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流浪の軍⑪

 あくびを一回だけするとハシュクは立ち去った。足音だけがセングンの耳に印象的に残った。自分は何をしているんだろうか、とセングンは悩んだ。自分は所詮、事務仕事の男である。自分は何様のつもりで言っているのだ。穴があったら、入りたい気持である。


 もう自室に戻ろうとしたその時だった。兵士が一人やって来た。


「申し上げます。男が至急、頭領に会いたいと」


「一人か?」


「いいえ、騎兵を二百ほど引き連れています。名前はパリスと名乗っていました」


「どこかで聞いた名前だな」


「クルアン王国の元帥ラスティの子飼いの将軍に、同じ名前の男がいます」


 横からハイドンが口を挟んだ。


「そう言われてみれば、そうだった。よし、僕からセイウンに知らせておく。行っていいぞ」


 兵士は去って行くと、セングンは自室に戻ろうときびすを返した。




     ***



 兵の調練はだいぶ上達した。自信がつくようになったのも、全てはこの間の一戦で勝利してからだった。まるで翼が生えたように、兵士に指示を出しながら自由に騎兵を動かすことができた。着実に自分も軍も強くなっている。セイウンは自身の拳を握りしめた。


 ふいに何かが肩に当たった。自分の愛馬であるジェトリクスの頭だった。白いたてがみをなびかせながら、ジェトリクスはセイウンを見つめていた。


「何だよ?言いたい事があるなら言えよ。今は誰もいないからいいぜ」


『セイウン、あんまり調子に乗らない方がいいぜ』


 ジェトリクスの声は随分と冷ややかだった。セイウンはその口調が、気に入らずむっとした。


 ジェトリクスは「語り馬」というしゃべることができる不思議な馬だった。この事を知っているのは、乗り手であるセイウンだけであり、他の者には誰一人知らなかった。


「どうしてだよ?」


『俺はどうも嫌な予感がするんだよ』


「嫌な予感?」


『この城には何か得体の知れないものが入り込んでいる感じがするんだ』


「何だよ、それは?」


『それは分からないよ。ただの野生の勘だよ』


「勘かよ。じゃあ、気のせいだろう」


『動物の勘を甘く見るんじゃねえぞ。なるべく用心しておいた方がいいからな』


 そこまで言われたら、セイウンも気味が悪くなってきた。得体が知れないとは何だろうか。それは目に見えるものだろうか。それとも見えないものなのか。謎は深まるばかりだった。

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