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 宵闇の暗幕が太陽に掛かるのを背に、俺とメイメイは他愛もないやり取りをしていた。

 予定通りに鬼ヶ島に辿り着いたまでは順風満帆であった。しかし、上陸直後に原住民と思われる美麗の女性に襲われる。巧妙な駆け引きの末に勝利を収めたが、俺の出で立ちが全裸だったのが問題であった。メイメイに女性を強姦していると猛烈な勘違いをさせてしまい、説得に要した時間は一時間。

 それはただの茶番であった。

「他愛もない冗句です。島に上陸する前から、誰かしらに見られてたのはわかってました」

「なんだと?」

「言語のだんなが男女二人組みを付け狙ってる変態だと仮定します。ひとりはいかつい男、もうひとりはか弱い少女。二人がそれぞれ別れ別れになったとき、言語のだんなならどっちを狙う?」

「女だろうな」

「さすが変態のだんな。わたしもそうだと思って岩場の裏で監視者を全裸待機していたのですが、予想がおおはずれ。なぜか言語のだんなのほうに行っちゃった。しょうがないんで、ゆっくり着替えてからそっちに行きました。えへへ」

「こっちは本気で死にそうだったんだぞ」

「こちらも言語のだんなが全裸で女性を襲っているときは本気で驚きました」

「最終的に話はそこに行き着くんだな」

 まさに茶番だ。

 正面で体育座りをするメイメイから傍らに倒れている女性に視線を移す。袴のような服装に弓矢で武装していた原住民の女性だ。これといった拘束は施してはいないが、弓矢だけは預かっている。目覚め様に弓矢を打たれてはたまったものではない。

「ていうか、気づいてたなら最初から言えよ」

「すみません。けど、言語のだんな。《心力者》ならあれぐらい気づいて当然かと思います」

「…………心力者とくくっても心力者も多種多様だろ。俺の能力は気配察知や戦闘にはあまり向いていないんだ。そんなこともアイツからは聞かなかったのか?」

「アイツって誰ですか?」

 メイメイにとっては何気ない言葉でも、俺はその言葉に戦慄した。

 アイツを知らない? それはメイメイの他愛もない冗句か? それとも本当に知らないのか? 知らないのであれば、なぜ俺が心力者だと知っている?

「…………」

「言語のだんな。顔色がえいりあんです」

「メイメイ……一つだけ、真面目に答えて欲しい」

「特別です」

「メイメイは誰から俺が《心力者》だと聞いたんだ?」

「わたしのフレンドから聞きました」

「名前は?」

 心臓が早鐘を打つ。

 頼む、あの名前を言ってくれ。

「エリスちゃん」

 ――誰だ。それ。

 自分の大きな過ちに気づき、俺は大きくうなだれた。

 俺を心力者だと知っている人物は一人だけだ。裏世界を暗躍する無二の親友であるアイツだけだ。アイツが裏世界で抱える数ある任務に忙殺され、手が回らない時に限り、俺に心力者としての依頼が仲介され舞い込んでくる。そして、アイツは完璧主義だ。アイツが俺に依頼を回すときは自身が信用に値した人物に自筆の紹介状を渡す。紹介状を解さずに、心力者であること、沖田言語という名前をメイメイに言い当てられ、俺は一抹の疑念すら抱かずに依頼を受理してしまった。

 メイメイが口にしたエリスという名前。脳内の片隅にさえ記憶が存在しない。過去に心力者絡みで依頼を請け負った人物である可能性を鑑みたが、そうではないらしい。

「言語のだんな、だいじょぶ?」

 感情も口調も平坦なメイメイではあるが、一応心配してくれているのだろう。いそいそと赤ちゃん歩きでこちらに近づき、俺の顔を覗き込んできた。

 メイメイは何者だ? 国の差し金ではないことは確かだ。小規模な組織に属しているのか、それとも個人で活動しているのか。莫大な依頼金を容易に提示してくるぐらいだ。それなりの組織に属したエージェントの可能性が濃厚か。それならそれで新たな疑問が生まれる。なぜ、しがない探偵かじりの心力者にわざわざ仕事の依頼をしたのか、と。

「メイメイ…………おまえ――」

「はい」

「わりと可愛いな」

 喉元まで登ってきた言葉を嚥下し、おどけた調子で答えてみせる。

 他愛もない冗句、ではない。

 うな垂れている俺の表情を見ようと覗き込んでくるメイメイは驚くほど顔が近い距離にある。今のメイメイは帽子も被っていなければ目元を覆う前髪も横に流れ、隠されていた相貌が明確に視認できる。大人の魅力とは程遠いが、子供の可愛らしさを含んだあどけない顔立ちだ。

