④
そこがゴールなのは一目瞭然であった。
急勾配の向こう側に屹立した紅の門構え――おそらく鳥居だ。神社の入り口に配置されているあれだ。ということは当主が何者なのか、大方の推測が立てられる。
推測通り、鳥居の先には賽銭箱と鈴緒が設置された拝殿があった。ちょっとした屋敷程度の大きさを持ち、ところどころ腐食した柱も独特な風格を漂わせている。老朽化具合から鑑みて、築百年以上はくだらないだろう。
俺は鳥居をくぐりぬけ、砂利道を踏み締めた。
ここまでの急傾斜が嘘のように境内の中は平坦であった。大地を水平に切り取ったような平坦な地面には丁寧に砂利が敷き詰めらている。それが学校のグラウンドほど広がっているのだから、驚いたものだ。
「こちらです」
ハコの先導に、黙って付いていく。
拝殿に圧倒されて立派な造りだと思い込んでいたが、改めて周囲を見渡すと、考え直す必要がありそうだ。丁重に整備された参道に荘厳の雰囲気を醸し出す拝殿。それ以外の建造物は何一つない。殺風景である。
拝殿を横を回り込み、裏側へと移動する。
セオリーとして拝殿の裏側には神様を祭る神殿という建造物があるはずなのだが、どうやらここの神社では違うらしい。代わりにあるのは拝殿と比べて御粗末な家屋。拝殿と同等に老朽化しているが、こちらからは風格も何も感じられない。ただのボロ屋だ。
ハコは木製の引き戸を慣れた手つきで開け放した。
こちらへ、と言われるまま屋内に入る。
家の中はこれまた殺風景であった。おおよそ六畳の間取りの中央一畳は土間になっており、囲炉裏となっている。家具類は壁際にタンスが一つ配置されているだけだ。
「いろりー。おもち焼こー」
メイメイは四つん這いになって火が燈った囲炉裏を覗き込んだ。
「ふふ。それもいいですね。丁度、お餅もあるので焼きましょうか」
メイメイの戯言にハコは呑気に応じる。
「餅はあとだあと」
「えー」「えー」
少女二人に非難の視線を向けられた。
「えーじゃないだろ。ハコちゃんも悪乗りしない」
「すみません。あまりこういう機会がないもので、つい、はしゃいでしまいました」
「わたしも、つい、はしゃいじゃいました。今は反省している」
「ハコちゃんはともかく、メイメイは確信犯だろ……ったく。それで、ハコちゃん。当主様はどこにいるんだ?」
訊ねながらも俺は部屋を隔たるふすまを睨みつけた。
ふすまの向こう側の部屋に、人の気配を感じる。
俺の視線に気づいたのか、ハコはふすまにトテトテ移動する。
「ゲンゴさんは鋭いですね」
「そうでもない。わりかし空回りすることが多い」
ハコは笑顔で答えてから、小さな声で言った。
「静粛にお願いしますね。ゲンゴさん」
俺がうなずくと、ふすまは摩擦音すら鳴らないほどゆっくりと開かれた。
四畳の空間に一人の女性が横たわっていた。亜麻色の髪の女性は瞑目しており、布団にくるまっている。
どうやら、眠っているらしい。
冷静に観察し終えた瞬間、既視感に襲われた。
この女性は、見たことがある。
「……アリサ?」
真っ先に気付けなかったのは、アリサが髪を下ろしていたからだ。
「ご覧のとおり、アリサさんです」
「どういうこ――」
「しっ。お静かに。アリサさんが起きてしまいます」
ゆっくりとふすまは閉じられた。
「……どういうことだ? アリサが当主様だっていうのか?」
「いいえ。アリサさんは当主様ではありません」
「じゃあ、当主様はどこに――」
言い掛けて、とある推論が脳裏に過ぎった。
今現在、境内に存在する人間は四人。
ふすまの向こうで眠るアリサ。
囲炉裏の前で四つん這いになっているメイメイ。
思案に耽る俺。
そして、眼前に佇むハコ。
答えは、出ているようなものだ。
「ふふ。ゲンゴさんは、やっぱり鋭いお方ですね」
「女優だなハコちゃん――いや、当主様と言ったほうがいいかな?」
ハコは純粋無垢な笑みを満面に湛えている。
その笑顔に裏はない。
だからこそ、少し、恐ろしいと感じてしまった。
「では、改めまして自己紹介を。《鬼ヶ島》当主、矢吹ハコと申します。以後、お見知りおきを。沖田言語さん。神田芽衣さん」
予測は付いていた。しかし、本人から直接明かされても、にわか信じ難い話だ。
「ハコ様、とでもお呼びした方がよろしいのかな?」
「いいえ。できれば、今までどおりで……いえ、やっぱり、敬称は無しでお願いします。そのほうが距離感が近くて話しやすいですよね?」
「まあ、べつにいいが。それで、ハコ」
「はい?」
「年齢を教えろ」
人は見た目に寄らない。世の中には子供っぽい大人もいれば大人っぽい子供もいる。女性のような男性がいれば、男性のような女性もいる。もしかすると、ハコもそういった類に分類されるのでは?
