒキガエルじみた顔をした唾棄すべき邪神像から目をそらし、ザリオルは叫んだ。


「おい、誰かいないのか!」


 狭い教会の中にザリオルの声が反響する。少しして、奥から一人の老人があらわれた。長い白髭を蓄え、相当な年のようにも見えるが背骨の曲がっていない老人である。


「おお、これはこれは王都の立派な戦士様が我らの仲間になりにでもきましたかな」

「しらばっくれるでない。貴様らがこたびの事件を起こしているのであろう!」

「事件?ああ、最近街で娘たちがさらわれているという。誠残念な事件でありますな」

「私たちがここへ来たことで察しはついているとは思いますが、私たちはあなた方が犯人だと思っています」

「そうでしょうな。しかし、わしらが犯人ではありません。かつて王により課せられた誓約がありますからな」

「……ほう、ならば調べさせてもらうがいいな?」

「ええ、結構ですとも。好きに見ていってくだされ」


 老人の案内のもと二人は施設を見てまわった。しかし証拠になるようなものは無く、戦士であるザリオルの嗅ぎ慣れた血の臭いもここからはしなかった。


「……どういうことだ」

「これでわかりましたかな?」

「ふむ、とりあえず証拠が無ければ私たちは何もできない。老人、何か知りませんか」

「さあ、我々は街を歩き回ることすら自由にできませぬゆえ、何もわかりませぬ。しかし、そうですな……アルミナ・ナシャ!こちらへ来なさい」

「む?」


 老人が呼ぶと、奥から一人の少女が現れる。邪教徒にしておくには惜しい美しい容姿をした少女である。


「はい、なんでしょうか?」

「彼女はまだ見習いではありますが、勘が鋭く、優秀な者であります。我々が疑われるのも仕方ないことですが、我々としてもいい気持ちもしません。ですので彼女も共に連れていってはもらえないでしょうか。何かと役に立つこともあるでしょう」

「俺は邪教徒と組むなど御免だぞ」

「いや、待てザリオル。クィリルもイホウンデーの熱心な信者だし確かに彼女を連れていくのはまずいだろう。しかし、君の予想通り邪教が儀式のためにさらっているのだとしたら彼女も必要かもしれない。私たちには気づけない何かを彼女は気づいてくれるかもしれない。そう思わないか?」

「……む、だが」

「何かあれば君のその自慢の剣で切ってしまえばいいだろう。違うかい?」

「……ちっ。勝手にしろ」


 ザリオルは渋々承諾し、先に教会を出ていく。


「アルミナ」

「はい、なんでしょう、アトゥルオム様」

「これはお前に与える試練である。きっと過酷で恐ろしいことも起きるであろう。しかし、それは全てお前に与えられた試練だ。全てを見てきなさい。そしてお前の力とするのだ。ツァトゥグァ様への忠誠が揺らぐことが無ければきっとあの方はお前に力を貸してくれることであろう」

「はい!それでは行って参ります」

「気をつけなさい。ツァトゥグァ様の加護のあらんことを」


*


 調査はまた振り出しに戻り、四人は頭を悩ませていた。何も情報は得られないまま日は傾き、純白の尖塔を赤く染め始めている。


「おい、ツァトゥグァの神官。何か無いのか」

「えっと……そうですね、話を聞く限りですと門を守っていた衛士たちは何も見てないみたいでしたし、もしかしたら街の中に”門”があるのかも……」

「街の中に門?どういうことだ」

「はい、魔術で門を創ってコムモリオムの中と外を繋げているのかもしれないってことでして」

「よくわからんが、それはいったいどこにある」

「たぶん街や家の裏とかに隠すように書かれているかも……」

「とりあえず探して見ようか。今までに被害のあったところをまわってみよう」


 アルミナの言う門を探すのに時間はかからなかった。

 一つ目の家でいきなり発見できたのである。


「これかしら」

「あ、そうです!」


 二人が発見したそれは家の裏路地に積まれた荷物の陰になるように描かれた魔法陣であった。


「これが門なのか?」

「はい。別の地点と結んであるのですが、ちょっと待ってください」

「うーん……向こうの門が壊されちゃっているのかな……」


 見習いで経験の浅いアルミナにはこの門が今も機能しているものかはわからなかった。手をかざしてみてわからない以上試すなら、門に直接触れるしかないのだが、それには危険が伴う。