「それは、くどき文句? どきどき」

「メイメイ、いまいくつだ?」

「永遠のセブティーンという名のシックスティーン」

「前髪はもうちょっと切ったほうがいいと思うぞ」

「それは、「メイメイの素顔ちょーかわいい。普段から素顔を見せるようにしたら俺、ほれちゃうかもしれないぜべいべー」の隠語?」

「可愛い、ぐらいまではあってる」

「わかりました。見当しません」

 しないのか。ちょっと残念。

 自ら茶番を興じていると、徐々に冷静が戻ってくるような気がする。

 一旦、考えるのはやめよう。誤認依頼とはいえど、請け負った仕事は投げ出すつもりは毛頭ない。それに、個人的にも鬼の全容を掴みたい探究心もある。それ以上に強く、神田芽衣――メイメイ自身に好奇心は尽きない。

 全ては仕事を完遂してから熟考すればいいことだ。

 頭を切り替えるため、俺は自分の頬を思い切り引っ叩いた。

 ぱぁん、と小気味良い音が鳴り響いた直後、逆の頬もぱぁん、とメイメイに叩かれた。

「メイメイ……なにをするんだ」

「すいません。つい反射的に。てへ」

 舌を出して可愛らしく謝罪したつもりだろうが、可愛さ余ってうっとうしさ百倍である。

 おかげで頭は切り替わったので、言及はしないでおこう。

「……メイメイ。ここで改めて依頼内容の確認だ」

「それより今日の夕飯の話をしましょう」

「無しだ」

「わたしに死ねといいましたね」

「言ってない。一食抜いたぐらいで人は死なない」

「やーだー。言語おにいちゃんおなかすいたよー」

「誰がお兄ちゃんだ」

「ご主人さま。僭越ながら申し上げます。おなかがすきました」

「却下だ」

「言語さま。わたくしの胃が食物を求めていますわ」

「何キャラだ。それ」

「べ、別に、お、おなかなんか、す、すいてないんだからね! けど、言語がどうしても食べたいって言うなら、食べてあげなくもないわ」

「じゃあ、いらないな」

「お前を蝋人形にしてやろうか!」

「もう食べ物の話と関係なくなってるだろ」

「むむー。言語のだんなはストライクゾーンが狭いですね」

「メイメイの演じてるキャラが偏りすぎだ」

「逆に問います。言語のだんなが所望するワンシーンをご教示ください」

「普通が良いんだ。幼馴染みとかがいたとして、中学生ぐらいで女の子が言うんだ。三十になってお互いに未婚だったら結婚しよう、みたいな。結局お互いでお互いを気にし合っちゃって大学生ぐらいから同棲を始めるんだけど、約束通り結婚は三十になってから。お互いに売れ残ったね、とか、結構モテモテだったんだぞ、とか、やっぱりお前が一番だよ、とか、そんな感じで責められるのが俺の理想だな」

「言語のだんな」

「なんだ」

「きもちわるいです」

 こんな調子で半刻ほど仕事とは無関係な論争を行い続けていると、予想もしないところから静止の声があがった。

「お前たちは、なにがしたいんだ?」

 俺とメイメイ、同時に声の方向に顧みた。

 気絶していた原住民の女性はいつのまにか上体を起こし、完全に覚醒していた。出会い頭の殺気は霧散している。女性が纏う気配は警戒心半分の呆れ半分といった具合か。攻撃を仕掛けてこないということは、こちらの言い分に耳を傾けようと譲歩してくれているのだろう。

 とはいえ、何から説明するべきか。

 現状把握・状況説明よりも、まずはこちらに敵意がないと証明するべきだろう。

 俺は語らずに手元に置いておいた弓矢を、そっと女性の足元へと滑らせた。

 女性は視線を弓、メイメイ、俺と順々に回していく。

 数秒後、沈黙を破ったのは原住民の女性だ。

「なぜ、私に何もしない」

 その問いにメイメイは答える気はないようで、俺の背中をポンと叩き、立てた親指をこちらに向けてきた。要約すると全部任せたということだろうな。

「質問の意味がわからない。あなたは俺に襲われるとでも思っていたのか?」

「ち、違う! い、いや、間違いではないが……」

 女性は顔全体を徐々に朱色に染め上げていき、押し黙ってしまった。

 予想はしていたが、筋金入りの初心な女性だ。

 可能であればメイメイにも分けて上げて頂きたい。

 冗談はさておき、この沈黙を機に会話の流れを捲くし立てようかと考えたが、女性の疑念を晴らさない限りはこちらの質問に答えてはくれないだろう。それに今の状況で下手に俺が口を出せば、また変態呼ばわりされて一悶着起きてしまいそうだ。