ハコは指を折り、確認するように自分の年齢を数える。
「えっと……先月で十一になりました」
忠臣蔵で有名な浅野内匠頭も家督を継いだのは齢九歳の頃だという。ならば、齢十一歳の少女が当主を務めているの頷ける、訳がない。島の成り立ちなのか、能力が秀でているからなのか、どちらにしても十一歳の少女が島のトップに君臨するのは合理的ではない。
しかし、ハコが嘘を言っているようにも思えない。
「あ、メイメイさん。囲炉裏に顔を近づけると危ないですよ」
極限まで囲炉裏を覗き込もうとするメイメイをハコは引っ張り上げようとした。それでも囲炉裏から離れようとしないので、Yシャツの襟首を掴んで無理やり引っ張り上げた。
「危ないだろメイメイ」
「わたしには炎耐性があるので、のーぷろぶれむです」
「炎耐性があろうがなかろうが、囲炉裏に顔を近づけたらダメだ。大人しく座っていろ」
「落ち着きの無さに定評のあるわたしにおとなしくしろなんて、まあ、おそろしい。わたしに死ねと言っているようなものですよ」
「じゃあ、ちょっと死んでくれ。ちょっとだけでいいから、死んでくれ。頼むから、死んでくれ。十分でいいから、死んでくれ」
「人の命とは……そんなに軽い存在ではありません」
「これまでの流れぶった切ってシリアスな展開に持ち込もうとするな」
「いつコーンフレークの話になりました?」
「それはシリアルだ。いいから黙ってろ。話が進まないだろ」
「他愛も無い冗句です。きんちょーをほぐす為のぴろーとーくです」
ピロートークの意味がわかっていないだろ。と心中ツッコミを入れる。実際に言葉にしたらもう一悶着起きるので心の中で留めておく。
俺とメイメイが茶番を繰り広げている間にハコは丁寧にお茶と茶菓子を用意してくれていた。メイメイは茶菓子に気付くや否な正座を組み、黙々と食べ始めた。これではどちらが、子供なのかわかったものではない。
「ふふ。本当に不思議な方々ですね」
「不思議なのはメイメイだけだ」
「もぐもぐ……。よく言われます……もぐもぐ」
「アリサさんの言った通り、とても人さらいには見えません」
笑顔で本題を切り出してきやがった。
「失踪事件に関しては、俺らは関与してない」
「あ……気分を害されたら、すみませんでした。事件に関して、わたしは一部たりともゲンゴさんとメイメイさんを疑っていません。そもそも、最初の失踪者が出たのは三年以上前の話ですからね。三年越しにパッと現われた外の人間を犯人と決め付けるには、無理があります」
「なんらかの形で関与している可能性も否めない」
「ひょっとしてゲンゴさんは疑われたいのですか? たしかに私たちは一時期、外の人間を疑って、島全土に渡って警戒網を引きました。警備隊が街の中の安全を確保して、斥候隊が外からの侵入者を監視する。そういう体制を二年以上続けても成果は上がりませんでした」
「……その間の失踪者はどのくらいなんだ?」
「三十五人です。失踪者は家柄・老若男女問わないで、ふと消えてしまいます。街の中で厳戒態勢を敷いているにも拘らずに……目撃者はいません。痕跡も無し。影すら捕らえさせてくれません。まるで神隠しみたいです」
「そんな状況で外の人間が来たってことか」
「加えて、機を図ったように新たな失踪者が続出です」
「疑われるわけだ」
「私もアリサさんの証言が無ければ、ゲンゴさんとメイメイさんを犯人だと決め付けていたかもしれません」
アリサの証言、か。
「もしかして、アリサは昨日、ここに来たのか?」