「こんなものの何が門だと言うのだ」


 ザリオルが魔法陣を強く叩き、文句を言う。それを見たアルミナが悲鳴をあげる。


「やめてください!門が繋がっていたらとても危険なんですよ!」

「では壊れているのだな。何も起きんぞ」


 確かにザリオルが何度叩いても魔法陣や彼自身に変化は無く、アルミナはそれが壊され、使えなくなった門であることを確信した。


「また振り出しね」


 日が暮れるまで都中の家屋の裏を調べてまわったが、機能している門は一つもなく、疲れはて、くたびれた頃にクリィルが言う。四人はコムモリオムの門へとやってきていた。門を守る衛士たちに何か異常は無かったか聞きにきたのだ。しかし、やはり何も情報は得られず、四人は手詰まりを感じずにはいられなかった。

 夕日が沈み、地平線をわずかに明るくしているだけとなった頃、外から一人の男が戻ってきた。弓や剣を持っており一目でそれが狩人であるとわかった。


「ああ、衛士様」


 門にたどり着くと同時に、狩人は泣き崩れると衛士たちの足にすがりついた。


「私は先祖代々、エイグロフ山脈の麓に小屋を建て暮らし、狩りに出かけ、コムモリオムの民のために鳥や猪、時には虎などの獣を狩ってきました。けれど、つい最近あの忌まわしきヴーアミタドレス山からおぞましいヴーアミたちが下りてきては私どもの獲物を奪っていくのでございます。このままでは満足に狩りもできず、それだけでなく、家の周りまでうろつかれる始末であります。なんとかしていただけませんか」


 ザリオルたちは顔を見合わせる。ヴーアミタドレス山は火山であり、溶岩が隆起して作られている。険しい岩壁が連なった黒い溶岩と黒曜石の急な斜面には所々横穴があいており、そこには人間以下の半獣の蛮族、ヴーアミ族が巣くっている。そんなヴーアミタドレス山の地下には遙か昔に土星からやってきた神ツァトゥグァが住んでいると言われており、まともなヒュペルボレオス人ならばまずこの山に足を踏み入れようなどと思うことは無かった。

 そのような山に住むヴーアミ族たちが山を下りてくるというのは別段珍しいことではないのだが、狩人の説明を聞いていくうちにどうやら異常な量のヴーアミたちが下りてきているらしいことがわかった。

 また、ザリオルにはこの山に少なからず因縁があった。

 先月に行われたラリバル・ウーズ卿のエイグロフ山脈への狩猟。従者を六十二名も連れた狩りだったが、彼はヴーアミタドレス山で失踪してしまった。戻ってきた従者たちと共にザリオルも参加しての大捜索が行われたのだが、努力空しく、彼を見つけることはかなわなかったのだ。


「今の事件とは関係なさそうだけど、狩人としてこれは見過ごせないわ」


 クィリルが強い口調で言う。彼女もかつてヴーアミに獲物を奪われ苦い思いをしたことを思い出していた。


「だが、王から承った命令を破るわけにもいかんだろう」

「だったら私だけでも行くわ」


 ヴーアミタドレス山へは徒歩で急いでも丸一日はかかってしまう距離である。今すべきことは娘を誘拐している犯人を捕まえることである。


「あの……」


 ザリオルが頭を抱えているとアルミナがおずおずと手を挙げる。


「ヴーアミタドレス山に行けば犯人がわかるかもしれません」

「どういうことだ」

「ヴーアミタドレスの地下にはツァトゥグァ様が住んでいまして、あの山まで行けばツァトゥグァ様と交信ができて神託を得ることできるかもしれないのです」


 神頼みの策。それもツァトゥグァ神頼みではさすがに山へ行こうとしていたクィリルも不快感を示すが、この策にネレイオルが同意した。


「ヴーアミが大量に下りてきているのはもしかしたら何か縄張りから追い出されるような事件が起きたのかもしれない。もしそうならあの山の地下にはツァトゥグァをはじめ様々な神格が住んでいると言われているのだし、彼らを追い出したのはヴーアミが信仰する神とはまた別の神を信仰する連中かもしれない」