 女性は大きく何度も深呼吸を行い、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「お前たちは……私たちを攫いにきたのでは、ないのだな?」

 キーワード補足。私たち。攫う。

「そんなつもりはない。なんでそう思った?」

「だ、だって、お前たちは島の人間ではない。外の人間だ」

 外の人間。私たち。攫う。

 漠然とだが、状況が見えてきた。

 推測するに、俺らと同じく外から人間が、島の原住民を攫っているのだろう。それが現在進行形の話なのか過去の出来事か、現時点で判断はできない。

「確かに俺らは島の人間じゃない。だが、あなたを攫おうなんて思っていない」

「本当か?」

「本当だ。といっても証拠は出せないけどな」

「いや……本当なら、私の眼を見ろ。それで真実がわかる」

「それで証明できるなら、何時間でも見詰めてやる」

 亜麻色の双眸を凝視する。

 そして、見事に眼を逸らされた。

「ち、ちょっと待て。心の準備をする」

 うわー、めんどくさいです、とメイメイが物凄く小さく呟いたのが俺の耳に届いた。確かにめんどうではあるが、お前が言うな、と声を大にして言いたい。

「よし、いいぞ。私の眼を見ろ……よし、嘘じゃないな」

 互いに見詰め合った時間は一秒以上二秒以下である。

 胡散臭いこと極まりないが、信じて貰えるのであれば余計な口出しは無用だ。

 と、今度は女性は正座をし、頭を地面に擦り付けた。

「私の早計な判断で、あなたに弓を向けた非礼をどうか許して欲しい」

「その件に関しては、とりあえず気にしなくて良い」

 女性は顔を上げ、きょとん、とした表情を作った。

「気にしなくて良い、とは?」

「額面通り受けてもらって構わない」

「だ、だが、しかし! 私はひとつ間違えていればあなたを打ち殺していたかもしれない! なんの罪もないあなたの命を奪ってしまったかもしれない!」

 女性の性格なのか、島の習いなのか、そうしなければならないように女性は頑なに罰を求めている。

「そこまでいうなら、ふたつほどお願いしようかな」

 女性は断罪を待つ咎人のように緊張した面持ちでいる。

「一つ目のお願い。とりあず、名前を教えてくれないか? ちなみに俺は沖田言語。で、こっちが神田芽衣。よろしくな」

「わたしのことはメイメイと呼んでください。よろしくー」

 よほど拍子抜だったのだろう。女性の表情は一変して、口元に薄い笑みを湛えた。

「私は、アリサ……ふふ、自己紹介か。久しい感覚だ」

 何者も寄せ付けない泰然とした立ち振る舞いをしてみれば、隔てのない笑みを浮かべたりする。原住民の女性もといアリサの人となりは、どこか掴みきれない。といっても統一性の無いメイメイの行動に比べれば雲泥の差である。

「それで、二つ目のお願いとやらはなんだ?」

「メイメイ。言ってやれ」

「……キラーパス? なんて言えばいいの?」

「さっきまで俺に散々言ってたことをそのまま言えばいい」

「お前を蝋人形にしてやる!」

「違う。その前だ」

「なんでしたっけ?」

「もういい。黙ってろ」

「あい」

 茶番も計画的にしなければ、瞬く間に時間が過ぎ去ってしまう。水平線に陽が沈みかけているところを見ると、あと数刻も経てば夜が訪れる。外灯が設置されていない田舎島ではお天道様が唯一の光源だ。それが失われれば完全なる闇の中で一夜を過ごす羽目になる。