「はい。昨夜、アリサさんは血相を変えてここに飛び込んできました。そして、開口一番に「助けたい人間がいる。力を貸して欲しい」ですよ? あの、アリサさんがですよ?」
「『あの』アリサと言われても、俺は島の人間じゃないからわからん」
「あ……ゴホン。失礼しました。では、逆に問いますが、ゲンゴさんから見てアリサさんはどういったお方でしょうか?」
アリサの人物像と問われても一日未満の付き合いで人柄はわからない。
それでも強いて上げるならば――
「そうだな……。男性不信……というよりは人間不信か。それで、しっかりしていそうで意外と抜けてる。正義感と責任感の塊。思慮深い面もあるが、初心な一面もある。表情の移り変わりも激しいな。難しい顔してたと思ったら、次の瞬間には笑っていたりなんてのもあった」
俺は斜め上を見て、昨日の出来事を思い出すように語った。
「ふふ。やっぱり、アリサさんはゲンゴさんには心を開いているようですね」
「そうなのか?」
「そうですよ。ゲンゴさんのおっしゃる通り、アリサさんは極度の人見知りです。特に殿方が苦手で、手を触れ合っただけで貧血を起こしてしまいます。そんなアリサさんが、初対面の男女、しかも外の人間、さらに失踪事件の容疑者という三種の疑惑を持った人を助けて欲しいと言ってきたんですよ?」
「それは、アリサの正義感と責任感から来た行動だろ?」
「そうですね。けど、それだけじゃありません。アリサさんはあなた方に興味を抱いたのだと思います。「もっと話してみたい」ってアリサさんは言ってましたよ?」
色男おつ、とメイメイが呟いたので、一発頭を叩いて置いた。
「そのような台詞をアリサさんに言わせる人物に私も興味を抱きました」
「それが理由で、俺とメイメイを解放したのか?」
「いいえ。仮にも私は島の全権を委ねられた身です。私の好奇心で島の皆さんを危険に晒すわけにはいきません。私がゲンゴさんとメイメイさんの解放に踏み切ったのはアリサさんの証言があったからです」
「……アリサはどんなことを言ったんだ?」
「一言ですよ。「ゲンゴとメイメイは嘘を付いていない」。それだけです」
当主としては軽率な判断だ。と言いたいところだが、思い当たる節が一つある。
「瞳を見れば嘘偽りがわかる、か」
俺の言葉に、ハコは目を丸くした。
「……そこまで知っていたのですね」
「正直、半信半疑だけどな」
「ふふ。ウソではないですよ? アリサさんは真に対象者の瞳を見るだけで、その人の心理状況を見抜けます。アリサさんが本気を出せば、対象者の思考までも読み取ることできるそうです」
思考までも読む。もしも、それが本当なら人間の枠を超えている。
「余計に疑わしいな」
俺の苦笑いに、ハコも渋面を作った。
「けど、真実です。アリサさんがゲンゴさんとメイメイさんの無実を証明する限りは、私も当主として、アリサさんの友人として、全力で擁護致します」
凛とした物言いはとても十一歳には思えない。
ハコはお茶を一口含み、話を続けた。
「さて、ゲンゴさんとメイメイさんが一連の失踪事件には関わっていないのであれば、必然的に疑問がひとつ浮かび上がります」
「なんだ?」
「鬼ヶ島に来た目的です」
当主様にお呼ばれされた時点で目的を訊ねられるのは、火を見るより明らかだ。
しかし、言葉は出てこない。国家機密で秘匿されている辺鄙な島を訪ねた理由は《鬼》の捜索だが、それをありのまま伝えるべきか否か。
俺は横目でメイメイの様子を見る。一通りの茶菓子にはご満悦した様子で、お茶を飲んでいた。俺を鬼ヶ島まで引っ張り込んだ当事者にも拘らず、この無関心ぶりには賞賛ものだ。
ハコは真っ直ぐと真剣な眼差しを向けてくる。