 悩んでいても始まらない。日はこうしている間にも沈み始めている。ザリオルはヴーアミタドレス山への遠征を決断すると、衛兵たちに路地裏への警備を強めるように命令し、馬を四頭借りてその日のうちに出発し、日が昇りきる頃にはヴーアミタドレスの麓にたどり着くことができた。

 道中で運よく猛獣にもヴーアミ族にも遭遇することなく到着できたが、四人はずっと何者かに監視されているような気配を感じていた。


「いい加減姿を現したらどうだ!」


 ザリオルが大声で叫ぶと、木々の間から一匹の老いたヴーアミが姿を現し四人の前へやってきた。それに続き、多くのヴーアミも現れる。剣を構え、警戒しながらその汚らわしい蛮族を監視していると、ただでさえ低い姿勢をさらに低くしてヴーアミが地にひれ伏し、老いたヴーアミは話し始めた。


「儂らは先祖代々ヴーアミタドレスの山にて平和に暮らしていた。けれど、つい最近になって余所者がやってきて儂らの住処を奪ったのだ。お前たちは山の狩人にでも言われて儂らを討伐しにやってきたのであろうが、それは間違いである。この先の儂らの住処を奪った者共を滅ぼしてくれるというのならば、儂らは大人しくここを去り、元のようにヴーアミタドレスの洞窟で密かに暮らそう」

「余所者というのは?」


 ネレイオルが剣を納め、老ヴーアミに尋ねると、周囲のヴーアミたちが一斉に騒ぎだした。


「蜘蛛だ――」


 忌まわしげに老ヴーアミが呟く。



「――そして、お前たち人間だ」



*


 熟練の登山家でさえ登るのを躊躇うような険しい絶壁の多いヴーアミタドレス山を、ヴーアミたちは全く気にせずすらすらと登っていく。その後をザリオルたちが追っていく。

 険しい岩壁を登るのに気を使うというのに、彼らは先ほどから鬱陶しく体にまとわりついてくる蜘蛛の巣にやきもきしていた。今や黒い溶岩と黒曜石の岩壁はおびただしい数の蜘蛛の糸が張り巡らされ、灰色に染まり、数多くの毒蜘蛛が獲物を待ちかまえていた。四人は剣で糸を切り払い、ヴーアミたちに遅れを取らないよう、必死について登っていた。


「あれだ」


 数刻登り、日が地平線に沈み始めた頃、老ヴーアミが一つの洞窟を指さして彼らに告げた。一見それはヴーアミの巣であるように見えるが、その入り口には彼らの使わない火が焚かれていた。火は青白く燃え、不気味な気配を漂わせている。


「アトラク=ナカ」


 老ヴーアミがうめくように言った。


「案内は終わりだ。儂らは入ることはできない」


 その中にいるものが恐ろしいのか、周りのヴーアミたちも騒ぐことをやめ、四人をじっと見つめている。


「……仕方あるまい、行くぞ」


 四人は洞窟の中へと入っていく。下へ急な傾斜のある内部は侵入者を拒むように蜘蛛の糸が張り巡らされ、先がよく見えない状態になっていた。先頭を行くザリオルは松明と剣を使ってなんとか糸を払い進んでいく。