「二つ目のお願い。おなかがすいた。飯を食わせろ」

 あ、それですか。とメイメイが手を叩いた。

「ふむ…………あいにく、手持ちの食料に大したものはない」

 そう言い、アリサは懐から小振りの麻袋を取り出した。俺が手を伸ばすよりも先にメイメイがそそくさと前に踏み出し、麻袋を受け取り、遠慮も躊躇いも無しに開封した。

 異臭。

 鼻を摘み、袋の中を覗くと、小魚が白目を剥いているのが見えた。

「くちゃい物には蓋です」

 すぐさま袋を閉めるメイメイ。

「決して良い香りとは言えないが、味はそこそこ旨いはずだ」

「ほんと……? …………やっぱり、くちゃい」

「ふふ、食べ慣れた私からしても、それは強烈だからな」

「おなかぺこぺこだけど、お気持ちだけ頂きます」

「そうか……となると、二つ目の願いを聞き入れるのには…………いや、しかし……」

 二つ目のお願い。ご飯を食べたい。

 この要求は額面通りの意味以外にも、もう一つの意味が含まれている。アリサが俺たちの胃袋を満たすだけの食料を所持していないのは訊ねる前から百も承知だ。現時点でアリサが俺たちに晩餐を振舞うには、今から調達するか、もしくは「拠点」に招き入れるか、だ。

 二つ目の願いには、原住民の集落に案内してほしい、という側面を持っている。

 アリサが言い淀んだのは、「集落に案内しよう」と言い掛け、咄嗟に思い直したのだろう。それも当然だ。集落にはアリサ以外の原住民が少なからず存在しているはずだ。

 そこに人攫いの疑惑を孕んだ外の人間が来訪すれば、原住民内で反発が起きると容易に想像が付く。

 個人の問題では済まない以上、安易な決断はできない。

「ゲンゴ」

「なんだ、アリサ?」

 名前を呼ばれて、それに応じただけにも拘らず、アリサは再び顔を赤くする。

 気丈には振舞っているが、生粋の男性不信なのだろうな。

 アリサは顔を上下左右に振り動かし、こちらを見据えた。

「ゲンゴは、ずるいな。本当のお願いは別にあるだろ?」

 確信めいた物言いは、こちらの思惑を悟ってる証拠だ。

 答えずに、俺は小さく笑った。

「……ゲンゴとメイメイに夕餉を振舞うには、私の住む村に招き入れるのが、手っ取り早い。だが、村の仲間は外の人間を強く拒んでいる。憎んでいるといっても過言ではない。もちろん、私も含めてな」

「アリサは俺たちを憎んでるのか?」

「それは、微妙に違うな。私は外の人間、全員を憎んでいるわけではない。本当に憎いのは私たち仲間を攫った奴だ…………再び奴が私の前へのうのうと現れたら、迷わず弓を引く…………すまない。話が逸れてしまったな。私個人としてはゲンゴたちを村に招くことは歓迎だ。問題は仲間たちだ。私の仲間の中には「外の人間」とひとくくりにする者も少人数ではあるが、確かにいる」

「一部の奴は、外の人間は全員が悪だと思っているってことか」

「そうだ。私が懸念しているのは、仲間がゲンゴたちに危害を与えるかもしれないこと……そうでなくても、確実に不愉快な思いはさせてしまう」

「構いません」

 答えたのはメイメイだ。

「そんなことより、おなかがすきました。アリサの村でごはんたべよー」

「うちのメイメイがこう言ってる。アリサが心配していることが、俺らの身の安全だけなら心配無用だ。黙ってやられるほどやわじゃない」

「……やれやれ」

 アリサは衣服に付いた土埃を払いつつ、立ち上がった。

「村に案内する前に、一つだけ忠告をする」

「なんだ?」

「挑発は全て受け流せ。そうすれば身の安全は最低限保障ができる」

 強めの口調で言われれば、大人しく頷くしかない。メイメイに至ってはアリサが言い切る前から何度も頷いている。前口上はいいから早く村に案内しろと言ったところか。

「よし……日も落ちかけている。少し急ぐぞ。付いてこい」

 一足飛びでアリサは駆け出した。

 俺とメイメイもアリサに追随する。

 確かにアリサの走るスピードだけを鑑みれば、ランニングレベルのスピードであるが、ここは一種の密林地帯だ。道は拓けておらず、木々が生い茂る道なき道を縫うようにして駆け抜ける。足場も舗装されたアスファルトとは異なり、柔らかな腐葉土に小枝が有象無象に巻き散らかったありのままの地面だ。そのようなハードコースを袴のような身なりで楽々と駆け抜けて行くアリサは見た目以上の運動神経の持ち主か、それとも《心力者》か。

 どちらにしても俺は仕事を進めるだけだ。

 ぽわぽわした依頼者から請け負った誤認依頼。

 この島のどこかに存在している《鬼》を探す。俺が成すことは、それだけだ。

 

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