第九章 帰還の果てに①
甲冑の手入れなんて久し振りだった。この甲冑を最後に装着したのは、レストリウス王国を出て行った時である。ロバートの屋敷に来てからも、国に帰還する時も一切装着しなかった。おかげで黒いうるしが少々剥がれていた。
ロウマは新しいうるしと血を塗っていた。血はシャニスの隔離施設から死んだ患者の血をもらってきた。アルバート家では、甲冑の手入れには黒いうるしと人血を塗ると決めていた。
なぜそんな事をするのか最初は分からなかったが、やっていくうちに少しずつ理解できた。血には人の生き様が入っている。それを塗ることにより、人間の重みが伝わって来る。
使っている血は何人分もあるため、一度の手入れで数人の重さが伝わる。人の上に立つ以上、人を知れ。これを提案したアルバート家の開祖はそう考えたのかもしれなかった。
「ロウマ様、シャニス将軍がお越しです」
アリスの声により、ロウマは作業を中断した。
客間に赴くとシャニスは椅子に座って待っていたが、ロウマの姿が目に入ると、立ち上がり敬礼した。
「どうした、シャニス?」
「間諜隊のアラリアを通じての報告です。クルアン王国の元帥ラスティ=レルクの側近のパリスが、このレストリウス王国に逃げ込んだという情報が入りました」
「理由は?」
「なんでも政変を起こそうとして失敗したとか……」
ラスティはクルアン王国で一番の奸臣と聞く男だった。パリスはラスティの子飼いの将軍として有名だったが、そのパリス自らが、政変を起こすとは不可解だった。何が不満だったのだろうか。
「どうせ詳しいことは、まだ分かってないのだろうし、パリスが政変を起こそうとしたというのも、表向きの理由かもしれない」
「ええ。情報が錯綜しているらしく、まだはっきりとは……」
このレストリウス王国も内部の体制が変わったように、クルアン王国も変わってきたのだ。これもやはり、セイウンが現れたからだろうか。向こうには現在、グレイスとゴルドーの二人を送り込んだ。任務はエレンを奪取することだった。
あの女がグレイスの娘と聞いた時はロウマも耳を疑った。