とりあえず、子供相手に腹の探りあいはやめよう。断崖絶壁の孤島に好き好んでやってくる理由など思い浮かばなし、適当な理由をでっち上げたところでアリサにばれてしまう。
「鬼だ」
「鬼?」
「鬼ヶ島に鬼を探しにきた。それだけだ」
ハコは首を四十五度に傾げ、頭上に疑問符を浮かべた。
「あの……ええと……。ゲンゴさんは鬼ヶ島を勘違いなされていませんか?」
「鬼がいる島じゃないのか」
「それは、架空の御伽噺ですよね? この島はたしかに鬼ヶ島と称されていますが、伝奇に登場するようなトラ柄模様のパンツに金棒を持った異形な巨人は、どこを探しても出てきませんよ?」
「では、なぜ、ここが鬼ヶ島と呼ばれているんだ?」
日本の地理名には命名された理由が概ね存在する。宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘を行った巌流島も、佐々木小次郎が乗っていた船の名称「巌流」が由来とされている。鬼ヶ島と呼称されている以上は、鬼にまつわるエピソードが少なからずあるはずだ。
「そうですね……。では、簡単に説明しますね? むかーしむかしのお話です。とあるところにものすごーく強い人がいました。彼はなによりも戦うことが大好きで、強そうな人を見ると誰これ構わずに試合を申し込み、次々と猛者を屠っていきました。ちぎっては投げちぎっては投げと繰り返しているうちに、対戦が務まる相手が少なくなっていき……いつしか彼は畏怖と畏敬を込められ《鬼》と周囲から呼ばれるようになりました」
話の顛末が見えてきた。
「彼――《鬼》は未知なる猛者を求めて、旅に出ました。北から南へ、南から北へ……そうして鬼はとある孤島に辿り着きました。その島には鬼を満足させる猛者が一人いました。何日にも渡る激闘の末、猛者に鬼は敗れました。激闘の舞台になった島は半壊し、多くの人々が戦いの渦中に巻き込まれ、大きな爪痕を残しました。被害にあった犠牲者、惨劇の実情、そして鬼の恐怖。その島は鬼が散った最期の島と言われ、いつしか鬼ヶ島と呼ばれていました――と、このような感じになります」
長広舌に疲れたのか。ハコは息を大きく吐き出し、お茶を一気に飲み干した。
「鬼がいる島じゃなくて、鬼と呼ばれていた人間がいた島ってことか」
「伝承の大部分は省きましたが、簡単に説明すればそういうことになります」
つまり、鬼は最初からどこにも存在していない。過去に鬼と呼ばれるほどの実力を備えた人間がいたというだけだ。
そう、人間だ。
人間が、それも大昔に島を半壊させることが可能なのか?
答えはイエスだ。
人の身でありながら、人外の力を持つ存在――《心力者》であるならば、島を半壊させるのも不可能ではない。かくいう俺は心力者であるが、島を半壊できるような力は備わっていない。俺の実力では家屋の壁一枚を素手で壊せるのがいいところだ。メイメイの実力は未知数。心力者であることはゆるぎない事実だが、実力の全容は見通しが立たない。
見通しが立たないのは実力だけではない。
メイメイも隣でハコの話を傾聴していたはずなのだが、相変わらずノーリアクションを貫き通している。
なにを考えているのだろう。
なにも考えていないのだろうな。
「鬼ヶ島の由来はお話しました。今度はゲンゴさんたちの本当の目的を教えてください」
「本当の目的もなにもない。鬼を探しにきたって言っているだろ?」
「……はぁ。私もアリサさんのように瞳を見て、真偽を判別する能力があれば良かったんですが……致し方ありません。今日のところはもうよろしいですよ」