 どれほど進んだであろうか。突然洞窟の奥から悲鳴が響いてきた。四人は顔を見合わせ、それが若い娘の声であることを確認しあうと、奥へと急いだ。


「イア!アトラク=ナカ!」


 男たちが呪文を唱える声が聞こえた。ザリオルたちがたどり着いた時に見たものは蜘蛛の刺繍のされた黒いローブを着た男たちが、娘にナイフを突き立てた姿であった。


「なんてこと……」

「貴様ら!何をしている!」


 ザリオルの怒声に男たちが振り向いた。四人。全員が黒いローブを纏っていた。


「我らが讃えるアトラク=ナカ様への供物である。彼女は選ばれた。今、ここに新たな姿として転生するのだ」


 大仰な動きで男の一人が先ほどとは違う呪文を唱えると、娘の体がひび割れていき、中から大きな一匹の蜘蛛が現れた。


「おのれ、邪教徒め!」


 ザリオルは背中に背負った大剣を抜き放ち、男の一人を一刀両断に切り伏せる。続いて二人目へと切りかかる。しかし、刃は大蜘蛛の吐いた糸に絡めとられ、止められてしまった。


「ぬう」


 蜘蛛の糸とは思えぬ強靱な粘性と弾力にやむを得ず剣を手放す。そうでもしないと剣とともに糸に巻かれてしまいかねなかった。


「ザリオル!」


 クィリルが叫ぶ。彼女が指さす方を見ると男の一人が壁の中へと消えていくところであった。


「あれが門です!早く行かないとまた逃げられてしまいます!」

「む、やはり奴らが犯人か。来い、ツァトゥグァの神官よ!ネレイオル!クィリル!ここは任せるぞ!」


 言い終えるやいなやザリオルは勢いよく壁に描かれた魔法陣へと飛び込んだ。壁にぶつかったという感覚は無く、気がつけば広い空洞へと出ていた。

 原理のわからないぼんやりとした明るさの灯った空洞で、ザリオルとアルミナは巨大な裂け目を目にした。地下深く、永遠とも思えるような深い亀裂には先ほどの大蜘蛛よりも、さらに太い蜘蛛の糸が張り巡らされていた。


「聞いたことがあります」


 無限の亀裂に落ちないようにアルミナは亀裂から離れ壁に背を預けて言った。


「ヴーアミタドレス山の地下深くに巨大な亀裂に永遠の巣を作る神がいるそうです」

「……それがアトラク=ナカか」

「おそらくそうです。この巣が完成した時世界は滅びるとされていますが、それがいつかはわかりません。その神が作っているのは永遠の橋なのです」

「あの邪教徒共はこの橋を完成させる手助けでもしようとしていたのか?」

「それはわかりません……。早く、あの人を探さないと」


 薄暗い洞窟の中であったが男の姿はすぐに見つかった。魔術によるものと思われる怪しい光を発した杖をかざして、蜘蛛の糸の上を歩いている。ザリオルは崖から飛び降り、蜘蛛の糸の上を走って男を追った。男は逃げられぬと悟ったのか、それとも何か策でもあるのか、立ち止まり、腰に差した短剣を取り出してザリオルを待ちかまえた。


「もう逃がさぬぞ、邪教の徒め!」

「ぬかせ、ここがどこであるかも知らぬ愚か者め」

「邪悪な神の巣だと言うのだろう!だが、その程度でこのザリオル・クルスが臆するとでも思ったか!貴様が何をしようとしているか知らぬが、ここで死んでもらうぞ!」

「アトラク=ナカ様の巣の完成のための、我らの崇高なる使命を理解せぬ愚か者よ!聞け!ここが貴様の死すべき場所である!」


 男が両手を大きく広げて叫ぶ。


「イア!アトラク=ナカ!永遠の巣を紡ぐ黒き蜘蛛の神よ!かの者こそが汝の使命を阻害せし者なり!」


 男が叫ぶや、一度蜘蛛の糸が大きく揺らぎ、頭上から巨大な黒い大蜘蛛が驚くべき早さで降りてきた。大蜘蛛、アトラク=ナカは耳障りな甲高い声で告げる。


「我の仕事を邪魔し、我を呼ぶ者は誰ぞ」


 それに男が答える。


「ああ、アトラク=ナカ様。大変なご無礼お許しください。しかし、かの男があなた様の仕事を邪魔しようとしているのです!」

「そうか」


 アトラク=ナカは簡潔に答えると、太い八本の脚でザリオルと男の二人を一度に掴んだ。ザリオルの力でもふりほどくことができず、アトラク=ナカは口元へと運ぶと、


「お前であろう、最近になり無意味な詠唱をもって我に呼びかける愚か者は。貴様のためにわざわざ作業の手を止めてアレをやったというに」


 と、戸惑いあわて叫ぶ男に大きな牙を突き差し、一気に体液を吸い上げてしまった。男は一瞬のうちに干からび、まるでミイラのように骨と皮だけとなってしまう。次は自分かと身を振るわせているザリオルにその牙が刺さろうとしたとき、アルミナがそれを遮った。


