鬼ごっこ
風音零は閉じられたドアの前で、ゆっくりした動作でスマートフォンを操作する。
数回のコール音の後、目当ての人物に繋がる。
『調子はどうだ?』
低く野太い男の声。
そこいらの小学生なら裸足で逃げ出してしまうようなドスの利いた声だが、零にとってはこの世で唯一信頼する人の声だった。
「一応自己紹介だけはしましたが、それ以上の話は出来ませんでした。子供の冗談と思って相手にしない……と、いう態度をとっておきながらドアを閉めるなり窓から逃げたようです」
大城一弥……というらしいあの青年。
ドアを閉め、鍵をかけ、そして……全力で走り、窓を突き破った。部屋の中が見えなくても、ドア越しに聞こえる音で分かる。
「……殺していいですか?」
殺す事。
それが零にとって唯一の存在理由であり、人との付き合い方だった。
仮にあの青年を追うとして。
情報よれば相手はプロの諜報員。スパイだ。
殺さずに捕縛するのはそう容易ではないだろう。
だが、殺すだけなら。
零にとっては、相手が誰でも容易だ。
『いや、ダメだ。言っただろう。これからはあのカズヤという少年と仕事をしてもらうと。パートナーになる人間を殺してはダメだ。分かったか?』
「……それが、命令なら」
『命令だ。とはいえ、お前に手加減なんてできないだろうしなぁ……よし、これより五分は殺すつもりで奴を追え。お前に五分以内に殺されるような奴では、端から『プロジェクト・オルトロス』の器ではなかったという事だ。五分が経過してもターゲットが生きているようなら、それ以上はどんな理由があっても殺す事を禁ずる』
五分で殺す。
五分で、プロのスパイを始末する。
『了解か?』
それはとても……面白そうだ。
「了解」
大城一弥と風音零の……スパイと殺し屋の鬼ごっこが始まった。