見せつけられる現実⑫
「分かった。行くよ。けれど、エレンも一緒でいいか?」
「はい、結構です。エレン様、昼間は飯をありがとうございました」
「いいんですよ。いつも厩舎の掃除をしてくれてありがとうございます」
エレンは愛想よくお辞儀をした。どうして他人には、こういう風に愛想よくふるまえて、自分には本性むき出しでいるのだろうか、と理解に苦しむセイウンだった。
セイウンとエレンは掃除夫に案内されるがまま歩きだした。
「エレン、厩舎の人達に飯をふるまっていたのか?」
「普通の兵士達に比べたら、豪華に作っているわよ。人の嫌がる厩舎の仕事を、嫌な顔一つせずにやってくれているのだから奮発しないといけないわ。私の得意なクルミパンを入れておいたのよ」
「えっ?あれは俺だけのものって前に言わなかった?」
「そうだっけ?もう忘れたわ」
「ひどすぎる!お前は約束すら守ることができないのかよ!」
「約束なんて大げさよ。あんたとの約束なんて、シチューにニンジンを入れ忘れることぐらいどうだっていいことなんだから」
「何でだよ?シチューにニンジンは大事だよ。お前はニンジンのポジションが分かってない」
厩舎に行くまでの間とりとめもない話が続いたが、どうにか到着したので二人は無駄な話をやめることにした。
男はセイウンに顔を向けた。
「では、話しましょう。頭領、お耳を」
「うん」
セイウンは一歩だけ前に出た。
何かが体に当たる音がした。
セイウンの横にいるエレンにも、その音が体を通して伝わった。思わず音源に目を向けた。
セイウンの脇腹に短剣が突き立てられていた。にぶい光を放っている刃物からは、すでに彼の体から出た血液が流れていた。セイウンはゆっくりと地面に倒れた。
「セイウン……」
「これで邪魔は消えた。私にとってもお前にとっても」
エレンは男を見た。男の姿は月明かりによって照らし出されていた。エレンは小さな悲鳴を上げた。年月が経過しており、少々老けているがその顔は彼女にとって忘れる事のできない顔だった。
「父さん……」
「久し振りだな」
グレイスはゆっくりとエレンの肩に手を置いた。