「イア!ツァトゥグァ!私はツァトゥグァ神を信仰しツァトゥグァに全てを捧げた者!その私がアトラク=ナカに告げます!彼を放し、今すぐに自らがすべき、永遠の橋掛けに戻りなさい!今彼に害をなそうとするならば、それはツァトゥグァに害をなすことだと知りなさい!」


 アトラク=ナカはアルミナへと視線を移し、しばらく睨みつけた後、ザリオルを手放す。


「……我の気の変わらぬうちに去るがいい。アレに邪魔をされてはかなわん」


 それだけ言うと来た時と同じく素早い動きで去っていった。


「……すまぬ、助けられた。今までの非礼を詫びよう」

「いえ、大丈夫です。急いで戻りましょう。門はまだ使えるはずです」



 二人が門を通って戻ってくると、そこにいたのはクィリルと大蜘蛛だけであった。


「ネレイオルは先に行ったわ。急いで私たちも行きましょう」


 二人は何も聞かずにただうなずき、ザリオルが剣で蜘蛛の脚の一つを地面に釘付けにすると、通路に残る鬱陶しい蜘蛛の巣も気にせずに一気に外まで駆け抜けた。


「今だ!」


 三人が洞窟を出たのを確認するとネレイオルは号令をかけた。周囲からヴーアミたちがそれに答えるかのように大声をあげる。

 ザリオルは地鳴りを感じた。ヒュペルボレオスには珍しい地震かと思ったが、そうではないらしい。

 山が崩れていた。

 火山岩や黒曜石が雪崩となって洞窟を潰していく。

 数分で洞窟は岩の中に消え、ヴーアミタドレスに静寂が戻った。


「ヴーアミたちに協力してもらったんだ。彼らも自分たちの住処の安息のためなら喜んで手伝ってくれたよ」

「……なんとも珍奇で奇妙な共闘だな」

「これで終わりならいいわね」

「まったくだ。こんな妙なこと二度とごめんだ」

「あの、みなさん」


 ザリオルたち三人がため息をついていると、ヴーアミに話しかけていたアルミナが戻ってきて声をかけた。彼女の足下には数人のヴーアミもいる。


「みなさんは先に戻っていてください。これから念のためにツァトゥグァ様にお願いをしますので」

「お願い?」

「はい。みなさんにはお見せできないものを呼びますので、私だけ残してください」

「なんだそれは」

「この山に張り巡らされた蜘蛛の巣を食べてもらうのです」

「……そんなことができるのか」

「彼らにも協力をしてもらって儀式も行います。ただ、その時に信者でないみなさんがいらっしゃると色々と都合も悪くて……」


 彼女の話によると、これから行うことは秘儀であるらしい。もとより異端の人間とたまたま一時的に行動を共にしただけであったし、帰れと言われれば彼らも特に断る理由もない。ただ、アルミナに命を救われたザリオルだけは見守り、彼女を都まで安全に送り届けることを提案したが、儀式は信者でない者が混ざると成立しないと言われ、仕方なく、帰路につくことになった。



 三人がコムモリオムに帰り、王へ報告をすると、夜遅くであるにも関わらず、宴を開き多くの財宝を三人に送って称賛した。以降は失踪事件も起きず、狩猟も安定するようになり、コムモリオムに再び平和が訪れ、民たちはまた一時の平穏を過ごすことなったのである。

 ザリオルたち三人がアルミナと出会う事は二度と無かった。一時、行動を共にしていたとはいえ、彼らは本来一緒にいることなど在り得てはならないのであり、やはり今回のことはザリオルの述べていたように『珍奇で奇妙な共闘』であったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