「島の滞在を許してくれるのか?」
「とりあえずは、ですね」
そういうと、ハコはふところから一枚の紙切れを取り出した。
「こちらをどうぞ」
と、渡された紙切れを見てみるが、達筆が過ぎて書いてある内容がわからない。
「これは?」
「手形になります。ゲンゴさんたちを不審人物と決め付ける方々も出てくると思います。そういったときは、その手形を見せてあげて下さい。当主が認めた「御客人」という証明にもなりますので……あと、島内であるなら、その手形を表示すればほとんどの施設は無料で利用できると思います」
パスポート件クレジットカードみたいなものか。逗留するにあたっての衣食住の問題点は、この手形一つで全て解決してしまった。
「いいのか? 貴重なものなんだろ?」
「その手形は一部の御客人のみにご提供する手形なのですが……実際に使うのは初めてになります。そもそも私が当主になってから、ゲンゴさんたちは初めての来客なんです……悪用してはダメですよ?」
無償の厚意はどうにも慣れない。アリサもそうだったのだが、鬼ヶ島の人間は基本的に人情に厚いのかもしれない。
「なにからなにまで、すまないな」
「いえいえ……滞在を認める代わりの条件もありますので」
前言撤回。無償の厚意ではなさそうだ。
「……条件ってのは?」
そこで、ハコは唇の端を吊り上げた。
無邪気な笑顔ではなく、含みのある笑顔で「条件」を口にした。
鬼ヶ島には正確に時を知らせる計器は存在しない。なにかしら時刻を知る方法はあるのだろうが、その手段を知らない以上は、お天道様の位置でなんとなく時刻を察するしかない。太陽の位置と体内時計を照会して鑑みると、おそらく午後三時といったところか。季節的に日が完全に落ちるのは午後七時ほど。街灯設備が一切存在しない鬼ヶ島では、本日活動できる時間は単純計算残り四時間。町までの距離を考えると、一時間は移動時間と思っていた方がいいだろう。そうなると残り三時間。街に着いたら寝泊りする宿泊所を探さなければならない。慣れない土地での宿泊所探しは、三時間の猶予は決して長くはない。走馬灯のように一瞬で過ぎ去ってしまうことだろう。
つまるところ、本日の予定は町に戻って宿探し。それでおしまいだ。
「で、どうするんだ?」
急勾配な獣道をを切り抜け、無事に下山できたところでメイメイに問いかけた。
「今日のホテルはダブルベッドにするかシングルベッド二つにするかのお話ですか?」
「この島にベッドなんて設備はない……っとどっちだっけな」
適当にツッコミを入れながら、街までの方向を地図で確認。
「ダブル布団かシングル布団のお話?」
「寝床の話じゃない。鬼の話だ。ハコの話を聞く限りでは、この島に鬼は存在しないぞ? まあ、ハコの話を鵜呑みすればだけどな……っとこっちだな」
「じゃあ、わたしとあばんちゅーるする?」
「しねえよ、ばか」
「他愛も無い冗句です。少しは恥ずかしがってくれないとつまらないです」
「俺もいい歳だからな。ちょっと言い寄られたぐらいで、いちいち反応してられるか……ってまた話が逸れた。今は鬼の話だ。どうするんだ?」
「もちろん鬼探しはやりますよ?」
「俺は本来、依頼主に細かい事情には立ち入らないんだが…………メイメイ。なんで鬼を探しているんだ? 生け捕りにでもして剥製にでもするのか?」
根本的な疑問だ。鬼を探す。常識では推し量れない世界を認知していても、鬼という生物が本当に存在しているのか正直疑わしい。たとえ鬼がいると仮定して、見付けたところでどのようなメリットがあるのだろうか?
