流浪の軍⑩
「ハイドン、散歩に付き合ってくれないか?」
「構いませんよ」
二人は外に出た。外では兵士達が飛び散った人血を洗い流していた。不思議な事に人血は踏むと滑るし、時間がたつと悪臭も放つ。脂肪が混じっているせいだろう。セングンは城壁に付着している血を手でぬぐった。
「臭いな」
悪血という表現があるが、まさにこれだろう。とにかくこんな血は、さっさと洗い流して欲しかった。
ふとセングンが目を向けると、兵士達が何かを荷台に積んで運んでいた。荷台には白い布がかけられている。白い布はなぜか、赤黒く汚れていた。嫌な汗がセングンの背中に流れた。
「ハイドン、なんだあれは?」
「死体を運んでいるんです」
「戦死した兵士達の遺体はすでに処分したはずだが?」
「彼らは病棟で死んだのです」
納得した。死ぬのは戦だけではない。その後に死ぬ者もいるのだ。彼らは戦病死という扱いになる。
「まったく……毎日毎日、治療しても死ぬのか。こっちの身にもなってくれよ」
いつの間にか背後にハシュクが立っていた。衣服や手が血まみれになっていた。彼はオルバス騎士団との戦から休む間もなく患者の手当てをしていた。
「ハシュク、愚痴をたれるな。医者なら死と向きあうのは当たり前なんだ。それはお前も覚悟しているだろう」
「お利口さんのお説教を聞いても、ありがたみは感じないよ。お説教は病棟の惨状を見てから言ってくれよ。それとも君は病棟を見た事があるのか?」
セングンは何も返す言葉が無く、ただ茫然と立っているだけだった。