そして、なぜ俺は今までこの質問をしようとしなかったのか。
依頼主の事情に深く立ち入らないのは俺の主義だ。しかし、それは正式な依頼状を持っている依頼主だからこその話だ。
依頼状の未確認。依頼内容の詳細未確認。
メイメイと出会ってからどうも調子が狂っている。
「鬼を探している理由……? んーっと、えーっと。ちょっとまってください。わたしのボキャブラリィから適切な言葉を検索中ですので…………」
一休さんがとんちを考えているときのように、メイメイは人差し指を頭頂部あたりでくるくると回している。
「んーっと……言語のだんなは《アブソリュート》って知っていますか?」
たしか英語で、意味は日本語で「完全」とか「確実」って意味だったような気もしたが、メイメイがいう《アブソリュート》とはおそらく無関係だろう。
「しらんな」
「えーっと、んーっと……《アブソリュート》は……えーっと……《心力者》の中でも特殊な能力を持っている人のことを言います……たぶん」
「その《アブソリュート》がなんなんだ?」
「ちゃんと言うと、わたしが探しているのは鬼じゃなくて《アブソリュート》です」
「……最初っからそう説明しろ。鬼なんて言うからトラ柄模様のパンツに金棒を持った人外の巨人を想像しちまった。要は特殊な能力を持った心力者を探しているってことだろ?」
「Exactly」
それならば、まだリアリティのある話だ。架空の存在である鬼を探すより、現実に存在している心力者を探すほうがよっぽど現実的だ。
「それで、メイメイの目的は? そのアブソリュートとやらを見付けてどうするんだ?」
「世界を平和にします」
「えらく抽象的な答えだな」
「んー。そうとしか言えないですもん」
世界平和の為に、ね。
それがメイメイの属している組織が掲げている方針なのだろう。世界平和を謳っているのだから、さぞや立派で高明な人で構成された組織…………または頭のネジが何本かぶっ飛んだ奴らの集まりか。メイメイだけを見たら、妄言に取り付かれた人が集まった組織にも思えなくもない。
とりあえずは、メイメイの組織や背後関係に探りを入れるのはやめておこう。裏の世界には極力関わりたくない。
「世界平和。結構結構。勝手にやってくれ。平和になれば俺も助かる」
「粉砕骨折してがんばります」
粉骨砕身と言いたいのだろうが、訂正するのもめんどうだ。
「メイメイの目的はわかった。世界平和の為に、アブソリュートの心力者を探している。その心力者はここ――鬼ヶ島にいる可能性が濃厚。あっているか?」
「おおむねは」
「……で、なんで俺なんだ?」
「なんでって?」
「俺に協力要請を頼んだ理由だ。いちおう俺も心力者だけどな、特筆するような能力は持っていないし、戦いだって不得手だ。もちろん一般人よりは強い自信はあるが、心力者の中では下の中ぐらいの実力ってところだろうな。讃えられるような功績も実績も後ろ盾もない。他に適任者はいなかったのか?」
「わたしは自他ともに認めるダメ人間です」
「知っている」
「しゅん……」
「落ち込むな。話が進まない」
「むー……。ダメはダメなりにがんばってもダメなので、わたしには保護者的な人が必要なんです。心力者を知っていて、頭が良くて、コミュニケーション能力が高い人。それが言語のだんなです。言語のだんなはものすごーい役に立っています」
頻繁に奇怪な振る舞いを見せるメイメイを、単独で仕事を任すには色々な意味で恐ろしい。もしも今回の依頼、鬼の捜索をメイメイ単独で行っていたら…………未だに鬼ヶ島に辿り着いていないに違いない。
メイメイが必要としていた人材は心力者ではなく、交渉役の人間ということか。本業が探偵なのも買われたのかもしれない。
それにしても――
「保護者ねえ」
「よろしければ今後はパパって呼びましょうか?」
「やめろ、きもちわるい」
「すみません。言語のだんなは「お父さん」派でしたか? それとも「父上」派?」
「あれだよな。最近の親御さんは子供にパパ、ママって呼ばせているじゃん? 女の子がパパママ呼ぶのは構わないんだが、男の子は年頃になるとパパママって呼ぶのが恥ずかしくなると思うんだよな。見るからにガラの悪い男も、親のことをパパママって呼んでいると想像するとなんだかいたたまれない気持ちになる」
「つまりガラの悪い言語のだんなは、両親をパパママと呼んでいるということですか?」
「どういう解釈だよそれ」
「安心して下さい。わたしもパパママと呼んでいます」
「俺が両親のことをパパママと呼んでいる前提で話を進めるな。俺はお袋と親父だ」
「それはそれで、意外性がないです」
お馴染みになってきたメイメイとの他愛も無いやり取り。
それが楽しいと思えてきている自分がいる。
ガラにもないな。
「今回のパートナーが言語のだんなで良かったです」
「……そっか」
「他愛もない冗句です。本気にしないでください」
「バカやろう」
コツンとメイメイの頭を叩いた。
こういうのもたまには悪くない。